第5話 フラグ立てなくない


 顔が無い――歌と踊りに集中していたライブ時の俺はそう表現してしまったが、今一度言い直すと、『あなた』ちゃんには


 ライブ中もさりげなく、麗華の隣にいる主人公の女の子のことを観察していたのだが、どれだけ見ても、またどんな角度から見ても、鼻から上の存在が、影のようなものに隠されて確認できなかったのである。


『ツイプリ』の主人公は、プレイヤーが主人公に感情移入しやすいよう、目が前髪で隠れるようにデザインされてある。ゲームによっては名前やキャラデザインなど、しっかりと設定されているものもあるが、ツイプリに関して言えば、ほぼモブキャラと言っていいデザインだ。


 アニメ化、映画化に際してはさすがに『あなたちゃん』呼びはできないということで、ゲーム制作時に仮で設定されていたという『一原双葉いちはらふたば』という名前で新たにキャラデザが描き起こされ、モブっぽい雰囲気は保ちつつも、主役に相応しい可愛い女の子へと変貌を遂げていたのだが。


 こういう『キャラデザが無いから当然目なんか存在するわけがない』という事実を目の当たりにしてしまうと、やはりここはゲームの世界なのだと、否が応でも実感してしまう。


「ご主人様、どうかされましたか? 今日はいつもより顔色が良くないご様子ですが……」


「ん? ああ、昨日の入学式ライブで張り切りすぎたせいかな。夜中まで寝付けなくて……」


「ご主人様にしては珍しいですね。いつもならライブの後は帰ってすぐに床に入って、美都弥様が声をかけても起きず、最終的に私に叩き起こされるまでぐーすかと眠っておられるのに」


「いや、まあ……俺だって高校生になって色々考えるようになったんだよ」


 色々=主人公の顔のことがちらついて、体の疲労があっても頭が冴えて上手く眠れなかったのだ。

 

 ずる休みしたいところだったが、ツイプリの五人については学業についても優秀な成績を収め、全生徒たちの模範となることも同時に求められるため、よほどのことが無ければ授業の欠席は認められないのだ。


 違うクラスに配属されたアンと一旦別れ、俺はツイプリの五人のみが配属されている特別クラスの教室へ。俺たちが普通クラスの中に混じると、毎日のように教室が混乱する恐れがあるため、こういった措置が適用されている。


 横一列に並んだ五人分の机の一番右端に座ると、その隣に座っている塁が話しかけてきた。


「ねえねえトキ、聞いた? 今日さ、ウチのクラスに新しいコたちが入ってくるらしいよ? しかも一般生徒の女の子」


「は? マジ? なんで? 俺たちのクラスって、俺たち五人だけのクラスでずっと行くって話じゃなかったか?」


 当然ここも理由は知っているが、とりあえずとぼけておく。


 まず、入ってくる一般生徒の女の子二人は、主人公である『あなた』とその友人である三上麗華だ。


 彼女たちは高校入試からの入学組だが、実は補欠合格組で、その影響もあって学校側の不手際でどこのクラスに入れるか決定しないまま入学式を迎えてしまったという。


 で、入学式を終えてクラス発表を翌日に控えて、教師たちの間で話し合いがもたれた結果、ひとまず一年間限定で、特別に俺たちのクラスに入れようという結論になった――という設定になっている。


 当然、いくら何でも安易すぎやしないかというツッコミがシナリオ会議でもなされたらしいのだが、結局は『こっちのほうがわかりやすくハーレムでいい』『これはゲームなんだから細かいことは気にするな』という理由で、ついでの麗華も入れての計7人で、主人公による逆ハーレム高校生活がスタートするとういうわけだ。


 ……そう考えてみると、よくこれで人気が出たなと思うばかりである。


「へへ……あ、どうも皆さん、おはようございます。来年はない、来年はないと思いつつ、結局今年の担任も私ですよ。どうぞよろしく」


「こちらこそ、四街道よつかいどう先生。今年の働きぶりにも期待していますよ」


「ふふ……万堂君にそう言ってもらえると嬉しいです。千賀君、百瀬君、十河君、そして五条君も、へへ、よろしくね」


 チャイムとともに教室に入ってきたのは、中等部時代から俺たちのクラスを担任している四街道朋美よつかいどうともみ先生。


 前髪で顔どころか上半身ぐらいまで隠れている、ホラー映画にでも出てきそうな風体をしているが、教師としての評価はとても高く、生徒たちからの人望も厚い。


 ちなみにこちらの先生にはきちんと目もデザインされていて、髪を真ん中で分けたあとにお目見えする素顔は、くりっとした大きくつぶらな瞳でとても可愛い。


 先生はあまりシナリオには絡んでこないのだが、アンと並んで、俺の推しキャラの一人だ。


 ツイプリは乙女ゲーなのだが、俺のような男性プレイヤーにも人気が高かったのは、『乙女ゲーの皮を被ったギャルゲー』と一部からは評されるほど女性キャラが可愛いのが理由の一部だった。


「さて、みなさんには情報が入ってしまっているようですが。実は今年から、ウチのクラスに新しい仲間が入ってきます。それも女の子……へへ、十河殿、教室の中ではナンパは許しませんよ」


「どうかな。ってか、その前に朋美ちゃんのこと落とせてねえしな」


「ヒヒ……残念ながら生徒は恋愛対象外です。卒業後、また来てくださいね」


 今はそう言っている先生だが、主人公のルート次第では、普通にこの五人の中の誰かとくっついていたりする。その事実が判明するのはエンディング時となるのだが、どういう経緯でそうなるのか、ゲーマーとしてはちょっと気になったり。


 ……この世界では、そういうことも出来たりするのだろうか。


「さて、いつまでも女の子二人を待たせるわけもいかないので、そろそろ紹介したいと思います……ささ、『あなた』さん、三上さん。こちらへどうぞ」


 四街道先生が言った通り、やはり主人公の名前はゲーム版の『あなた』で固定らしい。そして、俺以外の四人はそのことに疑問すらもっていないようだ。


「せっかくですし、自己紹介タイムと行きましょうか……私は担任の四街道朋美です。お二人とも、今日から一年よろしくお願いします!」


「み、三上麗華ですどうも……いや~、ツイプリのクラスに入るのも意外だったけど、先生もまた濃いキャラしてるなあ……」


「あ、どうも。私、『あなた』といいます。皆様、どうぞよろしくお願いします……おし、ちゃんと噛まずに言えたぞ」


 そして、本人からの自己紹介も。心の声が漏れているところまで、一字一句、ゲームのテキスト通りだ。


 そして改めて目を凝らしてみるが、やはり鼻から上の見た目が判然としない。まるで見えない何かにぼかされているようだ。


「ふふっ、心の声が漏れているよ、お嬢さん」


「……ふむ」


「あはっ、ボクは塁。よろしくね~☆」


「へえ……ま、及第点ってとこか」


 四人の反応は様々だが、『あなた』ちゃんへの評価は悪くないらしい。


「時也、何をぼーっとしてるんだ。二人が自己紹介してくれたのだから、こちらもしっかり返さないと」


「わかってるよ、リーダー。俺は五条時也だ、よろしくな。三上と、それから……あなた、ちゃん?」


「ども~、ほら、『あなた』も五条君に挨拶しなきゃ」


「う、うんっ。えっと……よ、よろしくお願いしあすっ……あ、噛んじゃった」


 さっそくドジっぽい一面を見せる『あなた』ちゃんに、教室内が笑いに包まれる。


 ここで他の四人に『面白い女の子が来たな』と認識されて、各キャラ攻略のためのスタートラインに立つわけだが、唯一、時也の中に入り込んだ『俺』だけは、ある種の不気味さを感じていた。


 ……俺、この子とのフラグ、正直立てなくないんですけど。

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