乙女ゲーの5番目ヒーローに転生した。主人公にそこまで興味はないので普通に学園生活を楽しみたいと思います
たかた
第1話 朝起きたら髪がオレンジ色だった件
朝目覚めると、そこは天国のような場所だった。
まあ、俺は天国に行ったことないので、これはあくまで表現上、その部屋のことをそう表現しただけだが、それだけ、今のこの場所と、俺がいたはずの部屋とは天と地ほどの違いがあった。
「なんだ、ここは……」
さわやかな緑の香りと、瞼に染み込む白い光で目覚めた俺は、何が起こっているのかわからず、そのままぼーっと固まっていた。
まず、俺が今しがた起きたばかりのベッド。デカいし、それにふかふかだ。一度、安いテーブルをアウトレットモールで買った時、近くにあった高級ベッドに寝転がったことがあるが、それ以上の寝心地である。
そして、そのベッドが置かれている部屋だ。広い、なんだこの広さは。何畳ぐらいあるかはわからないが、ぱっと見たところちょっとした公民館の大部屋ぐらいの広さがある。部屋の全面には絨毯が敷かれていて、部屋の隅のほうに服がいくつかかかっている。見た所制服のようだ。
部屋にあるのは、とりあえずそれだけ。
当然、俺が昨夜までいたはずの六畳一間ではない。小さな丸テーブル、壊れた液晶テレビ、床に転がった弁当の空き箱やストロング系のチューハイ、狭い部屋の一部を占領する埃被ったハーレム系ラノベやマンガの山……そういうのも、当然綺麗さっぱり消えていて。
「俺、もしかして寝ている間に誘拐でもされたのか……? いや、でも、誘拐されたにしては扱いが良すぎるような気もするし」
それに、両親もとっくの昔にくたばり、一人っ子で、結婚相手もおらず、ただブラック企業でハラスメント三昧の安月給で日々を生きるだけで精一杯の俺に、誘拐する価値なんてないはず。
……じゃあ、俺に何が起こった。
昨日、夜勤終わりからの通常勤務で36時間連続勤務を終えた俺は、ヘロヘロになりながら自分の床についた。そこまでは覚えている。
寝ているとき、なんだか心臓の鼓動が不規則だな、というのは感じていた。しかし、徹夜と上司の叱責と同僚からの嘲笑で精神的にも肉体的にも摩耗していた俺は、そこから一ミリも動くことができず、そのまま深い眠りに落ちた――
――はず、だったのだけど。
だだっ広い部屋のベッドで、何も出来ずただ周囲をキョロキョロと見渡すことしかできないでいると、その時、ドアからコンコンとノックする音が聞こえた。
「お兄さま、お兄さま、起きていらっしゃいますか? そろそろ学校へ行くお時間ですよ」
「?? え、え……?」
お兄さま、という女の子の声が聞こえるが、先程も言った通り、俺に妹はいない。
実はあのクソ両親が無計画にこさえていた可能性が頭をよぎったが、つい先日、父親の死亡手続きをした時の戸籍などで俺以外に子供がいないことはわかっている。
しかし、そんな俺の混乱など、ドア向こうにいる俺の自称妹が知るわけもなく。
「入りますわよ、お兄さま。お着換えを持って……って、なんだ、起きていらっしゃったの」
「え? あ、あ、ああ……」
「? お兄さま? どうかしました? 私の顔なんかまじまじと見て……起こす前にしっかりと身だしなみは整えたはずなのですが……」
「い、いや、その……」
目の前に現れた自称妹は、どう考えても俺の妹ではなかった。
中学生ぐらいだが、まず髪がオレンジ色である。なんだ、オレンジ色って。たまに電車で見かける地雷女かバンドマンぐらいしかそんな髪色しないぞ。言葉遣いや制服と思しき服の着こなしなどは普通なのに。
「えっと、その前に、一つ訊いてもいいですか……?」
「? はい……なんでしょう?」
「その、アナタはいったいどこのどちら様、というか……」
「…………え?」
俺の問いに、その女の子は、持っていた服をぽとりと絨毯の上に落とす。驚いている様子で口をパクパクさせているが、それは本来俺がするべき反応だ。
「あの、お兄さまいったい何の御冗談で……
そんな名前初めて聞いたし、当然、おやすみのキスなんてした覚えもない。そもそも、妹におやすみのキスって、どんなブラコンだ。
「いや……そっちこそ、その、何かの勘違い、では……」
「ッ……!?」
当然そう返すしかない俺に、美都弥さんの顔から血の気が引いていく。
「そんな、まさかお兄さま記憶喪失……アンジェリカ! 大変よ、お兄さまが! お兄さまが……!」
そう言って、彼女は誰かの名前を叫びながら部屋から出て行く。
何が大変なのかは知らないが、こっちだって何がなんだがよくわからない。
誰でもいいから、誰かこの状況を説明してくれないだろうか。
「……とりあえず、顔でも洗うか。なんか顔のあたりが気持ち悪い感じがするし」
ちょうどベッドのすぐ横に洗面台があったので、ベッドから降り、やけにむずむずする顔全体をしゃっきりとさせるべく、バシャバシャと顔に大量の水を浴びせかける。
寝起きでぼーっとしていた意識が徐々にクリアになっていき、それと同時に顔のむずむずが引いていく。
「ぷはっ……なんか知らんが、これから俺はいったいどうなるん――」
顔をあげて、前に備え付けられている鏡に映る自分の姿を見た瞬間、俺の頭はさらに混乱した。
「……オレンジ色の、髪……?」
まず目に入ったのは美都弥さんと同じような煌めくオレンジ色の髪だったが、そもそも、今、鏡に映っている自分は、自分ではなかった。
なんだ、この漫画にでも出てきそうなイケメンは――。
ぺたぺたと何度も頬を触り、つねり、頭をぶんぶんと振って確認するが、やはり、鏡に映るのは、とても人に好かれそうな、犬っぽい顔立ちの、整った容貌の少年だった。
幼さが残っているから、おそらく高校生ぐらい。あと、今さら気づいたが、ついでに目の色も淡いルビーの光を放っている。
ここまで来ると、もはやファンタジーだ。
「いやいやそんな……ファンタジーの世界に来たなんて……そんな夢みたいなことが起こるわけが……」
そう思い直すものの、しかし、いつまで経っても夢から覚める気配は微塵もなく。
「しかし……この顔、どこかで見覚えがあるような……それに、さっきは知らないなんて言っちゃったけど、あの美都弥って子も……」
自分の顔ではない『誰か』の顔を見てうんうんと唸っていると、美都弥さんが誰か連れてきたのだろうか、二人分の足音がバタバタと聞こえてくる。
「アン、早く! お兄さまが、お兄さまが……」
「待ってください、美都弥様……そんなに引っ張らずとも、きちんと承知しておりますので」
慌てた様子の美都弥さんが連れてきたのは、なんとメイド服を着た銀髪の美少女。
いよいよファンタジーに拍車がかかってきた。
「失礼します、ご主人様。美都弥様が血相を変えて来られたので、どうしたかと思い……記憶喪失だと伺いましたが、ご主人様、私のことは覚えていらっしゃいますか?」
「いや、えっと……」
正直、この子にも見覚えがあった。肩までの綺麗なシルバーブロンドの髪、少しきつめの印象を与える青い瞳、雪のような白い肌……。
もう喉元まで出かかっている。確か、4、5年前にヒットしたゲームに出てくる女性キャラで……俺のもっとも好きだった……。
……え? ゲーム?
「……間違ってたら申し訳ないけど……えっと、フレデリカ?」
試しに、その名前で俺は彼女の名前を読んでみる。
ちなみに、俺が思い出した名前は、『フレデリカ』ではなくて『アンジェリカ』で、付け加えると、『戸郷アンジェリカ』というのが彼女の本当の名前なのだが、これが俺たちのいつものやり取りだったりする。
違う名前を呼ぶことに大した理由はないのだが、一応、そういう『設定』なのだ。
「……なんだ、いつもの
俺の言葉を聞いて、ほうと胸を撫でおろすように名前を訂正するアンジェリカ。もといアン。
「そんなっ、さっきはまるで私のことを他人のような目で……ねえ、お兄様、もう一度、私の名前を読んでくださいっ」
「あ、ああ……ご、ごめんな、美都弥。ちょっとひどい夢を見てて……寝ぼけてたみたいだ」
「っ……な、なんだ……では、記憶喪失になったわけではなかったのですね。よかった、私、先程は心臓が止まるかと思うぐらいびっくりしちゃって……」
同じく安堵した表情を浮かべる美都弥。
なんとなく事を大きくするのはまずいということで誤魔化したが、まさかこんなことが自分の身に降りかかることになるとは。
完全に思い出した。
今の俺の名前は、
五年ほど前に大ヒットした女性向け恋愛SLG『トゥインクル☆プリンス』に出てくるメインキャラの五人内の一人だ。
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