第34話 リーダーとの話し合い 2
「脱退か。そりゃまた、思い切った決断だな」
「当然だ」
だが、蓮のキャラ的にこのぐらいのことは言うと思っていた。学院のプロモーション目的もあるとはいえ、蓮は五人のなかでは最も真剣にアイドル活動に向き合っている。
政治家一家の息子ということで、蓮にも一応、家の事情で思い悩んでいる設定はある。政治家の息子ということで常に『親の七光り』という批判を俺たち以上に受け、親身に相談になってくれる家族もいない中、それでも一人努力し続けている孤高の男だ。
先ほど言ったように、彼には家同士で決められた許嫁がいるものの、その事実は公にされていないし、それぞれの家以外で会ったことも当然ない(一応ゲーム内だとぼかされているが、『やんごとなき』身分の人、らしい)。
今の時代だと祝福する空気もあるが、このゲームは一世代は前のものなので、アイドルの恋愛スキャンダルはご法度という考えが未だ根強かったり。
「今、ツイプリは大事な時期なのはお前も知っているな? 俺たち五人はあと3年もすれば解散だが、『ツイプリ』自体は消えることがない。このプロジェクトは、ずっと続いていくんだ」
「ああ。今の中等部の一年生たちを選抜して、俺たちが卒業すると同時に『ツイプリ』の名前を継ぐ、って計画だろ?」
「! ……そこまで知っていたのか?」
「まあな。中等部には美都弥がいるし、何より俺の妹は優秀だからな。秘密にしていても、これだけ生徒や職員がいれば噂は入ってくるよ」
もちろん美都弥からそんな話なんて聞いたこともないが、『ツイプリ』はアニメ・映画のヒットもあってシリーズ化しており、2、3とナンバリングされ、当然、主人公と攻略対象もその都度変わっている。
で、今あった中等部の一年生たち、というのが『ツイプリ2』に登場する新たな攻略対象となる5人というわけだ。
俺は『1』の時点で、リアルで好きな女の子が別の男とくっついてモチベーションが落ちたため、軽くしかプレイしていないが……そう考えると、やはりこの世界は2、3と地続きとなっているらしい。
「正直に言うが、瑛斗に関しては、もう『そういうキャラ』としてやらせている。真面目な人間揃いだとどうしても個性が似通ってしまうからな。マスコミや大手のネットメディアにも圧力をかけているし、瑛斗にも付き合うのはいいがやり過ぎるなと言ってある」
「まあ、それはなんとなく知ってたよ」
俺には生意気な瑛斗だが、男女交際のトラブルで危ないところを何度も助けられたこともあり、リーダーの蓮に対しては打って変わって従順である。基本俺様で尊大なキャラだが、きちんと強いヤツとそうでないかぐらいを嗅ぎ分けるぐらいの鼻は持っている。犬みたいな言い方だが、こいつのルートをプレイするとまるきり主人公の犬になるので仕方がない。
「ともかく、俺やお前はこれまでの真面目な活動が評価されての人気だ。人気投票では下位のお前でも、グッズの売り上げでは常に上位にランクインしている。そういう熱心なファンを獲得しているからだ。俺はお前を評価しているんだよ、時也」
「そ、そりゃどうも……」
主人公としてゲームをしていると、こうした攻略対象同士の会話は少ないが、冗談があまり好きではない蓮がここまで言うのは、時也のことを本気で評価していることの証だ。
前世(?)で『俺』のことをここまで評価してくれている人なんていなかったので、こうして面と向かって言ってくれるのは嬉しいが、しかし、だからと言って絆されてはいけない。
この話も、結局は蓮が都合のいいように俺を操作するためでしかないからだ。
だからこそ、俺は俺で自分の考えをしっかりとコイツにぶつけなければならない。
「なるほど。お前の言い分はわかった」
「そうか。なら、これで俺の話は終わりだ。これからは一層気を引き締めて――」
「んじゃ、俺、ツイプリ辞めるわ」
「…………なに?」
あっけらかんと言った俺に、蓮の目が見開かれる。
さすがの蓮も、どうやら時也がここまで言ってくるとは思わなかったらしい。
だが、今の『五条時也』は『俺』なのだ。
この世界において誰も知らない。俺だけが持つ絶対的な強み。
「それだけ俺が覚悟してるってことだよ。たとえアイドルという立場を捨ててでも、俺はアンのことを選ぶ――じゃなきゃ、瞳ちゃんに相談なんかしない」
「俺は別に交際や婚約をするなとは言っていない。バレるなと言っているだけだ。この仕事をやっている人間なら誰でも気にしていることだ」
「それはわかってるよ、『俺』も」
皆も薄々気づいてはいるが、アイドルをするほど容姿も整っていて、それでいて育ちもいい子なら、恋人がいたり婚約者の一人や二人、いるのは当然なのだ。例外もあるものの、近くにそういう人がいれば、放っておくはずがない。
それでもファンが応援してくれるのは、『付き合っている』という事実が確定していないから。
薄々はわかっている。でも、もしかしたら、ライブでの笑顔は自分だけのために向けてくれている……だからこそ熱心に応援してくれる人たちがいるわけだ。
だから、蓮の言い分もわかる。アイドルの熱愛報道で逆にファンが増えることなんて稀で、減ることだけは確実――これからもっとファン増やし、知名度を上げていくためには、そういうリスクはできるだけ減らした方がいい。
「でも、それは俺たちだけの都合だろ? アイドルだから、そうじゃないと稼げないから……衣装とかメイクとかで俺たちの補助もしてくれるアンジェリカだから、多分、蓮や俺がそうお願いすれば了承してくれると思うし、俺がこの役割から解放されるまではバレないように動いてくれるはずだ」
「そう思っているのなら、なぜ辞めるという話に?」
「理由はあるけど……話、ちょっと長くなるけど、いいか?」
「……いいだろう。話してみろ」
「すまん」
そうして俺は、蓮にこの間の遊園地のことを話した。
美都弥と一緒だったので完全に二人きりではなかったけれど、あの時のアンジェリカは、俺たちとの休日を心の底から楽しんでいるように見えた。
家族からの教えを守って、普段は唇に笑みを作ることすらほとんどしない彼女が、控えめながらもくすりと笑い、ジェットコースターでは強がったり心細そうに俺の手を握ってきたり、観覧車では俺からのアプローチに冷静さを失ってあたふたと可愛いところを見せてくれたり。
もし仮に蓮の言いつけを守って交際を秘密にすれば、そういうことはできなくなるだろう。恋人らしいことは屋敷の中でもできないことはないが、俺とアンジェリカは『幼馴染同士』であると同時に『主人』と『メイド』でもある。姉であるフレデリカや同僚の目もある中だと、なんとなく中途半端になってしまう。
「それぞれ立場ってものがあるとはわかってるけど……アンにはこれ以上我慢を強いたくはないんだ。子供のころから俺のことめちゃくちゃ好きだったの知ってたのに、主人とメイドだから、アイドルだからって、気持ちを押し殺させて。……そういうのは、もう嫌なんだ」
時也ルートでのアンジェリカの時也に対する独白や、『俺』が転生してからの彼女様々な反応を見て、その思いはどんどん強くなっている。
アンジェリカにはもっと俺の前で笑ってほしい。立場とか気にせず、俺の前ではちょとドジで可愛い所を見せて欲しい。
俺とアンジェリカは、すでに『パートナー』なのだから。
「だから、俺とアンジェリカの関係については、こそこそ隠れず堂々とやりたいと思ってる。人前でバカップルみたいなことはさすがにしないけど、それでもたまには彼女のことを屋敷から解放してやりたいからさ」
アンジェリカが本当のアンジェリカに戻るためには、できるだけ屋敷から離してあげなければいけない。家族の誰も目が届かないところで、少しずつ、俺たちは昔のような関係に戻っていくのだ。
「その目……時也、本気なんだな?」
「当たり前だろ。こんなところで冗談なんて言うもんか」
以前は何人かいる推しキャラの一人だったものの、時也としてこの世界で生活していくうちに確信した。
俺は、戸郷アンジェリカに恋をしている。ゲームのキャラにガチ恋だなんておかしな話かもしれないが、今は俺はそのキャラの生きている次元に来ているのだから、不思議なことなんてなにもない。
「ってことで、俺の話は終わりだけど……何か言うことは?」
「いや、今はいい。言ってもどうせ平行線のままだ。時間もないし、この話はまた後にしよう。そうすれば気が変わるかもしれないしな」
「……言っとくが、脅しになら屈しないぞ」
「知っている。だが、可能性はゼロではないだろう? 色々なパターンを想定して、適切な対策をとるのがリーダーの仕事だ」
「そりゃご苦労様だ。……じゃ、俺はこれで。あ、小熊ちゃんに八つ当たりとかすんなよ。あの子、強がっているだけでめちゃくちゃ繊細なんだから」
「お前に言われなくてもわかっている。早く行け、これでも俺は忙しいんだ」
「あっそ」
親父みたいなことを言う蓮を残して、俺はすぐさま生徒会を後にする。
蓮の口ぶりだと、まだまだ説得は続きそうな気がするが……何があっても、俺は俺のやりたいようにやるだけだ。
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