第42話 攻めるか守るか、それが問題だ


 最初のホールを同打数で終えた後、やはり予想した通りの膠着状態になった。


 第二ホールのPAR5、第三ホールのPAR3、第四ホールのPAR4の三つを終えて、合計スコアのほうは同じ12。


 第三ホールの第一打で社長がミスショットしたこともあり、一旦は一打差でリードした俺だったが、第四ホールでまたしても丈二さんのスーパーショットでベタピンのワンオンがあり、2打のイーグル。3打でしっかりバーディをとった俺との差をすぐにタイスコアに戻す。


「ホールの難易度は簡単にしてあるとはいえ、時也、お前ここまで結構やるじゃねえか。アイドルやめて、今すぐプロゴルフ目指せよ。話題性もあるし、芸能関係のスポンサーもわんさか引っ張ってこれる」


「いや、まだ今のところはやめないし、卒業した後は普通に会社に入るつもりだから……」


 達人ゴルフクラブが永久に手元に残るのならともかく、ゲーム内アイテムは一回使用すると無くなる仕様だし、しかもポイントカードをつかって取り寄せをしてしまうと該当の商品は『品切れ』となってしまうので、もう一度同じアイテムが欲しい場合は正攻法でサブイベント等をこなさなければならない。


 普通のクラブでやれば、あっという間に俺なんか白旗だ。今日以降、ゴルフは極力やらないと誓おう。


「さて、次で折り返しだな。時也、言っとくがどっちかが打数を上回るまでは勝負は継続だからな。このまま続けば、18でも27でも、夜になろうが夜が明けようが続けてもらうからな」


「心配すんな。昼までに終わらせて、夕方には俺と一緒に親父殿へ土下座させてやるよ」


 強がってはみたものの、明確な勝機は見つからない。今のところは社長が必ず一打、二打はショットをやっているし、それなりにミスも期待できそうだが、そうなった場合には必ず丈二さんがリカバリーしてそれを帳消しにしている。


 社長が攻めのゴルフで、その結果ダメだった場合に丈二さんがカバーする。普段の仕事ぶりも、おそらくはそんな感じなのだろう。なんだかんだでいいコンビなのだ。


 対して、俺は一人。アイテムの補助によって互角に戦えているが、アイテムによって発生するデメリットについて、今さらながらに気づいてしまった。


 それは第5ホールのPAR4を終え、第6ホールのPAR3でのこと。


「……微妙な距離だな、これ」


 スタートの位置からピンまではおよそ220ヤードほど。おまけに高低差もある。


 丈二さんのように力があればアイアンで普通にワンオンだが、時也は体格がこのメンツの中で較べると小柄で、ウッドでもフルスイングで230~250ヤードがほぼMAXの飛距離であり、アイアンだと距離が足りない。微妙な力加減が必要だ。


「おう時也、ぶつぶつ言ってないで早く打てや。それとも悩んでるならこっちが先にやってやろうか?」


「いや、大丈夫。すぐ打つから」


 今までは種類の多いクラブの使い分けでなんとか誤魔化していたものの、半分をすぎてゲームらしく難易度が上がった形だ。今まではほぼ無風状態だったが、時間が経つにつれて風も吹くようになっている。


「できるだけ力をいれようとせず、9割の力で……」


 いつもよりゆったりとしたフォームでクラブを振り上げた俺だったが、力加減を意識するあまり、インパクトのほんの一瞬、ナイスショットを示す光を見失ってしまう。


「! あ――」


 ゲームのような感覚でプレイできているとはいえ、ゲームでもミスが起きれば当然ショットがまっすぐ飛ぶことはない。


 ほんの少しフック回転のかかったボールは、ちょうど吹いていた風にも乗って、目標としていたグリーンからそれて、そのわずか横のラフへと入り込んだ。


「お、ラッキー。ここでお前にもミスが出たか、あまりに正確すぎて機械かなんかと相手でもしてるのか思ったが、やっぱりお前も俺の血を引いていることはある」


「うぐ、この時ばかりは親父に似てて欲しいとちょっとだけ思ってしまった……」


 ずれたとはいえ、距離が近ければアイテムの力によるラフからのチップインの可能性もあるので、そこで上手くリカバリーすれば特に問題はない。


 ――と思ったのだが。


「社長、ここも私が打ちますか?」


「いや、俺が打つ。狙うはホールインワンだ」


 そう言って、オレンジ色混じりの白髪のじいさんが、ドライバーを持って意気揚々とアドレスに入る。


 普通に考えれば丈二さんに任せて堅実にバーディを狙うところだが、社長は決してそういうことはしない。


 ここで確実に一打、あわよくば二打差をつけるつもりなのだ。


「すぅ……んっ!!」


 気合とともに打ち出されたボールは、風をものともせずまっすぐにカップへ。


 飛んでいる感じを見ると、少しオーバー気味か……と思いきや、ちょうどグリーン手前のラフで勢いがほどよく落ちたのか、バウンドせずにすーっとグリーンを転がっている。


「マリン、どうだ?」


「……勢いが強いですが、カップには向かっています。そのまま入る可能性も十分あるかと」


「よし、行けやー!」


 こんなタイミングで、しかもこんなゲームみたいな……いや、ゲームの場合、難易度の高いCPUだとたまにこういう反則技をやらかすこともあるが、こういうところで微妙に再現しなくても――。


 ――カツンッ。

 

 ホールインワンか、とにわかに色めきだつ社長チームだったが、どうやらまだ俺にも運は残っていたようだ。


「……ピンには当たったようですが、勢いが強すぎて弾かれてしまったようです。ボールはカップから2mほど離れたところで止まりました」


「かぁ~っ、惜しいっ! 手応え的に『くるか10年ぶり!?』って思ったのによぉ」


 しかし、俺たちの肝を冷やすには十分すぎるほどのショットである。


 ラフだとショットに成功しても思い通りにボールが飛ぶかは五分五分というところなので、とにかく二打差をつけられる可能性がなくなったのは大きいものの、しかし、ここで初めて明確な差が出てしまった。


 このホールの結果、社長チームはバーディ、そして、俺たちはチップインならずパー。


 残り3ホールで痛い一打差がついてしまった。


 これで勝利に必要なのは二打差。


「お兄さま……」


「時也君……」


「心配するな、二人とも。まだあと3ホールある。そこでなんとか一打縮めて、延長に持ち込もう」


 そう。ここから勝つには3ホールで二打差が必要だが、延長まで考えれば3ホールで一打差を追い付けばいい。


 そして延長にさえ入れば、アイテムによるドーピングもある俺のほうが体力的に有利に――。


「おい、時也」


「? なに」


「お前、いつまでそんな守りに入るつもりだ? そんなんでよぉ、お前、本当にアンジェリカのことジョージたちから奪い取れると思ってんのか?」


「っ……!」


 しかし、そんな考えなどお見通しかのように、社長が俺のことを揺さぶってきた。


「時也、確かにお前のプレイは上手い。高校生になったばかりにしちゃショットが正確すぎるし、はっきり言えば、俺なんかよりも上手い。もし一対一で18ホールなら完全に俺が負けるだろうよ」


「……何が言いたいんだよ?」


「今のお前には必死さが足りねえんだよ。本気でかかってきてるのはわかるが、どこかで守りに入っている。ここはバーディでいい、ここはまだリカバリーできる……そんなんでどうやって俺や丈二に勝つつもりなんだ? 勝たなきゃ、俺らはお前たちに協力はしないんだぜ?」


 社長の言う通りだった。


 俺たちはなんのためにここに来た。


 丈二さんたちに俺とアンジェリカの交際を認めてもらうためだ。その機会は今のところ今日一日しかないわけだから、なんとしてもこの勝負に勝ちにいかなければならない。


 負けられないではない、勝たなければならないのだ。


 延長なんて悠長なことを言ってはいけない、とこの時の『俺』は思った。


 もしここで一打詰めて延長になったところで、先程のように勝ちにいった社長や丈二さんに負けてしまう気がする。


 つい先程のホールでの結果のように。


「時也、俺はな、個人的にはお前とアンジェリカのことは認めてやっていいと思っている。丈二や真凜がどう思ってるかは知らないが、コイツらの雇い主は俺だ。何と言おうと従わせるぐらいの権力は持ってんだよ、今でも。使わないだけでな」


「じゃあ、それでも勝負を持ちかけてきたのは……気持ちを見せろってことか?」


「おう。試合の前に、まずはジョージたちにお前たちの本気を見せろ。後ろにいる可愛い幼馴染と添い遂げてえんだろ? 龍生のやつに認めさせてやりてえんだろ? なら、残り3ホールできっちり気持ち見せろ。そんで意地でも勝って、俺たちのことを味方につけてみやがれ」


 そう言い残して、社長は丈二さんの運転するカートに残って、次のホールへと一足先に向かっていった。


 そのまま何も言わずに俺のことを見捨てていれば、勝手に自滅して自分たちの勝利にできたものの……こういうところは、やはり社長も一人の親であることがわかる。


「お兄さま……私は、何があってもお兄さまの味方ですからね」


「私もだよ。私も、時也君が勝ってくれるって信じてるから」


「美都弥、アン……うん、そうだな。俺、頑張らなきゃだな」


 そういえば、勝負の途中からずっと二人には表情を曇らせたままだった。


 この二人を笑顔にするために俺は今こうして戦っているのだ。


「でも、なかなか勝負は厳しいな……無茶無理無謀は攻めることとは違うし」


 できるだけ万全の準備で勝負には臨んでいるわけで、心を入れ替えたところで急に新たな手札が出来るわけではない。


 やはりここは失敗を恐れず残り3ホールで賭けに出るか――。


「……ほほっ、時也、ここに来てすっかり困ってしまったようじゃのう」


「? あれ、ひいじい……いや、時宗会長?」


「ひいじいちゃんでええよ。実質引退しておるし、家族にそう言う呼ばれ方をするのは、もうあまり好きではないからの」


 社長と一緒にカートに乗ったとばかり思っていたが、どうやら会長は残っているようだ。


 高齢だったのもあり、今までは俺たちの勝負をじっと穏やかに見守っていただけだったのだ。


「じゃあ、時宗じいちゃんでいくけど……今日は社長の味方じゃないの? 俺たちにアドバイスとかして、社長に怒られない?」


「ワシは元々この話は蚊帳の外じゃし、どうするかはこっちの自由じゃよ。もちろん、正二しょうじ初枝はつえもな」


 正二さんと初枝さんは、会長にお付きの人。つまりはアンジェリカの祖父母だ。


 途中まで抜けていたが、いつのまにか合流していたようだ。


「で、ところで時也よ……そのグラブ、なんだかものすごくよさげな輝きを発しておるのう……ちょっとだけ、ワシに打たせてくれんか?」


「? 別にいいけど……はい」


「いや、そういうことじゃなく……ワシもこの勝負に混ぜてくれんか、というお願いなのじゃが」


「??」


 ……そういう展開が来るとは。

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