第7話 ☆1の五条、反抗する 2


 一日の授業を普通に過ごし、放課後。主人公と時也によるチュートリアルイベントが始まった。


 このイベントの目的として、まず学校内にどんな施設があるかという設定周りの説明と、そして、俺たち五人の攻略対象キャラの情報を少しずつ入れていくためのパートにもなっている。


 ここで基本的な説明を終えてから、主人公である『あなた』のゲームがスタートしていくわけだ。


 ゲーム内のストーリで言えば、ここは時也、麗華、そして『あなた』の三人で回るようになっているのだが……ここで少し試してみたいことがあった。


「ねえねえ時也クン……私たち、今日は三人で校内を回るもんだと思ってたんだけど……君の後ろにいる、すっごい綺麗な銀髪美少女は誰?」


「ん? ああ、すまん。そういえばお前らは初めてだったな。……アン、三上さんと『あなた』さんに挨拶を」


「どうもお初にお目にかかります。私、五条家にメイドとして仕えております、戸郷アンジェリカと申します。三上様、そして……『あなた』様、どうぞお見知りおきを」


 授業が終わった時点で、俺は別クラスにいるアンジェリカを呼び出していた。この時間本来ならアンジェリカは自らが部長を務める手芸部にいるのだが、『大事な用があるから』と呼び出していたのだ。


「ほえ~、メイドさんとか見るの私初めて……さすがお坊ちゃま、住む世界が違うわ。『あなた』もそう思うでしょ?」


「う、うん。そう、だね……」


「? どうしたの『あなた』。なんだか顔色がよくないような……」


 そう言って主人公の顔を心配そうに覗き込む麗華だが、その理由は体調不良ではなく、俺の後ろにいるアンジェリカにあったり。


「アン、ちょっと」


「はい、なんでしょうご主人様」


「……どうしてそんなに『あなた』のことを睨んでるんだ」


「! ご主人様、どうして……」


 なぜ気づいたのか、とアンは驚いている様子だが、もちろんゲームで知っているから、がその理由である。まあ、当然そんなことは言わないわけだが。


 まず、結論から言うと、『主人公』にとって、時也のメイドであるアンジェリカは天敵の一人に設定されている。王子様には各ルートに必ず一人以上、『あなた』と王子様の仲を邪魔しようとするキャラが存在していて、それまで主人公が頑張ってあげたパラメーターを下げてくるのだ。


 まあ、その下がったパラメーターが特定の王子様の攻略に必須のパラメーターとなるので、そこでお邪魔されても大丈夫なよう重点的にパラメータを上げておいたり、また、ステータスダウンの影響力を受けない『特殊能力』を部活やサブイベントなどで取得して、攻略を楽に進めるよう対抗するわけだ。


 本来、天敵であるアンジェリカが主人公の前に登場するのは、共通ルートが終わり、時也ルートの攻略が始まってからになるのだが。


「アン、心配しなくても、俺はあんな子になびいたりしないよ。あの子はただのクラスメイト――一年も経てば、すぐにお別れさ」


「……『あの子』がいったいどなたのことを指しているかはわかりませんが、そうであればひとまず安心です。私にもよくわからないのですが、なんだかあの二人を見ていると、とても嫌な予感がしまして……表情には出さないしていたのですが、申し訳ございません」


 二人、というか『あなた』な。


 これは時也ルートの攻略が進むと判明するのだが、メイドとして時也とは一線を引いているアンジェリカではあるが、幼馴染ということもあり、昔から時也に対し主従を超えた強い恋愛感情を持っている。


 本当は時也といつまでも一緒にいたいけれど、五条家のため、また、時也本人の『あなた』を想う気持ちに負け、最終的には自分の気持ちを押し殺し、主人公を時也の隣にいるにふさわしい女性にするべく影で支えていく――時也ルートには他にも色々な要素があるが、アンジェリカまわりのシナリオについてはこんな感じである。


 ……もう、本当になんて健気な女の子なのだろう。


 ゲーム初心者向けの難易度なので、まず最初に時也ルートへ進むことが多いのだが、その時の『あなた』に対して、今まで押し殺していた時也への気持ちを涙ながらに告白するシーンを見た瞬間、数々のプレイヤーが彼女を推し始めた。


 当然、俺もその中の一人。


 現在の主人公である『あなた』がどういう思考でこれから動いていくのはわからないが、もし、できることなら、俺はできればアンジェリカと幸せになりたい。そういうルートを見てみたいと思っている。


 もし、時也に『俺』の魂が入ってなければ、きっと時也も『あなた』に興味を持っていたであろう。


 そういうふうに設定されているから。


 だがしかし、今の『時也』は『俺』である。今はまだゲームのイベントに沿ってロールプレイしている俺だが、もし、その役割から解き放たれて、この世界を自由に動けるのだとしたら。


 ……その時は、いったい俺は、他の皆は、そしてこのゲーム世界は、いったいどういう風になっていくのだろう。


 どこかで見えない力が働いて強制的に主人公とのイベントが進みそのまま『あなた』と結ばれるのか、はたまた、『あなた』を他の奴らに任せて、アンジェリカ、麗華、時也の妹の美都弥、四街道先生といったサブキャラクターたちとの、ゲームのメインシナリオやサブシナリオにはない出来事を起こすことができるのか。


 ……ゲーマーとして、こんなにワクワクすることはない。


 あと、やっぱり『あなた』ちゃんが不気味すぎて生理的にきつい、というのもあるのだが。


「おっし、んじゃあ、皆揃ったところで行くとしますか。アン、二人から何か質問があれば、答えてやってくれ」


「かしこまりました、ご主人様。それでは三上様、『あなた』様、これから校内を一通りご案内いたします」


 これから先俺の運命がどうなるかはわからないが、せいぜいこの世界を『五条時也』として存分に楽しんでやろうじゃないか。

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