第41話 攻めの社長、確実性の時也
まず一打目を終わり、俺のほうはカップまではおよそ100ヤードほど、社長チームのほうは丈二さんのスーパーショットによりワンオンで、長い距離のパットは残っているとはいえイーグルのチャンス。
最初からいきなりリードをつけられそうな状況であるが、まだまだ始まったばかりだ。これから先、いくらでも巻き返せる。
俺のボールは狙い通り、フェアウェイのど真ん中。林のOBゾーンをちょうど過ぎた所なので、障害物はない。
「お兄さま、大丈夫です。まずはしっかりグリーンを狙っていきましょう」
美都弥の言う通りだ。ゴルフはどちらかというと、相手との勝負よりも自分との戦いでもある。相手のスーパープレイもいつだって続くわけではないので、そこで気落ちして自滅するのが最も良くない。
「まずは自分のこと……よしっ」
気合を入れ直し、俺はアイアンに持ち替えて二打目へ。
先程のゴルフクラブの効果があれば、狙い通りに打てばかなりピンに寄せることもできるし、もしかしたらチップインだってしてくれるかもしれない。
「風がやんだところを見計らって――っ」
一打目同様、ボールの中心で淡く輝く光に合わせて、すくいあげるようにしてアプローチ。
綺麗なバックスピンのかかったボールは、高々と舞い上がってカップの目印となっているフラッグへと真っすぐ向かっていく。
達人ゴルフクラブのおかげもあり、手に残る感触はばっちり。個人的にはナイスショットだが、果たして。
「よし、いけっ……」
俺のイメージだと、まずグリーン奥に落として、そのままバックスピンの勢いを利用してボールを転がし、あわよくばチップインイーグル、そうでなくても次のパットで確実にバーディを奪える位置にいってくれれば――。
しかし、そう思った瞬間、ボールの行方を追う俺たちに、予想外のことが起こる。
――ビュウッ!
「うおっ」
「きゃっ……か、急に風が……」
突然襲ってきた強い横殴りの風に、近くにいた美都弥やアンジェリカがスカートや帽子を押さえる。
いたずらな風は、場合によってはラッキーなことが起こることも(俺にとって)往々にしてあるが、今回ばかりはそれが不運な方向へと傾いて。
「ボールが左に逸れて……くそっ」
地上にいる俺たちでこれなので、当然、上空にあるボールはそれ以上に風の影響を受ける。
バックスピンで高く打ち上げたのも重なり、どんどんとカップから遠さがったボールは、グリーンにはかろうじてのったものの、想定よりも大分遠い位置で止まってしまった。
距離的にはおそらく、社長チームのほうとそう変わらないだろう。
「ひっひっひ、いいタイミングで吹きやがったな。ウチのホール名物、ゲリラ突風。プロの試合でも大事な時に吹いて、いい意味でも悪い意味でも盛り上げてくれるカワイイ奴だ」
「くうっ、地の利もあっちの味方ってことか……」
ゲームでも風の設定はあるものの、こういう理不尽なことが起こるような仕様には絶対になっていないので、ゲームの世界であることはわかっていても、不思議な感覚である。
ゲーム内アイテムである程度確実性は担保できても、思った通りの結果には必ずしもならない――なかなかいいバランスしてるじゃないか。
「さて、次は俺たちの番だな。そろそろ真打登場と行くか」
「パット、じいさんでいいのか? もう全部ジョージさんに任せれば?」
「バカ言え。これはウチと戸郷の問題だってさっきも言ったろ。俺もやんなきゃ、それこそ意味ねえじゃねえか……っていうのは嘘で、このロングパットしずめてイーグルだったら格好いいからな」
まさしく社長らしいことを言って、丈二さんからパットを受け取る。
グリーンのほうは、立ってみると意外と傾斜が複雑でラインを読むのがとても難儀しそうだ。
確かに、これをねじ込んだから格好いいとは思うが。
「時貞様、カップから右に50センチほどずらして、軽く打ってください。力はそれほど入れなくてもあとは自然に転がってくれます」
「いや、ちょっと強めにいこう。ショートじゃカッコ悪い」
そう言って社長がパットを放つと、ゆっくりとした勢いで転がされたボールは、一瞬すぐに止まると見せかけ、傾斜によって徐々に勢いを増していく。
カップ右の方角へいっていたはずのボールは、弧をかくように左へ、右へ――まるで蛇が這うようにカップへとどんどん近づいていく。
「お、いいんじゃねえか。いけ、いけ俺のボール」
「まずい、とまれ、とまれとまれ……!」
入れ、いや止まれ。それぞれの願いを受けたボールは、コロコロと転がり。
――カップから後わずか10センチというところで完全に静止した。
瞬間、時也チームの三人から安堵の息が漏れる。
「惜しいっ、あともうちょっとだったぜ、クソぉ~」
「しかしナイスタッチでした。お見事です」
距離もほんのわずかということで、続けて三打目でカップに入れ、社長チームはこのホールをバーディ。イーグルとはならなかったものの、一打目のワンオンをしっかりと活かした結果である。
「時也、これでまずは一歩リードだな」
「バカ言え。こっちだってまだバーディーパットが残ってる……ようし、見てろ」
ショットに補助があるということは、パットにも当然同様の効果があるし、それにパットなら風の影響もほとんどないので、あとはしっかりとラインを読むだけだ。
アンジェリカからパットを受け取り、プロがやっているような見様見真似でしゃがみ込む。
「……うん。傾斜もしっかり見えるし。芝目もばっちりだ」
こういう本格的なコースでのパットの経験など無いに等しい『俺』だったが、ゲーム内アイテムの恩恵によって、ゴルフゲームのような感覚でパットすることができる。
グリーンの傾斜を風のような感覚でとらえ、しっかりとカップまでのラインを読み解く。
「お兄さま」
「時也君」
二人の視線を背中に受けつつ、俺は慎重に三打目に入った。
「こっちは逆に傾斜が昇ってるから、社長とは逆に強めに打って――いけっ」
カツン、と軽い音とともに転がされたボールは、思い通りのラインを通って、カップへ。
「ジョージ、どうだ?」
「少しずれている気も……いや、しかしこれは」
全員が見守る中、俺のボールはカップのふちをなめるようにして一回転し。
――そして、そのままカップのほうに吸い込まれた。
反射的に、俺は握りこぶしを作ってガッツポーズをした。
「――よしっ!」
ゲーム内アイテムの力を最大限受けた形ではあるものの、なかなかのプレイであったことは変わりない。
パットをねじ込んだ瞬間、周りからもパラパラと拍手が起こる。
「へえ、なかなかやるじゃねえか。さすが俺の孫」
「中々練習時間など取れないなかで……これはこちらも油断しないよう気を引き締めなければ」
社長たちもさすがに驚いたようだが、しかし、これであちら側もいよいよ本気になるはずだし、これからは一つのミスが命取りになるだろう。
トッププロ級の腕前といっても過言ではない丈二さんのショット、強気な姿勢を崩さない攻めのゴルフの社長、そして環境面ではランダムで起こる突風――ゲーム内アイテムによって確実性なら負けない俺ではあるが、このままいくと根気の勝負になってくるかもしれない。
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