第4話 入学式ライブ


 とにかく主人公への顔見せは完了したので、次は普通に入学式ライブのため、俺たち五人は体育館へと移動する。


 星聖学院の敷地は、生徒数の割に広大で、その規模は私立のマンモス大学にも劣らず、また、常に校内は最新の設備に入れ替えられ、つい昨年に創立五十周年を迎えたとは思えないほど、校舎やその他の施設は、中も外もピカピカに輝いていた。


 一般生徒たちを後ろに大勢引き連れて、俺たちは星聖学院の体育館へ向かう。


「体育館、っていうかもうライブホールだよな、これ……」


 どこぞの臨海エリアにでもおっ建ってそうな巨大アリーナだが、これで一応体育館としての役割は果たしていたりする。体育館内部は大きな二つの部屋に分かれていて、一つは体育の授業や部活動の大会などが行われるコート、そしてもう一つは客席のある演劇ホールだ。


 今日入学式ライブは後者のほうで行われる。もちろんこちらも最新の照明・音響設備が用意されていて、この建設とメンテナンスは、時也の家族が経営している五条グループが担当している。


 あまりこんなことを言いたくはないが、五条組と星聖学院の経営陣はズブズブの関係にある。


「ご主人様、お待ちしておりました」


「ん。衣装の準備は?」


「すでに」


 関係者専用の入口からステージ裏の控室へと向かうと、ドアの前でアンが待っていた。アンは俺のスタイリスト兼、ツイプリ全体の衣装制作を担当している。


 衣装は外注ではなく、星聖学院中・高等部の手芸部(部長は高等部新一年生だがアンジェリカ)が担当している。部員作だが、全員がすでにプロレベルの技術を有しているので、どこに出してもおかしくないものに仕上がっている。


「来たわね、悪ガキども。3分遅刻」


 控室に入ると、黒のスーツを身にまとった妙齢の女性が仁王立ちで俺たちのことを待ち受けていた。


「すまない。時也の過剰なファンサービスと瑛斗のやんちゃに手間取ってね。あとで俺から注意しておくよ、瞳先生?」


「は? 俺かよ? 遅れたのは新入生の連絡先を聞き回ってた瑛斗のせいだろ」


「いや、俺は時也のファンサが終わるまで暇つぶししてただけだ。だから悪いのはオマエ。わかる?」


「お前なあ……」


 時也と瑛斗の仲ははっきり言ってそれほど良くはない。ゲームでも良くじゃれ合いと言うの名の取っ組み合いを繰り広げているのだが……まあ、ライブ前に喧嘩で怪我でもしたらシャレにならないし、ここは大人の対応を見せておくか。


「……はあ、わかったよ。ま、程よく切り上げなかった俺も悪いかったしな」


「そういうこった。ってことで瞳ちゃん、お説教の受付は時也一人でヨロシク」


「はあ……ったく、外見は大人びてるように見えても、中身はやっぱり15~6のガキね」


 俺たちのやり取りに、瞳先生が大きなため息をついた。


 彼女は名前は中川瞳なかがわひとみ。ツイプリのマネージャーを担当している人だ。先生といっても実際の教員ではなく、芸能プロダクションから星聖学院への出向という形で、肩書きだけの『先生』として学校に常駐してもらっている。


 ちなみに年齢は二十代らしい。彼女の年齢は、このゲームにいくつか存在する謎の一つだ。美人だけど、普段の仕事が激務なせいかいつも険しい顔をしている。


 で、結成当初は丁寧だった言葉遣いも、今じゃもうこんなだ。


「おらガキども、さっさと制服を脱いで戦闘服に着替えろ。リハーサル通り、入学式最後の理事長の挨拶中に乱入って手筈だ。タイミングは蓮、お前に任せる。イイな?」


「任せてください」


 話を聞きながら、俺たちはライブ衣装に着替え、それぞれ専属のスタイリストたちにメイクを施してもらう。


「ご主人様、こちらに」


「おう、いつもの感じで頼むな」


「はい。いつものように、ご主人様をこの中の『誰よりも』『素晴らしく』して差し上げます」


 その言葉に、他のメンバーのスタイリストさんたちがぴくりと反応する。こちらはまた別の部活の生徒さんたち、というか先輩方。


 技術を切磋琢磨するのは悪いことではないが、後輩と先輩で火花を散らすのは他所でやってほしい。


 普段はちゃんとしているアンも、俺が絡むと途端に子供っぽい一面をのぞかせる。


 その様子を見ている塁や瑛斗が、ニヤニヤとしていた。


「さ、お前たち準備はできたか?」


 リーダーである蓮の言葉に頷いた俺たちは、円陣を組むような形で肩を組んだ。


「よし、じゃあ、今日の掛け声は……時也」


「え? 俺?」


「なに意外な顔をしてるんだ。この前は瑛斗だから、次は時也、当然だろう?」


「ああ、そうだっけ? すまんすまん、新年度だからリセットされてまた蓮からスタートだと思ってたわ」


 ライブ前の気合入れの順番が蓮→藤士郎→塁→瑛斗→時也(以下、蓮にもどる)なのは知っていたが、今日が俺担当だったことまではさすがにわからない。


 隅々までやったゲームとはいえ、さすがに4年~5年前の記憶では抜けもある。


 変に怪しまれるのも何だか嫌な予感がするし、上手い誤魔化しを考えておかなければならないか。


 ともかく、えっと、確か時也の声出しは――。


 こほん、と小さく咳払いをして、俺は大きく息を吸い込んだ。


「いよおおおおおおおおおしッ! お前らっ、ド派手にぶちかましていくぜえええっ!! スリー、ツー、ワンっ!」


「「「「GO!!!!」」」」


 気合の入った掛け声とともに、俺たちは控室を飛び出して、それぞれの登場位置につく。


 理事長の話が終盤にさしかかり、生徒たちの退屈と眠気がピークになろうかという寸前、ステージ脇からの爆発とともに天井から降りてくる手筈だ。


 ゲームをプレイする際、ここのライブシーンだけはなぜか飛ばせない仕様で、周回プレイする度に見ていたから、振り付けから何からもう全て覚えている。


 魂は独身社畜の俺だが、肉体は五条時也なので、きっとダンスも問題ないだろう。


「――新入生の皆、退屈していないかい? 退屈? 結構。なら、その退屈は、今この時をもって終わりだ」


 スピーカーから蓮のセリフが聞こえてきた瞬間、ステージ脇から大きな爆発音が響き渡った。


 俺たちの出番だ。


「昨日まで生きるだけの社畜だったのに、今はこうしてアイドルとか……人生、よくわからないもんだ」


 まあ、これが夢なら覚めるまでせいぜい楽しむし、もし本当にこの世界に転生したのなら、それはそれで仕方ないから新しい人生を生きてみようじゃないか。


「……でも、」


 それはそうとして、やっぱり一つだけどうしても頭から離れないことがあって。


「さっき見かけた主人公、どうして顔がついてなかったんだ……?」


 記憶を頼りに歌って踊りながら、時也の体に入り込んだ俺は、主人公の『あなた』ちゃんの姿のことを思い出していた。

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