第37話 ゴルフは事前の準備が大事 2


 アンジェリカと別れた後、俺は美咲先輩のいる学食脇の購買へと向かう。


 美咲先輩には姉と妹が一人ずついるものの(設定資料集から)、それぞれ10歳ずつ差があるので、見合い相手はほぼ先輩で間違いないだろう。


 もちろん裏でこっそりと進んでいた話ではあったので、とぼけられたり、そもそも美咲先輩まで話がいっていない可能性もあるが、その時は適当に対応するようにしよう。


 ちょうど昼のピークを過ぎたところらしく、購買にいる美咲先輩は、自販機の缶コーヒーで一息ついていた。


 お嬢様なのだが、それをまったく感じさせない雰囲気は、会長をやっていた時とは大違いである(らしい)。


「先輩、どうも」


「時坊か。毎度。残念だけど、もうパンはメロンパンとかコッペパンぐらいしか残ってないよ。牛乳と一緒に食うと上手いけどな」


「メシはもう食ったよ。で、今日はなんかいいのある?」


「もちろん。この私の仕入れ力を舐めてもらっちゃ困る」


 足元に置いていたらしいボードをカウンターの上に置くと、本日分のゲーム内アイテムが表示される。


 ● 今日の日替わりおススメ品


・ スタミナドリンクSS    3500円

・ ステータスサプリ パープル 7000円

・ 秘密の赤本 5      30000円

・ 黄金に光るおまんじゅう 100000円

・ 四街道式極秘ドリル   200000円


「あいかわらず購買で売っていいもんじゃねえなあ……俺的にはすげえありがたいんだけど」


「ん? なんか言った?」


「いや、別に。まあ、とりあえず全部もらうよ」


 お目当てのアイテムではなかったものの、とりあえず、


「まいどあり。ふふん、最近五条がいっぱい買ってくれるから、私も儲……じゃなくて仕入れ甲斐があるってもんだ」


「お嬢様なのに……ってか美咲姉、お金そんなになかったっけ? 今の仕事もそうだけど、働く必要ないでしょ?」


「そうだけど、まあ、世間知らずのままってのも嫌だし、一応、社会勉強の一貫ってことで。親は別にしなくてもいいって言ってるけど……」


「……お見合いするから必要ないって?」


「――なるほどぉ」


 俺の言葉に、美咲先輩が口元をにやりとさせる。


 どうやら、美咲姉の耳にもすでに届いていたようだ。


「……龍生さんのほうからは『息子にはまだ伝えてない』って話だったけど、なんだ、ちゃんと知ってんじゃん」


「優秀なメイドのおかげでな。でも、俺も最初に聞かされた時はちょっと驚いたよ。まさか、俺と美咲姉がお見合いする話が進んでたなんて。ってか、話ってどっちから?」


「多分、ウチのほうから。あんまりこういうところで話す内容じゃないんだけど……ちょっと会社の資金繰りが良くないらしくてね。……まあ、聞いたところによるとそれも暗礁に乗り上げちゃったみたいだけど?」


「まあ、俺には心に決めた人がいるし」


 現代ではそうそう表に出てこない話だが、ここはゲームの世界なので、こういうこともあるだろう。


 娘を差し出すかわりに会社を助けて欲しい――先輩にとってみれば迷惑極まりない話だと思うが。


「美咲姉は俺が相手でも良かったのか? 顔見知りではあるけど、俺みたいな年下のガキとさ」


「年下っていっても、たかが三~四歳だろ? そんなのもうちょっとだけ時間が経てば大した差じゃなくなるし、まあ、姉さん女房ってのにもちょっとだけ憧れてたから。これが歳の離れたクソオヤジだったらさすがに考えるけど、時也なら別にいいか……って。高校にあがって随分大人っぽくなったし」


 こうして色々探ってみて初めてわかったことだが、時也はわりと色々な女性キャラに好意を抱かれている。ツイプリに出てくる女性キャラは理性的な美人が多く、そういう意味では羨ましい限りだ。まあ、この世界ではアンジェリカ一筋でいかせてもらうけれど。


 選択するつもりはないが、美咲姉とお見合いして婚約するルートか……どういう世界を辿っていくのか、ちょっとだけ気になる。


「心に決めた人ってのは、もしかしなくてもメイドのアンちゃんだろ? 主従を越えた純愛ってやつ、私は嫌いじゃないよ」


「そりゃどうも。まあ、交際を認められたわけじゃないから、これから説得を頑張らなきゃんだけどさ」


「それも王道じゃん。アンちゃんには私も何度か助けられたし、ここは可愛い後輩のためにひと肌脱ぐ必要があるかもね」


「? 美咲姉、もしかして協力してくるのか?」


「ああ。っていっても、私はただのしがない購買のおばちゃんだから、これぐらいしかしてあげられないんだけど」


 そう言って、美咲姉が奥の商品棚から赤い背表紙の冊子を取り出す。


『不思議な仕入帳』と記されたその本だが、当然、俺には見覚えがあるもので。


「……ああ、もしかして、もうポイント貯まっちゃってた?」


「ああ。ここ最近毎日足を運んでくれてたからね。今日の買い物でちょうどポイント満タン。サービスタイムの時間ってわけさ」


 実はこのゲーム、購買で商品を購入すると『ポイントカード』なるアイテムがもらうことができる。1000円購入ごとにポイントが1ずつ貯まり、10ポイント以上貯まるとアイテムの割引などが発生するのだが、そこで権利を行使せず、ある一定以上までポイントを貯めると、美咲姉がこうして『不思議な仕入れ帳』から好きなアイテムをなんでも一つ仕入れてくれるというイベントが発生する。


 対象品は、なんとゲームに登場するゲーム内アイテムの全部。当然仕入れるだけなのでお金は払わなければならないものの、中にはイベントでしか入手できないはずのアイテムも購入が可能なので、一部の界隈では特に重宝されているイベントだ。


 俺は正攻法でルート攻略をしていたのであまり利用はしなかったが、今、俺が置かれている現状においては、最もタイミングで起こってくれたといえる。


 ゲーム内アイテムにはゲームの難易度を著しくヌルくするチートアイテムもあるが、俺が目指すのはアンジェリカと100%の確率で結ばれるシナリオだ。そのためなら、なんでも利用するべきだ。


 まあ、こういうチートプレイもたまにはいいだろうと思うし。


「仕入れには一週間ぐらいかかるけど、確実に欲しいモノを仕入れてきてやるよ。その顔だと、もうご注文の品は決まってるみたいだけど?」


「ああ。値段的には大したもんじゃないだけど……」


 これで全ての準備は整った。


 さあ、あとはゴルフの時間を楽しむとしよう。

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