第44話 主人公にない必殺ショットなんて反則だ
正直言って助太刀を頼んだことを後悔するような会長の力のおかげで、不利をあっという間に覆し、スコアは同数のまま、8ホールも終えて、最後の第9ホールとなった。
最後に相応しく、最後はPAR5。そして距離も最長だ。コースは真っすぐだが、フェアウェイが極端に狭く、ラフがものすごく深い。距離もそうだが、正確性も求められる。
普通に行くなら三打でグリーンを狙うところだが、それだとパワーに圧倒的な分がある丈二さんには勝てない。
ここは攻めるべきだ。
「時宗じいちゃん、俺、頑張ってみるよ」
「ほほっ、おお、頑張ってみい」
俺のゴルフクラブを握ってから、なんだか会長の瞳がいつもよりも輝いているような気がする。風の流れでも見えていそうなので、こっそりとアドバイスをもらいたい衝動にかられたが、助っ人は一回までの約束なのでぐっと我慢する。
「んじゃ、追い付かれた俺たちのほうから先にやるか。ジョージ、1打目と2打目、頼んだぞ」
「はい」
やはり二人は2オンを狙っているらしく、最短距離でボールはまっすぐ、唸るような勢いで飛んでいった。300ヤード超飛んでいるので、丈二さんの力なら余裕だろう。
対して、俺のほうは。
普通に堅実に飛ばして、残りは350ヤードほどのところ。フェアウェイだが、距離的に2オンは絶対に無理だ。
「ふうん、頑張るって言う割には堅実じゃねえか。勝つ気、あんのか?」
「人間そうそう100%以上の力は出せないからな。俺は俺で、やれるだけのことをやるだけだ」
「まあ、お前がそう判断したのなら、いいけどよ」
続いて、俺の二打目。
「! っ……」
飛距離は十分だったものの、ボールは右にそれて、グリーン前のバンカーへ。
「おいおい、大丈夫かあ? 結構ずっぽりめり込んだみてえだけど」
「む~……仕方ない。次で挽回するだけだ」
「そうか、まあ、頑張れや。ジョージ、手加減しなくてもいいぞ、いけ」
「当然です」
二打目も変わらず風などお構いなしの打球で、ボールはグリーンへ。
しかも、カップまで残り2~3mほどのニアピンだ。グリーンは相変わらず難しいようだが、その距離ならパットでも十分しずめられる距離だ。
状況的に不利も不利である。ここから追いすがるには、もうチップインを決めるしかない。
三打目で、スーパーショットを決めなければ。
「アン……サンドウェッジを」
「うん。時也君……頑張れ」
「お兄さま、私は最後まで信じてますよ」
「ああ。相手にプレッシャーをかけてくる。……時宗じいちゃん、じゃあ、行ってくる」
遠くでひらひらと手をふる会長の様子を見てから、俺はバンカーの砂を踏みしめた。
「……やわらかい。さっきのやつと同じだ。まあ、当然なんだけど」
どこからこんなもの持ってきたのだろうか。砂粒がとてもきめ細かく、踏みしめる度に足がすっぽりと埋まる。ちょうど傾斜のあるところにボールも埋まっていて、とても打ちにくい。
これまでの感じから、今のゴルフクラブでもグリーンに飛ばすのすら難しいだろう。
だから、再現をする必要がある。
さきほど会長がやってくれた、バンカーからの直接カップインを。
出来るかどうかは、当然わからない。会長だけが持つ技かもしれないし、俺が真似してもミスして終わるだけかも。
だが、ここはゲームの世界だ。現実の世界とはちょっと違う、不思議なことがたくさん起こりうる世界だ。
ゲームであれば、どんなプレイでも基本的に再現することができる。タイミングや乱数を合わせれば、ある程度同じ結果を引き寄せることができるのだ。
「よく思い出せ、時宗じいちゃんのスイングを……あの時、じいちゃんはどうやってた?」
そう自分に言い聞かせながら、ボールを打つことだけに集中する。
あの時の会長のスイングはとにかくまったく力が入っていなかったように見えた。
クラブのコントロールのみに集中し、ただボールをクラブですくいあげることだけを考えたような、そんな不思議なフォーム。
現実の世界なら、絶対にそんなセオリー無視のやり方では飛ぶはずもない。ただ、ボールの上をかすめて、さらに砂の中にめり込むだけで終わりだ。
「そういえば、ミニゲームで【必殺ショット】みたいなのを使うキャラいたな……あれはCPU限定技で、ものすごい理不尽だった記憶が……」
ゲームあるあるだが、もしかしたら、会長のアレも、似たようなものだったのかもしれない。
それがもし達人ゴルフクラブによってもたらされたものだとしたら……俺ももしかしたら使えるかもしれない。
俺はもともと主人公ではない。攻略対象キャラなのだ。
だとしたら、俺にも似たようなものが――。
そう思った瞬間、俺の視界に異変が起こった。
「? あれ……なんかボールが……いつもより光っているような」
それまでは淡くボールの中心点にわずかに煌めいていた光が、今はボール全体に及んでいる。
「あの……時也君、そろそろ打たないと、時貞様が……」
「うん、わかってる。でも、もうちょっとだけ待ってくれ。あと少しで、何かが見えそうなんだ」
アンを見ずにそう言って、俺はさらにボールへと集中する。
すると、さらに変化が起こる。
ボールに集まっていた光が、徐々にグリーンのほうへ伸びていく。
「このコースに打て、ってことか……?」
星屑のようなきらきらとした光は、カップからは大分外れた方向を示しているが、しかし、頭の中では不思議とそのコースしかないと感じる。
「まあ、やってみるか」
どうせここでやらなきゃ負けなのだ。
なら、やってみよう。ここが勝負どころだ。
会長のようにはいかないけれど、自分なりのショットを見せるのだ。
「すう……」
光の軌跡をたどることだけを意識して、ゆっくりとボールをすくいあげた。
砂のほうは当然巻き上がったけれど、それと同時に、ボールのインパクトの瞬間、これまでで最も派手に星屑の光が発生する。
「あっ……」
「お……?」
皆の反応は様々だ。想定外の方向へ飛んで驚く者や、怪訝な顔を浮かべる者。
ふわりと空高く上がったボールは、そのままグリーンからどんどんそれて、さらにもう一つのバンカーへ……と、いうところで、突然の風が強く吹いた。
「! 風が……」
つい少し前までは散々苦しめられた、このホール特有の突風。
それが、今回は打って変わって、ふわりと浮かぶボールをぐんぐんとカップの方向へと向けて押していき――。
そして、風ではためいているピンのフラッグに、まるで包まれるようにして突っ込んだ。
「おいおい、そんなんありかよ……」
「これはまた、なんととんでもない……」
『偶然』が重なったショットに、社長と丈二さんの二人もさすがに驚いている。
フラッグによって勢いが完全に死んだボールは、そのまま真下のカップへと真っ逆さまに落ちていって――。
「……アン、ボールはっ?」
「ボールは、カップに……」
バンカーから出て、すぐさまカップのほうを見る。
ボールのほうは、あと1センチでも転がればカップインというところで静止していた。
勝負は一打差で、社長チームの勝利。
最後の必殺ショット(?)も空しく、惜しくも俺たちは負けてしまった。
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