第22話 主人公じゃないけど、シナリオの裏でこのぐらいやってもいいはずだ 1


 アンジェリカの服のことを美都弥に任せている間、俺も俺で着替えるべく自室へと戻る。


 ゲームの世界とはいっても、『俺』にとってはもう何年振りかもわからない女の子とのお出かけ、しかもそれが推しキャラなのだから、それなりに気合を入れなければならない。


 そう、入れなければならない、のだが――。


「……うげぇ……マジかぁ……」


 私服の入っているクローゼットを開けた俺は、そこにあった衣類の数々を見てため息をついた。


 金色の糸で刺繍が施された黒いジャージや、背中にでかでかとドクロマークのプリントのあるトレーナーなど、ちょっと悪ぶった中学生あたりが好んで着るようなものばかりが、所狭しと並んでいたのである。


 ついでに、新品であろうスニーカーは真っ白。


 そういえば時也の私服ってゲーム内でもこんな感じだったな、と今さらながらに思い出す。


 確かに時也はまだ高校に入学したばかりの15歳ではあるし、まあ、やんちゃなイケメンの時也が着れば似合うのは間違いないのだが、こういうチンピラ系の服装は、俺個人の考えでいうと、あまり好きではない。


「まあ、とにかくギリ大丈夫そうなヤツを選ぶしかないかぁ……」


 クローゼットの中からなんとかギリ大丈夫そうなデザインのものを見つけ出し、そちらに着替えてから、姿見で問題ないか確認する。


 ワンサイズ大きいぶかぶかのパーカーに、下は迷彩柄のカーゴパンツ。今にもラップバトルをしかけてきそうな風体だが、これ以外はもうチンピラの子供しか生まれてこないので、今日のところは諦めるしかない。


 他のキャラはわりと普通にお洒落なのに……時也だけオチみたいな感じで使うのは可哀想だ。


 とりあえず、今度塁にでも頼んで、適当に服を見繕ってもらおう。確か、アイツの会社はファッションブランドも立ち上げていたはずだ。


 なんとか妥協して着れそうな服の発掘作業に手間取ったので、もしかしたら二人のことを待たせてしまったかと思いきや、リビングにはまだいなかったので、おそらく彼女らも色々と迷っているのだろう。


「遊園地の開園時間まではまだ余裕あるけど……一応、様子を見に行ってみるか」


 気になったので、俺はリビングからほど近い美都弥の部屋へ。美都弥が普段使いしているのは確か『寝室』『勉強部屋』『クローゼット専用部屋』『友人との遊び用』の四つ。多分、今はクローゼットのほうにいるはずだ。


 向かってみると、扉の向こうから美都弥とアンジェリカ、二人の声が聞こえてくる。


「アン、もう観念して、お部屋から出ましょう? 慣れないのはわかるけど、いつまでもお兄さまを待たせてはいけないし」


『それはもちろんそうで……だ、だけどっ、でも、美っちゃん、こんな格好……時也君に見られるの恥ずかしくて……』


『そうかしら? 今のアン、すっごく可愛いと思うわよ? この私がそう思ってるんだから、きっとお兄さまだって、アンのことお褒めになってくれるはず。私が保証する』


 盗み聞きのような真似で申し訳ないが、漏れ聞こえてきた内容から、どうやらすでに着替え終わっているようで、後はアンジェリカが腹をくくって俺の前に出ていくのを待っている、といったところか。


 美都弥は学生の身分でありつつ、塁の三人いるお姉さんの内の一人が立ちあげているブランドのアドバイザーか何かを務めていて、今もたまに会社の人が出入りして商品の意見を聞きに来ているそうだから、ファッションセンス皆無の兄に較べると、見る目には雲泥の差がある。


 まあ、それはともかく、このままだと埒が明かなそうなので、扉をコンコンとノックすることに。


「アン、美都弥、俺の方はもう準備終わったけど、そっちはどうだ? まだかかりそうか?」


「あ、お兄さま。もう準備は終わりましたので、今すぐまいりますわ」


「っ……ちょ、ちょっと美っちゃん……」


「もう、いつまでもグダグダ言ってないで行くのっ。大丈夫、大丈夫だからっ!」


「! あ、ちょっと急に押さないで……きゃっ」


 その直後、扉が勢いよく開いて、アンジェリカと美都弥が部屋から飛び出してきた。


 このままだと転んでしまいそうなので、すぐさま反応して、二人のことを受け止める。


 美都弥とアンジェリカは軽いとはいえ、それをなんなくやって見せる時也の反射神経と運動能力は、やはりさすが普段から鍛えているアイドルといったところか。


「っと。ったく、大丈夫か二人とも?」


「はい、お兄さま!」


「申し訳ありません、ご主人さ……じゃなくて、ごめんなさい時也君」


 二人の頭をさっと撫でてから、しっかりと二人のことを立たせる。


 美都弥のほうは、レース生地のフリルの施された白のブラウスに、同じくフリフリの黒のスカート。身に着けているアクセサリなどは少ないので、シンプルめではあるものの、時也と同じく整った容貌もあって、年齢相応によく似合っていると思う。


 そして、アンジェリカのほうはというと。


「……あの、時也君、その、あまり見ないでくれると……」


「ああ、ごめん。でも、今のアン、すごい可愛いなと思ってさ」


 常にメイド服という鎧を身にまとっているアンジェリカが見せる初めての私服姿に、俺はしばし見惚れていた。


 服装自体は奇をてらわずシンプルなものだが、薄いパステルカラーの青を基調とした花柄の長袖のワンピースで、スカート丈は短く、いつもは黒いタイツで隠されていた綺麗な白い足が眩しい。


 いつもは普通に降ろしている銀髪も今はポニーテールにしていて、結んだリボンにくっついている花の飾りも可愛さを引き立てている。


 つまり、何が言いたいかというと、


「アンジェリカ、かわいい。以上」


「やった。ほらね、アン。私の言った通りでしょ?」


「うぅ……それは嬉しいけど、でも、まだちょっと恥ずかしい……」


 いつもはきっちりとしたメイド服を着ているから、こういう服には多少の抵抗があるのだろう、しきりに丈の短いスカートを気にしてもじもじとして赤面しているアンジェリカ。


 ……いい。もう何もいうことはあるまい。


「準備も出来たし、ちょっと早いけどもう行こうぜ。二人とも、天気はいいといってもまだ肌寒いから、外ではちゃんと暖かくしておけよ」


「もちろんです。さ、アン、久しぶりの休日、今日はいっぱい楽しみましょうね」


「う、うん……そうだねっ」


 楽しそうにアンジェリカを引き連れる美都弥と、戸惑いつつも、声の方は徐々に弾んできているアンジェリカ。


 俺も美都弥もアンジェリカも大人たちの世界に身を置いているので忘れがちではあるが、美都弥はまだ中学3年の14歳で、アンジェリカは俺と同じ15歳。


 本来なら、これが『らしい』休日の過ごし方のはずだ。


 恵まれた環境と才能、そして、一般家庭とは違う特別な家柄。


 その利点を最大限享受して生活しているので、果たすべき義務は当然あるはずだが、たまにはこのぐらいやっても文句は言われないだろう。


 ということで、俺も二人に負けじと久しぶりのオフを満喫しなければ。

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