第35話 社長へコール


 蓮が今後どうするのかはわからないが、ともかく俺の希望は伝えたので、ツイプリのほうに関しては、今のところこれでいいだろう。塁や藤士郎など、他のメンバーに秘密なのは心苦しいが、アンジェリカとの交際・婚約の件についてはまだ確定している話でもない。


 いたずらに混乱させるよりは、きちんと説明できる状態になってから、改めて蓮や瞳ちゃんに話しておけばいい。


 足早に生徒会室を離れて、俺は学食のほうへと向かう。教室に戻っても良かったが、蓮とやり合ったせいもあって少々興奮していたので、いつも教室にいる麗華や主人公あなたに変に気遣われないよう、頭を冷やすためだ。


 と、教室へのルートから外れてふらりと別の方向へと出ようとすると、階段を降りたところで、俺のことを待っていたのであろう、大きめのバスケットを持った銀髪の幼馴染が立っていた。


「ご主人様」


「アン、どうした?」


「お昼をご一緒しようと思ったのですが……三上様に聞いたところ、授業が終わったと同時にふらりといなくなったと。教室にいない、部室にもいないとなると、候補はそう多くないですから」


 時也の学校内での行動範囲はそう多くないので、そうなると後は生徒会室ぐらいしかない。そして生徒会室には何か用事がある時以外は絶対に行かないので、そうなると蓮に何か言われたのだとアンジェリカが考えるのは自然だ。


「……別に大した話はしてないさ。アンと交際するのは構わないけど、絶対にバレないように注意しろ、ってそれだけ。バレたら辞めさせるかもって言ってた」


「私にはものすごく重要な話に聞こえましたが……」


「でも、バレたからってお前と別れるわけじゃないし。アイドル活動とか、それを応援してくれてるファンの子たちも大事だけど、でも、やっぱり大事なのはお前だから。瑛斗のバカみたいに脇が甘いことはしないけど、お前との付き合いは堂々としていたいからさ」


 それに、こそこそするのはすでに主人公とのフラグ折りだけで十分だ。


「ご主人様がそういうのなら私は構いませんが……ああ、そういえば先程時也様のタブレットに中川様よりメールが来ておりました。おそらく、調整が終わったのではと」


「お、さすが瞳ちゃん。じゃあ、二人でメシでも食いながらこれからの予定でも相談するか」


「かしこまりました。美都弥様への報告はどういたしますか?」


「祖父ちゃんたちとのアポイントがとれてからにしよう。社長も会長も、美都弥のこと溺愛してるからな。あまりない機会だし、一緒に連れてってやろうぜ」


「そうですね。そのほうがきっと喜ばれるでしょう」


 美都弥が次期後継者となるシナリオでも推測できるかもしれないが、美都弥は会社のトップである二人に評価されているし溺愛されているので、機嫌取りではないが、連れて行っても問題ないだろう。それに、今回の本命はアンジェリカの両親と祖父母だ。


「ところで、昼食はどこで食べられますか? 話の内容のこともありますし、学食の専用部屋へ行くのが無難かと思いますが」


「いや、天気もいいし、普通に中庭あたりでいいだろう。入学したての新入生ならともかく、俺とアンは学院でも有名だし。それに、変にコソコソするよりは、いつも通りにしといたほうが『ああ、またやってんな』ぐらいで済むだろう」


 秘密を隠そうとするから、人はそれを暴いてやろうと躍起になる――であれば、適度に、言い逃れできるぐらいには見せつけたほうが逆にちょうどいいのだ。

 

 アンからも了承をもらったので、俺たち二人は中庭の日当たりのいいベンチへと腰かける。学園のアイドルとそのメイドで、しかも二人とも目立つ容姿をしているから、当然視線を集めるわけだが、


 ――あ、五条先輩だ。今日はメイドさんと二人きりなんだ。いつもは塁君とか中等部の妹ちゃんとかも一緒なのに。デートかな?


 ――デートだったらそれなりのスキャンダルなんだろうけど……。


 ――まあ、ないよね。


 ――だね。二人って、初等部のころからずっとあんな感じだし。


 ――多分ライブ衣装の打ち合わせとかじゃない? タブレット持って真剣に話しこんでるし、デートであんなマジ顔しないでしょ。


 ――もしマジのデートで密会とかだったら、学食の専用部屋とか、色々あるわけだしね。


「……ほら、俺の言った通りだろ?」


「ですね。たまたまですが、今までの積み重ねが効いたと思っておきましょう」


 実際にはものすごく個人的なことだが、これまでの時也とアンジェリカの一線引いた距離感がよかったのか、俺たちの関係を変に勘繰るような生徒たちの声は聞こえてこない。


 瑛斗の女好きの例に挙げるのもどうかと思うが、良くも悪くも積み重ねによるイメージというのは、確実にある。


 アンジェリカの用意してくれた軽食のサンドイッチをつまみつつ、俺たちは再来週の学校休みの日の前後をオフ日に設定し、次に相手方の予定の確認のため、まずは俺の祖父に電話をかけることに。アンの両親は基本的に仕事以外の電話には出ないからだ。


 祖父の番号にかけて、数秒ほど。


『おう、時也ぁ。どうしたぁ、こんな昼間っから。オレは今忙しいん……ファー!』


「わかりやすい嘘をつくなっての。……もしかして、今接待ゴルフ中とか?」


『おう。つっても、オヤジとオレがされるほうだけどな。で、わざわざオレに電話してくるなんて珍しいじゃねえか。何の用だ?』


「じいちゃんにっていうか、用があるのは丈二じょうじおじさんと真凛まりんおばさんたちに、なんだけどさ」


『ジョーたちに……ふうん、なんか面白そうな話じゃねえか、え? このジジイにも当然、聞かせてくれるんだよな?』


「もちろん。で、相談なんだけど、再来週あたりで時間作れるかな?」


『おう、いいぜぇ! 予定はちゃんと聞いてねえけど、可愛い孫のためなら……ん? なんだジョー、俺は今電話で……あっ、こらっ、勝手に――』


 せっかく勢いのまま許可をくれるかもと思ったのに、どうやら直前で邪魔が入ってしまったらしい。


 ということは、祖父ちゃんの電話を問答無用で取り上げたのは――。


『――時也様、お久しぶりです』


 社長じいさんから電話を取り上げたばかりのはずだが、声のトーンはいつものハスキーボイスで慌てた様子は全くない。


 戸郷丈二とごうじょうじ――アンジェリカの父親である。


「久しぶり、ジョーおじさん。近くにおばさんもいる?」


『ええ。今は会長のそばでキャディーを……ところで、今日は何用で? 緊急の連絡というわけではなさそうですが』


「俺たちにとってはわりと大事で緊急の用事だよ。俺とアンの将来のことなんだけど……再来週あたり、時間とれるかな?」


『確認して、折り返します』


「わかった。でも、祖父ちゃんは話聞くってよ?」


『話は聞かせていただきますよ。ただ、調整はしなければならないので……アンジェリカにかわってもらっても?』


「うん」


 アンジェリカにスマホを投げ渡して、しっかりと親子で会話してもらうことに。


 ……さて、ここからが頑張りどころかな。

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