第2話 そこは乙女ゲー世界
【煌めく五人の王子様と一緒に過ごす、サイコーにステキな青春学園生活!】――そのキャッチコピーで五年前、俺がちょうど大学生のころに売り出されたのが、『トゥインクル☆プリンス』(通称ツイ☆プリ)と言うゲームだ。
ジャンルは恋愛SLG。お金持ちの家庭のお坊ちゃまお嬢様が集まる学院に入学した一般家庭の普通の女の子が、運命的な出会いを果たした五人のアイドル的男子生徒たちとともに織りなす乙女ゲーである。
作りとしてはわりとオーソドックスではあるものの、ツボを押さえたシナリオやキャラデザ、楽曲、さらに効果的なプロモーションが上手くハマったこともあり、アニメ化、映画化、実写ドラマ化と、それなりに世間の話題となったゲームだ。
で、その当時ミーハーな大学生オタクだった俺は、当時同じゼミで好きだった女の子がハマっていると聞いて、なんとか同じ話題で盛り上がれないかとこっそりプレイしていたのだ。
まあ、その努力が実を結ぶことはなく、好きだった女の子は乙女ゲーの男キャラとは対極にあるテニスサークルのチャラ男とくっ付いたわけだが……まあ、それはともかく、俺が五条時也の姿となり、そして、ゲームに出てくるキャラクターたちが、馴染みの声優さんの声で喋りかけてくれれば、そう思わざるを得なくなってくる。
俺は、乙女ゲーの世界に、五条時也として迷い込んでしまったのだ。これが夢の続きなのか、それとも現実の俺はすでに死んでいて、この世界に転生してしまったのか。
まだ頭の中は混乱しているが、頬をつねっても、強めのセルフビンタを頬に浴びせてもただイケメンの顔が痛みに顔をゆがめるだけなので、今、自分の世界に広がっているのが乙女ゲーの世界であるならば、ひとまず現状の確認をしなければ。
今、俺のいる場所は、閑静な住宅街の一角を占める五条家の屋敷である。
五条家は、古くから代々続く『五条組』という会社(所謂ゼネコン)を経営している一族で、時也は、そこの現取締役専務である五条文也の息子(社長が祖父、会長が曽祖父)……つまりは跡取り息子というわけだ。
ちなみに髪の色がオレンジ色なのは
「今のところ特に問題はなさそうですが……時也様、念のため、今日は学校を休んで主治医の病院で検査を受けましょう」
「え? でもアン、今日は
入学式ライブというおよそ入学式に似つかわしくない単語が妹の口から出ているが、その件はひとまず後にして。
「アン、俺の方は大丈夫だから。病院にはちゃんと行くけど、それは全部終わってからだ」
「いえ、なりません。もし検査が遅れて時也様になにかあれば、それは五条家に代々仕える
そう言って、俺や美都弥の提案をぴしゃりと否定するアンジェリカ。
この声を聞くのは大学生時代にプレイしたぶりだが、冷静な口調ながら、相変わらずいい声である。
先ほど彼女が説明したが、アンジェリカは幼い頃から五条家に仕えており、時也と美都弥とは幼馴染の関係である。まだ4歳~5歳ぐらいまでは友達のように一緒に生活を共にしてきたのだが、俺が中等部に入ったころから完全にメイドとして俺たち兄妹とは一線を引くように接している。
まあ、それでもこうして三人でいる時は多少くだけた態度にはなってくれるのだが。
設定上『アンジェリカは実はこういう人間です』というのは、ゲーム内だったり、後に発売される設定資料集などで詳しく明示されるのだが、実際に、目の前でそういう姿を見せられるのは、なんだか新鮮な気分だったり。
「とにかく、俺はもう大丈夫だから。アン、一応訊いておくが、ご主人様の命令は――?」
「絶対、ですね。……まったく、ご主人様はいつもそうなんですから」
「すまんな。まあ、先生にはちゃんと後で診てもらうから。手配だけよろしく頼む」
「かしこまりました」
俺のことを本気で心配してのことなので彼女には悪いが、ここで入学式の予定を全部すっぽかすと、ゲーム最初の主人公との出会いだったり、入学式ライブのイベントがおかしくなってしまう。
ただ、もしここでアンの願いを聞き入れてイベントをすっぽかした時、いったいこの世界はどう変わってしまうのか――ゲーマー的にはものすごく興味があるところだけれど、あまり最初から怪しい動きをして、また先程のように怪しまれてもよくないので、ここは無難に様子見で行こう。
「それではお兄様、私は先に体育館で待っておりますので、いつもの格好いいお兄様を期待しておりますわ」
「ああ、任せておけ」
「はふ……はい、お兄様。私、いい子で待っています」
美都弥の頭をくしゃくしゃと撫でてやると、彼女は目をとろんとさせて俺の胸に顔を埋めて甘えてくる。こちらも設定に違わぬブラコンっぷりだ。
ひとしきり俺に甘えて満足した妹のことを送り出したら、いよいよ俺、時也の出発の時間である。
妹と同じ学院に通っているので、個人的には一緒に行きたいところだが、時也の事情を考えるとそういうわけにもいかない。
「……ご主人様、そろそろ」
「ああ。今日もぴったり同じ時間……これも設定のなせる業か」
「? 時也様、なにかおっしゃいましたか?」
「いや、別に。さ、行こうか。腐れ縁どもが待ってる」
同い年なので、同じく星聖学院の制服に着替えたアンジェリカを従えて、俺は門の前に待ち構えるお迎えの車の前へ。
「おはよう、時也。時間通りだね」
「うるさいメイドのおかげでな。……よっす、蓮。それから、お前らも」
窓から顔を突っ込んで、俺は車の中にいる四人の幼馴染たちにそれぞれ挨拶する。
「……うむ」
「おっは~☆、トキ」
「よう」
挨拶の順に、
時也を除いた所要キャラの内の残り4人で、そしてゲームのシナリオ上では、主人公を巡って恋のライバルとなる幼馴染の男たちの登場である。
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