第45話 負けたけど、もう一度本気を見せてみようと思う
最終ホール、結局社長がパットをしっかりと決めて、一打差で惜しくも負けてしまった。
アイテムのおかげでなんとか勝負にはなったものの、やはり15歳の高校1年生と、成熟し、体力的にもっとも油ののった丈二さんとでは、やはりパワー面が大きく違った。
やはりまだまだ色々なところで能力が足りない。そのことを痛感させられた勝負だったと思う。
「時也、残念だったな。まあ、そこそこ楽しかったから、気が向いたらまた今度勝負してやるよ」
「うん。俺が学校を卒業して大人になったら、な」
達人ゴルフクラブのほうは、一勝負終えた後、役目を終えたかのように、金色の輝きが失われ、安物のゴルフクラブのような見た目となっていた。これだと、もうし社長とタイマン勝負だったとしてもあっさりとボロ負けしてしまうことだろう。
軽音楽部のほうはすでに開店休業状態だし、休部もしくは廃部にして、ゴルフ部あたりに入りなおすのもいいかもしれない。
接待と違って、ただ単純にスポーツとしてのゴルフは、なかなか楽しかった。
いったんクラブハウスに戻った俺たちは、少し早めの昼食を皆で食べてから、一足先に屋敷に戻ることにした。社長と会長はこれから残りの9ホールを回って帰るつもりらしい。
俺の方は半分ですでにかなり疲労しているのに……元気な人達だ。
二人に別れを告げ、着替え等の荷物を車に積み直しているところで、丈二さんと真凛さんの二人がやってきた。
「時也様、素晴らしいプレイでした」
「丈二おじさんこそ。ってか、高校生相手に本気出しすぎだよ」
「最初の第一打目から時也様が100%の力で来てくれたからですよ。あれが無ければ、もうしばらくは油断して手加減していたかもしれません。実際、社長は最初の内は大分侮っていたようですから」
「駆け引きも重要ってこと?」
「そういうことです。一打一打真剣に取り組む時也様は見ていて好ましかったですが、第1ホールでできた奇襲をしなかったのは、勝負の面ではよくなかったかもしれませんね」
最初の一打でやる気のない振りをして、二打目で本気を出してチップインイーグル……みたいなことをすれば、もしかしたら最初のホールでリードを奪って、勝負を有利に進めていれたかもしれない。
まあ、それも最初からあの必殺ショットが使えていたら、の話だが。
こういう惜しい展開だと、たらればがいっぱい出てくる。それぐらい俺にとって惜しい、悔しい勝負だったのだろう。
「ところで時也様、これからどうするおつもりで?」
「ん~、休みは今日しかないから、とりあえず屋敷に戻って親父のところに行ってみようと思う。負けたし、みんなの協力は得られなかったけど、でも、アンジェリカとのこと、諦めたわけじゃないし」
「……本気なのですね」
「もちろん。俺、アンジェリカのこと、好きだから」
再度二人(+美都弥)で頼みに行ったところで、前回と何も状況が変わらない以上、下手すればフレデリカの手によって門前払いされる可能性すらあるが、負けは負けとして、しっかり親父に言っておきたいとは思う。
「わかりました。時貞様が『絶対に甘やかすなよ』と仰せですので協力は一切できませんが、頑張ってください」
「時也様、ご武運を」
「おばさん、俺は別に戦いにいくわけじゃ……ああ、でもフレデリカがいるのか。ねえ、なんでフレ姉はあんなふうになっちゃったの?」
「あの子は人一倍責任感が強いですから。角が取れて丸くなるにはもう少し時間がかかりそうです」
角が鋭敏すぎて死ぬまで尖がったままの気もするが……戸郷家の決まりもあるので、将来的にはフレデリカも誰かと結婚はするはずだが、今から相手のことが心配である。というか、相手はいるのだろうか。
「お父様、お母様、それでは失礼いたします」
「アンジェリカ、引き続き、仕事に励みなさい」
「時也様を支えてあげられるのは、今のところあなたしかいないのですから」
「はい。頑張ります」
言葉遣いは屋敷にいる時とそう変わらないが、三人の間にはきちんと親子としての空気が流れている気がする。
丈二おじさんも真凜おばさんもあまり本音を喋る人ではないが、少なくとも俺たちのことは『見守る』というスタンスなのだろう。
……ということは、やっぱり最大の障害はあの姉か。
※
二人にも別れを告げて屋敷に戻った俺たちは、すぐさま、フレデリカに連絡をとって親父の在宅を確認する。普段この時間だと親父は会社にいることが多いのだが、今日は書斎にいるらしい。
玄関を開けると、俺たちの帰りを待っていたのだろうか、フレデリカが俺たち三人を出迎える。
「お帰りなさいませ、時也様、美都弥様」
「ただいま。……珍しいな、フレ姉がここまで来てくれるなんて」
「ご主人様の命令です。今日は仕事ができないから、話ぐらいなら聞いてやると。……まあ、詳しくはあちらでお話しますので」
「ふうん……?」
ともかく迎えに来てくれたのなら好都合ということで、今度はフレデリカの案内で、三人で親父の待つ書斎へ。
「……来たか。時也、それに美都弥」
「よう、久しぶり。二週間ぶりぐらいか」
「こんにちは、お父様」
俺たちの顔を見るなり、呆れたようにため息をつく親父……どうやら、親父は親父でなにかあったようだ。
「社長と会長のところに行っていたらしいな」
「まあ……丈二おじさんと真凛さんに話がしたかったからね。でも、なんでその話を?」
「二人から直接連絡があったからだ。『親なら子供の話をちゃんと聞いてやれ』、と。会長と社長直々の命令で、本社から締め出されてしまった」
なるほど。書斎に入った時点で親父がいつも使っているパソコンやタブレットがなかったので不思議に思っていたが、やはり二人がお節介を焼いてくれたらしい。
確かにこのまま門前払いよりは、親子で対話でもさせたほうが面白いことにはなりそうだが……まあ、厚意には感謝しておこう。
「あのさ、親父」
「なんだ?」
「俺、負けたよ。社長と、今回のことで協力をしてもらおうと思ってゴルフ勝負をもちかけたんだけど」
「そうか。で、話はそれだけか?」
「いや、後一つある」
そう言って、俺は親父の前で膝をつき、そして頭を深々と下げる。
その様子を見た美都弥とアンジェリカがすぐさま俺のもとに駆け寄ろうとするが、すぐさまそれを手で制して、そのまま俺は手をついた。
「……生意気言って、すいませんでした。自分の力を完全に見誤ってました」
「……」
親父は俺のほうを見ることなく、机に置かれていた経済新聞をばさりと広げて読んでいるが、無視はされていないようなので、そのまま続けることに。
「親父、俺、もうしばらく自分を鍛え直すことにするよ。今日やってみて、色々わかったんだ。俺、まだ全然足りてない。実力も、度胸も、知恵も、狡猾さも、何もかも」
きっかけはゴルフだったが、現状の『俺』は何もかもが不足していた。
この世界に来てから、俺はことあるごとにゲームのシステムを利用してきた。特にゲーム内アイテムの使用などで顕著だったが……活用するのは決して悪いことではないが、それを自分の力と勘違いしすぎてしまったのだ。
『時也』は悪くない。五条時也の元々持っているポテンシャルを引き出せなかった『俺』が悪いのだ。
本気にならなければならない。例えここがゲームの世界であろうと、今の『俺』とってはここはもう現実だ。食べ物を食べれば美味しいし、叩かれれば痛いし、負ければ悔しい。
それを踏まえて、もう一度最初からやり直さなければならない。
ゲームならリセットしたり、セーブアンドロードでなんとかできるかもしれないが、俺はこの世界に生きる人間なのでそんなことはできない。
自分の未熟さを認めて、ここから始めなければならないのだ。
その成長の証を見せなければ、きっと親父はこれからも俺のことを認めてくれる気はないだろう。
「……俺、7月の生徒会選挙に、出てみようと思う」
「! お兄さま、それって……」
「うん。多分、蓮との勝負になるだろうな。アイツ、高校卒業まではずっと会長やるつもりだろうから」
攻略対象中最もクリアが難しいキャラであり、ツイプリメンバー中で最強のステータスを持っていると思われる男、万堂蓮。
生徒会選挙でアイツに勝ち、俺が会長になることができれば。
それなら、多少は強くなったことの証明となるだろう。親父も、蓮のことはよく知っているし、その能力は高く評価しているはずだ。
「……話は、それだけか?」
「ああ。今のところは。……忙しいところ、話聞いてくれてありがとう。社長と会長には、俺からちゃんと伝えておくよ。もう終わったから、専務を会社に入れてやってくれって」
「わかった。では、すぐにでもそうしてくれ。……フレデリカ、車を。会社に戻るぞ」
フレデリカを先に部屋から出させて、腰をあげた親父がスーツに袖を通す。
こうして親父の体をきちんと見ていなかったが、細身の俺と違って、がっしりとした体格をしている。仕事が忙しいはずだが、トレーニングなど、日々の生活管理もきっちりとしているのだろう。顔もなんだか若々しく見える。まあ、まだ40手前なので当然といえば当然なのだが。
「……時也」
「なに?」
「生意気を言いたいのなら、それが許されるだけの力と実績を示せ」
「それは、親としての教え? それとも、社長としても命令?」
「……それはお前が判断しろ」
そう言って、親父も足早に書斎から出て行く。
真摯に謝ったのがよかったのか、まだまだ勝負の余地は残してくれたようだ。
時也は能力的な面であまり遠縁なども含めた五条家全体からは期待されていなかったはずだが……やはり血を分けた息子として、親父も考えるところがあるのかもしれない。
ともかく、猶予を残してくれたことには感謝しなければ。
「時也様」
「お兄さま」
「俺たちも今日はもう帰って休もう。休んで、明日からまた頑張るんだ」
そうして、俺は心配して駆け寄ってくれた二人の頭を優しく撫でる。
大事な幼馴染に、可愛い妹。
二人と過ごす穏やかな将来のために、『俺』……いや、俺は頑張って見せる。
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