第43話 炸裂、ゴルフ仙人


 この勝負、確かに社長あちら側も丈二さんを助っ人として二人でプレイしているので、俺の方でも誰かに協力を仰ぐのは問題ない。


 ……ないのだが、しかし。


「時宗じいちゃんが、俺のかわりに?」


「うむ。といっても後3ホールしかないから、そのうちの1ホールだけじゃが」


「ドライバーでかっ飛ばしたり?」


「もちろん。老いぼれだし、時貞には及ばないが。年季なら負けんよ」


「そりゃまあ、80歳過ぎてるしな……」


 他の同年代の人に較べれば、ありえないぐらいの若々しいとは思う。体格は俺以上だし、背筋はさすがに少し曲がってはいるものの、プレイ自体はさほど問題ないだろう。


 達人ゴルフクラブがあれば、その人が持つ100%のポテンシャルを発揮できるはずだし。


「なんじゃ? やはり、この老いぼれじゃあ不満かの? ええよ、正直に言うても」


「……ごめん、じいちゃん。じいちゃんの気持ちはめちゃくちゃ嬉しいけど、でも、相手が丈二さんだから……」


 丈二さん並みのパワフルさと正確性を兼ね備えていればいいが、会長は本人も認める通り高齢だから、ショットの精度については問題ないだろうが、それでも同じ土俵で戦うのはキツイのではと思う。


「申し出は嬉しいけど、やっぱり俺一人で頑張ろうと思う。時宗じいちゃんは後ろでこっそり応援してくれればいいよ」


「そうかそうか。少しでも役に立てればと思ったのじゃが、時也がそう言うなら仕方ない。……しかし、そのクラブ自体には興味があるので、一打だけでも打たせてはくれんか? 大昔、知り合いがくれたものにデザインが似ておっての」


「そういうことなら……はい。でも、あんまり社長たちを待たすわけにもいかないし、一打だけだよ」


「わかっておるよ。おーい、二人とも。ボールを持ってきてくれい」


 何も言わず即座に持ってきたアンジェリカの祖父母さんからボールを一つだけ受け取った会長が、おもむろにボールを明後日の方向にぽいと放り投げる。


 ボールは、そのままグリーン横のバンカーへ。砂がやわらかいのか、半分ほど隠れる形でほぼめり込んでいるような形だ。


「アンジェリカ、サンドウェッジいいかの?」


「あ、はい。どうぞ時宗様」


 アンジェリカからクラブを受け取り、試し打ちとばかりにアドレスに入ったが。


 その瞬間、会長の纏う雰囲気が変わった。


「あれ……? なんか、じいちゃんの周りから白い煙が出てるような……」


 疲れで目でも霞んでいるかと思い、袖で目元を拭うものの、会長を中心に渦巻くものは一段と大きくなっていく。


 こういうのをオーラとでも言うのだろうか……まあ、ゲームの世界だし、これまでのプレイでもインパクト時の星屑のエフェクトなどもあったので、そう不思議なものでもないが。


「じいちゃん、なんか周りおかしくない?」


「? そうかの? なんだか久しぶりに視界がクリアな気はしておるが、それ以外はいたって普通じゃし」


 どうやら俺以外の人で変化に気づいている人はいないらしい。まあ、もしかしたらこういうのがあまりにも日常すぎて、特に気にも留めていない可能性もあるが。奇抜な髪の色しかり。


「すう――ほいっ」


 渦巻く白い煙がおさまった瞬間、会長が音もなくクラブを振りぬいた。


 砂の一粒すら巻きあがることなくふわりと浮き上がったボールはそのままカップのほうへ――。


 と、様子を見ていたところで、明らかな違和感に気づいた。


 ……砂の一粒すら巻き上がらず?

 

 半分ほど砂に埋まってしまったボールを? 


 普通は砂ごと持ちあげて打ち出す必要があるのに?


 頭に疑問符がいくつも浮かぶ中、ボールのほうは、やけにゆっくりとした速度で――。


 カランカランッ。


 そのまま、真っすぐほぼ垂直に、直接カップインした。


「……な、」


「「ナイスショット……」」


 俺、美都弥、アンジェリカの三人がほぼ同時にそんな感想を漏らした。


「ほほ、三人ともありがとうな。……しかし、ふむ、やはりこのクラブ、やけに手に馴染む。振った一瞬だけ、昔の感覚を取り戻したような……近くで見ていた時から感じていたが、やはり握ってみるとよく違いがわかるのう……時也、貸してくれてありがとうなあ」


「あ、うん……」


 受け取ったクラブに異常は特にないし、俺が握っても、やはりオーラが発生するとかそういうことはなかった。


 これも達人ゴルフクラブのもたらす効果の一つということか……たかがミニゲーム専用のアイテム(しかも使用は一回きり)のくせにやけに高いと思っていたが、100万円という強気の値段設定も納得だ。


 そして、これなら、ついさっき断ってしまった会長の申し出についても、もう一度考え直す必要がある。


「……あのさ、時宗じいちゃん、さっきの答えなんだけど、変更させてもらうことってできる?」


「……ほほっ、いいぞいいぞ。かわいいひ孫の恋のためじゃ、この老いぼれがちょいと一波乱起こしてやろう」


 なんだか能力バトルじみてきたが、まあ、何度も言うが、ここはゲームの世界なので、細かいことはいちいち気にしてはいけない。


 人の力を借りるのはやはり躊躇われるが、勝利のため(アンジェリカとの交際を認めてもらうため)なりふり構ってはダメだという意味では、一人でなんとかできなかった悔しさを抑えてでも頼ることが必要かもしれない。


 ということで、残りの3ホールのうち、一打限定で協力してもらう約束を取り付けて、俺たちは、社長たちの待つ第7ホールへ。


「おう、遅えぞ時也。作戦会議もいいが、それはほどほどにしとけよ」


「ごめん、じいちゃん。ちょっと時宗じいちゃんと話してて」


「親父と?」


「うん。このホールの一打目を任せようと思って。……時宗じいちゃん、さっそくだけど、いい?」


 俺の言葉に、にやりと笑みを浮かべて頷いた会長が、俺からアイアンを受け取って、一打目のアドレスに入る。


「おい親父、今日は俺の味方じゃないのかぁ?」


「さすがにひ孫を孤立させるのは可哀想でな。お主だって、丈二を使っておるじゃろう? これでおあいこじゃ、おあいこ」


「そう言われると反論できねえな……まあ、好きなようにやってくれて構わないけどよ」


 社長の同意も得られたところで、ひとまず会長のことを見守ることに。


「じいちゃん、頼んだ!」


「ほほっ、まあ、見ておれ。この老いぼれが『攻める』ことを若造どもに教えてやろうぞ」


 ここのホールは先ほどと同じPAR3。距離は先程と打って変わって短いので、会長でもさほど問題ないが、グリーンの周囲が池になっていて、手元が狂ったり、突発的に風が強く吹いて流されるとすぐに池だ。


 だが、しかし、不思議と会長を見ていると、まったく何の問題もないように感じる。


 やはり俺だけに見えているのか、先程と同じく、達人ゴルフクラブを握った会長の全身から、不思議なオーラが立ち上っている。


 ――いける。


 髪型もあり、まるで仙人のようないで立ちにも見える会長の無音のスイング。


 風の影響もしっかりと計算に入れて打ち出されたボールは、グリーンのピン手前でてんてんと弾みつつ――。


「む、クラブが折れてしもうた。……しかし、ショットのほうは上手くいったみたいじゃのう」


 超絶ショットの反動か、設定されていた耐久値がゼロになったのか、会長が使ったアイアンのシャフトが根元あたりからポキリと折れている。


 だが、それと引き換えにまさに望んでいた結果が手に入ってきた。


「……おいおい、マジかよ」


 社長のそんな呟きが聞こえたが、結果はなんとホールインワン。


 ……会長+達人ゴルフクラブの使用は、今後絶対にやめるようにしよう。いくらなでも、これはチートすぎる。

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