第36話 ゴルフは事前の準備が大事 1


 アンジェリカと丈二おじさんの話がどうなるか気になったものの、予め俺のほうから社長に連絡をとったのがよかったのか、アポイントのほうはあっさりと取ることができた。


 まあ、今回の場合『時也がアンジェリカを連れていく話』なので、時也の祖父である社長が『OK』と言えば、いくら予定があったとしても、丈二さんや真凜さんはこれに応じるほかない。


 五条組現代表取締役社長、五条時貞ごじょうときさだ。実質的な経営は親父に任せて、曽祖父である五条時宗ごじょうときむねと一緒にゴルフ三昧の日々だが、それでもまだまだ影響力は強い。


 さっきも電話で話した通り、豪快というか、とても大らかな性格をしていて、親父とは正反対の性格をしている。


 ちなみに親父の名前だけ『龍生』で、『時』の字がついていないが、これは


『龍って字がついているほうがなんか格好いいだろ』


 と、わりと適当な理由でつけられた……という設定だったはずだ。で、時也が産まれた時、またいつものように『時』の字を親父がつけ直したそうだ。


 社長や丈二さんたちとの相談の上、再来週の土曜日がちょうど会長と二人でプライベートでゴルフに出かけるそうなので、俺たちもそれに同行させてもらうことに。


「はい……はい、わかりました。では、詳しくはその時に……では失礼します」


 丈二さんとの通話を切った後、アンジェリカは強張った体を弛緩させるようにふう、と息を吐く。親とはいえ、アンジェリカのことをメイドとして厳しく育てた人だから、やはり緊張してしまうのだろう。


 担当している人の孫ということで、さすがに丈二さんも時也オレの前では穏やかに接してくれてはいるものの、娘となれば話は別だ。


 メイドだけど、ご主人様とのお付き合いを認めて欲しい……こうして話だけ聞くと、わりととんでもない話ではあると思う。


「アン、丈二おじさん、どんな感じだった?」


「話したのはあくまで事務的な話ですが……怒っているような感じはありませんでした。呆れられてはいたかもしれませんが」


「いきなりご主人様と交際したい、だもんな。俺たちずっと両想いだったとはいえ、今までは完全に一線引いてたわけだから、おじさんも驚くか。で、おばさんは?」


「母はちょうどその場に不在で……おそらく父と同じ反応になると思います。どちらかというと、ウチは父よりも母のほうが厳しい人ですから」


 アンジェリカとフレデリカの姉妹の教育については、


 父・丈二さん メイド作法や教養の指導

 母・真凜さんが格闘術・護身術などの鍛錬


 となっているので、姉妹のイメージとしては真凜おばさんのほうが苦手としているらしい。


 時也ルートでは、主人公に対して厳しいメイド修行を課すアンジェリカだが、それは彼女が実際に両親から受けてきたものだったりする。


「仕事のほうはこれから瞳ちゃんに連絡してバシバシ消化していくとはいえ、しかし、ゴルフなんて久しぶりだな。体育の授業でやったことはあるけど、さて、果たして上手くやれるかな」


「ご主人様も当日一緒にコースを回られるつもりですか? 確かに、時宗様や時貞様と会うのは久しぶりですし、いいかとは思いますが……」


「いやいや。あのじいさんのことだから、絶対『ゴルフ対決で俺たちに勝ったら交際を認めてやろう』的なことを言い出すだろうと思ってさ。しかも冗談じゃなくマジで」


「そうでしょうか……確かに時貞様の性格的に言い出しそうなことですが、今回は私たち戸郷家も絡んでくるわけですし、そんないい加減な方法で決めるとは……」


「普通に考えればな。じいさんのゴルフの腕はシニアプロ並みだって言われてるし、ちょっとかじった程度の俺やアンジェリカじゃ、さすがにかないっこない。祖父さんだって、きっとそう考えているはずだ」


 だからこそ、そこに付け入る隙があるわけで。


「……ご主人様、何かお考えでも?」


「多少はな。でも、第一はやっぱり誠実に気持ちを伝えることが大事だから。ゴルフの練習の前に、まずはきちんと土下座の練習からだな。娘さんを俺にくださいって」


「ご主人様に土下座なんてさせられません。やるなら私だけです」


「ダメだ。これから『パートナー同士』になろうってんだから、やる時は二人一緒だ。もう運命共同体だぜ、俺たち」


「……もう、時也君ったら、相変わらずなんだから。そういうところ、お父さんに本当にそっくり」


「まあ、実の息子だからな」


 俺は厳密には時也ではないので、本当のところは違うが。


 父・龍生のことは癪だが、それでも社員を束ねる長の一人としての仕事ぶりは素直にすごいと思う。昔のやり方で祖父さんが事業を拡大し過ぎたツケを、長い時間をかけて健全な経営状態にまで戻したのは親父の功績だ。


 親父にも親父の立場があるのがわかっているからこそ、こうやって皆に認めてもらうために奔走しているのだから。


 駆け落ちはあくまで最後の手段。責任を投げ出すのは、できることを全部やってしまった後だ。


「アン、俺はちょっと行くところを思い出したから、ここで失礼させてもらうぜ」


「かしこまりました。私はお供しなくても大丈夫なのですね?」


「ああ。ちょっと購買に……美咲先輩に会いに行くだけだから」


 美咲先輩――その言葉に、アンジェリカの表情が一瞬、固くなる。


 まあ、まだ仮の状態とはいえ、時也のお見合い相手の可能性が高いから、多少は驚きもするだろう。


「もしかして、お見合いの件についてお話をするおつもりで……」


「それもあるけど、一番はやっぱり買い出しかな。購買っていったら、やることなんて買い物ぐらいだろ?」


「それはそうですが……」


 アンジェリカはそう言って首を傾げるが、今のところはその反応で構わない。


 なぜなら、ここからは『ゲーム』の時間だから。


 俺が購買に行く目的はただ一つ――当然、ゲーム内アイテムの購入のためだ。


 お目当てのアイテムが見つかるかどうかは運次第だが……店に登場する確率はそこそこ高いので、二週間もあれば、そのうちラインナップに乗ってくれるだろう。


 ゴルフは事前の準備がとても大切なのだ。

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