第3話 『あなた』ちゃんとの出会い


 万堂蓮、千賀藤士郎、百瀬塁、十河瑛斗、そして俺こと五条時也は、星聖学院初等部からの10年来の幼馴染である。


 首相経験もある政治家一家の蓮、大銀行の頭取の一人息子の藤士郎、世界的ジュエリーメーカーの次期社長の塁、国内で知らぬ人はいない有名スポーツ選手を両親にもつ瑛斗――時也も上流階級には属するものの、この四人は一段、二段ほどステージがさらに違う。


 設定から何から現実離れ感がすさまじい気がするが、ゲームの世界なので気にしてはいけない。


「ったく、相変わらず冗談みたいなリムジンだな。おい蓮、俺たち5人だけなんだから、もうちょっと縮めろよ」


「何度も言うが、これが一番小さいものなんだよ。俺もそう思うが、親が見栄っ張りだからね」


 クソデカリムジン。それが、このゲームのファンの間で呼ばれている車の名前である。作画ミスか、もしくは単にやり過ぎたのか――どれくらい長いかはファンの間でも諸説あるらしいが、『端から端を行き来するだけでシャトルランが出来る』とか『これもう内輪差への冒涜だろ』という掲示板の書き込みに思わず噴き出した覚えがある。ちなみにもっと大きいサイズはそこから『クソ』が一個ずつ付け加えられる。(例:クソクソデカリムジン)


 実際、目の当たりにしている俺も、当時のカオスさを思い出して吹き出してしまいそうだ。


 まあ、こういう突っ込み所が満載なのも、ファンに長年愛された所以であるともいえるのだが。


「ともかく時也、早く乗れ。今日は入学式だから、新入生の子たちに俺たちの姿を見せてあげなきゃ」


「俺らも一応新入生だけどな。まあ、乗るけどさ」


「行ってらっしゃいませ、ご主人様。では、私は一足先に体育館でお待ちしております」


「ああ、頼む」


 アンにカバンを預けて、俺は運転手が開けてくれたドアからクソデカリムジン内に乗り込む。まるでワンルームにタイヤでもくっつけるんじゃないかと言うぐらい、中は広々と快適だ。


 そして俺が乗り込むなり、馴れ馴れしく肩に手を回してくるヤツが。


 瑛斗だ。


「なあ時也、アンちゃんのこと見るのは先月ぶりだけど、またさらにいい女になってるじゃねえか。付き合う気が無いんなら俺にくれよ」


「嫌だよ。っていうか瑛斗、あの名門女子バレー部の子はどうしたんだよ? 先月付き合い始めたばっかじゃねえか」


「へえ、まだ誰にも言ってなかったのに、もうバレてたか。どこからの情報だ?」


「それを言ったら意味ねえだろ。まあ、ウチの会社の営業車は全国で走り回ってるから、そういう情報はすぐに舞い込んでくるのさ」


 情報源=俺のゲーム知識だが、それは当然誤魔化す。


 デカい図体の瑛斗から発せられる圧は相当なものだが、特に動揺することなく、自然に話をはぐらかすことが出来ている。以前の俺の弱メンタルからは考えられないことが……これも時也の肉体に入った影響か。


「で? どうなんだ? いつものように捨てたのか? それとも珍しくフラレたか?」


「いや、あの子は俺が振っちまった。可愛かったんだけどな」


「そんなやつに俺のメイドはやれんよ……まあ、アンはお前のこと嫌ってそうだから、くっつけようとしても徒労に終わりそうだが」


 空のような青色をした髪の瑛斗に、俺はそう返す。コイツ、見た目はさわやか系のイケメンなのに、中身は完全な俺様系で、物でも、女の子でも、欲しいと思ったものは強引にでも手に入れる自分大好き男だ。


 さらに言えば、飽きっぽい性格で、先程の彼女のように、自分のものになった途端急速に興味を失い、さっさと捨てて次に行ってしまう五人の中ではもっともクズの部類に入る。


 まあ、ゲーム開始時はこんな感じでも、ルートが進むと、五人の中で最も主人公にベタぼれするチョロい系に変貌するんだが……まあ、今はそのことを言っても仕方がない。


 ちなみに攻略難度は☆5つを最難として、☆2。


「トキ、それよりさ、今度の休み、一緒にウチの系列のスイーツ店に行こうよ~。この前建設された商業ビルに入る新店舗でさ、商品の試食も兼ねて貸し切りで招待してくれるって」


 紫髪の中性的な顔立ちのオネエ系イケメンは塁だ。幼馴染五人の中では比較的穏やかな奴で、校内では専ら時也と一緒に行動している。その影響もあり、ゲームで塁を攻略する際は俺(時也)のイベントも多少進める必要があったり。攻略難度は☆3。


 ここまででわかる通り、メイン五人のキャラは攻略難易度に違いがあり、緑髪の寡黙な男である藤士郎は☆4、そして、このグループのリーダーで、ゲーム内世界でも、また、現実での人気投票でも圧倒的人気を誇る蓮は☆5だ。


 そして最後に、この流れであまり言いたくはないが、時也の難度は☆1である。☆2の瑛斗よりチョロ男の五条時也だが、これにはゲームをプレイさせるうえで必要な措置だったり……まあ、それについての言及はこのイベントの後でいいだろう。


「さて、どうやらお喋りしているうちに我らの学び舎についたようだ。それでは、車から降りて皆に挨拶しようじゃないか」


「ああ」


「おう」


「は~い☆」


「……」


 リーダーの蓮の言葉に、俺、瑛斗、塁、藤士郎がそれぞれ反応して、黒塗りのクソデカリムジンから降りる。


 その瞬間、星聖学院の全生徒の内8割以上を占める女子生徒たちの視線が俺たち五人――『トゥインクルプリンス』に注がれ。


「――キャアアアアアアアア!!」


 一斉に、黄色い歓声が上がった。


「『ツイプリ』の皆様がっ、皆様が、高等部の制服を……!」


「はあ、なんて、なんて眩しい方たちなのでしょう……!」


「いけない……あまりの美しさに、私、目がくらんで……はあっ」


 上流階級の御曹司の幼馴染五人で構成された『トゥインクルプリンス(通称ツイプリ)』は、ちょうど今から3年前に結成され、星聖学院の広告塔的な役割を担っているアイドルグループである。


 一応、学校では俺たちの活動を『部活動の一貫』という扱いにしているそうだが、内容は、巷をにぎわせるアイドルと特に変わりはない。


 音楽ライブ、CM・テレビ出演、雑誌モデル、さらには動画投稿サイトのチャンネル運営など。

 

 しっかりと学生をしつつも、日々目まぐるしい生活を送っている。実はつい少し前に、通学中の車内で、『ツイプリチャンネル』の動画を一本収録したばかりだ。


「きゃあああっ、蓮様~!」


「藤士郎さま、今日も落ち着いていらして素敵……」


「エイト~! 私を彼女にして~!」


「塁くん、時也くん、こっち見て~!!」


 こうして一般生徒の集団の中にクソデカリムジンをつけるとこんなふうに騒ぎが大きくなるので、普段は別のルートから教室まで入って行くのだが、入学式や卒業式など、節目の時はこうしてみんなに姿をお披露目することになっている。


 で、そんな俺たちのことを遠巻きにボケーっとした顔で見かける女の子――それが、このゲームの主人公である『あなた』ちゃんだ。


『あなた』は当然プレイヤーの名前だが、はてさて、この世界の『あなた』ちゃんは、いったいどんな名前で呼ばれているのか――すごく興味がある。


「? ねえトキ、さっきからずっとキョロキョロしてるけど、なんか探し物?」


「ん? ああ、妹がちゃんと無事に学校に来れたかなと思って」


「はは、なにそれ~。トキ、いつのまにシスコンになっちゃったの?」


 塁がくすくすと笑うが、今回は妹ではなく、探しているのはもっと別の人間。


 ゲーム開始時からゲームの案内役を務め、攻略のアシストを担ってくれる、『あなた』ちゃんの友人――。


 お目当ての人物はすぐに見つかった。(俺にとっては)目立つからだ。


 誰も突っ込まないのが疑問に覚える桜色のポニーテールを揺らす女の子の名は、三上麗華みかみれいか。彼女も主人公と同じく高等部からの試験入学組で、試験の日にちょうど主人公と隣同士になったのをきっかけに友達となるのだ。


 三上麗華が俺たちのことを指差し、そこで初めて主人公あなたは、俺たちのことを認識する――そこからゲームが本格的に始まるのだ。


「ん……?」


 主人公と思しき子は、確かに見つかった。麗華がちょうど俺たち『ツイプリ』のことを説明していて、『へえ、そうなんだ~』とぼけーっとした返答で返す、どこにでもいそうな外見の、暗めの茶髪をした女の子。


「なんだ、ありゃ……?」


 お目当ての女の子を見つけた俺だったが、口から出たのは、そんな言葉だった。

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