第12話 好感度アップアイテム。サブキャラに使えるのか問題 2


 学校の授業、その後のテレビ収録や取材などを終え、ようやく一日の仕事から解放された俺は、自室の部屋でくつろぎつつも、これからの計画についての考えをまとめていた。


「……とりあえず、当面の間は主人公のステータスを上げて、瑛斗の攻略を進める感じかな……サボり癖がちょっとやっかいだけど……そこは俺が介入して、スムーズにいくようにすればいいし、ちょうどよく『赤本3』が手に入ったしな」


 購買部で買ったものの内、ステータス値を上昇させるサプリと、読むだけで特殊能力をつけることのできる本は、当然主人公に使わせるつもりだ。


 赤本3の特殊能力は『お節介』というもので、『サボり癖』の特性を持つキャラクターの効果を一定確率で打ち消す効果がある。つまり、瑛斗の攻略をより簡単にするためのアイテムとも言っていい。


 基本的に『ツイプリ』は周回プレイ前提となっており、攻略難易度の数字が、そのまま〇周目以上の攻略推奨となっている。エンディング後、クリアデータを引き継ぐことで一周目で持っていたアイテム、お金を持ちこすことができ、さらにランダムでゲーム開始時に一部のステータスが高くなっている状態でスタートすることができるのだ。


 しかし、今回の世界はおそらく一周目だし、主人公も、まるでCPUが動かしているかのようにシナリオに忠実だ。


 だからこそ、俺の楽しいゲーム世界での生活のためにも、主人公の攻略を支える影として、積極的に動かなければ。


『――コンコン、コン』


「! お、来たか」


 計画の概要をまとめている時也専用のタブレットを鞄の中に入れて、俺は、すぐに買ったばかりの『高級ブランドの香水』を自分に振りかける。自分に使用して、この匂いを相手に近付くと、隠しパラメータとなっている『好感度』がアップするというアイテムだ。


 放課後の帰り際に約束した通り、扉の向こうには今、アンジェリカがいる。アンジェリカはあくまでゲーム内ではサブキャラなので、そもそも『好感度』が設定されているのかというのもあるが、一応、確認のために。


「よ、きたな」


「……申し訳ありません、ご主人様との約束とはいえ、こんな遅い時間に……美都弥様の入浴のお世話と、その後の宿題のお手伝いをしておりまして」


「俺も時間は特に指定してなかったからな、そこは気にするな。まあ、とりあえず入って。……誰にも見られてはないよな?」


「そこはご心配なく」


 幼馴染であるが、屋敷では一応主人とメイドなので、そこらへんは気にしておかないと。


 ……あと、こっちのほうが、逢瀬を重ねてるっぽい感じでいいし。


「当たり前だけど、今はメイド服じゃないんだな」


「はい。もしよろしければ今すぐ着替えにいきますが」


「いいよ。俺とアンの仲だろ。それに、そっちの姿を見るのも久しぶりだから、なんだか新鮮だしな」


 アンはいつものメイド服ではなく、すでに寝間着へと着替えている。普段はアップにしている髪も下ろしているので、ぱっと見は別人だ。当然美人なのは変わりないのだが。


「アン……やっぱりかわいい……」


「っ……!? あ、あのご主人様……その……」


「あ、ああ、すまん。つい心の声が」


 反射的に口を滑らせてしまったが、ゲーム内でこのパジャマ姿を拝めるのは、時也ルート中盤のイベント『主人公とアンジェリカ、地獄のメイド合宿』に出てくる1シーンの、しかも立ち絵姿のみでの登場だったので、この姿は何気に激レア中の激レアなのだ。


 普段はあまり愛想のいいイメージのない美人のメイドだが、パジャマについては、美都弥がアンジェリカの誕生日プレゼントに送った犬耳フードのついたものを律儀に着用しており、そこのギャップがまた可愛い、と俺の中で話題だった。


 ゲームだとほんの一瞬の登場だが、今はこうして、俺の目の前で、消えることなく、恥ずかしそうに上目遣いで俺の顔を伺っている。


 ……控えめに言って、天使。


 こんな娘が近くにいるのに、どうして時也は『あなた』なんか選ぶのだろう。まあ、そうじゃないとゲームが進まないのはあるが。


「ところでご主人様、その、今日は渡したいものがあるということですが、いったいなにを――」


「アン、今日の仕事はもう終わったんだから、今この時だけは、そういうのナシにしようぜ」


「いや、しかし……」


「もしダメなら、そのままでもいいよ。俺も『友達』に命令なんてしたいわけじゃないし……だから、もしよければっていうお願いだよ。フレデリカ」


「……アンジェリカですよ、ご主人様」


 時也がたまにアンジェリカのことを『フレデリカ』と呼ぶのは、最初に五条家の屋敷に来たときの勘違いから来ている。


 三歳の時に初めて五条家の屋敷に来たときに、時也がどういうわけかアンジェリカの名前を、10歳年上のアンジェリカのお姉さんの名前と勘違いしてそう呼び、そしてアンジェリカも『将来のご主人様に口答えしてはダメだ』とそのまま『はい』と受け入れてしまったことから始まる。


 この勘違いは、本格的に五条家に住み込み始めた5歳の時に解消されるのだが、二人の間では冗談を言い合う時などに使う、彼と彼女だけに通じるやり取りとなって、今も続いているのだ。


 しかし、その後、ふっとため息をつくと、顔をあげ、呆れたようにふっと穏やかに笑いかけてくれた。


「……まったくもう、時也くんには敵わないなあ……」


「そりゃ、俺は五条時也だからな。五条家始まって以来の問題児……おかげでいつもアンには苦労させっぱなしだ」


「本当だよ。時也君はあと3年もしたら会社に入ってお仕事頑張ってもらわないといけないんだから」


 子供の時と同じように、ベッドの上に座って、俺とアンジェリカは、夜の間だけの束の間の休息を楽しむ。


 アンのクラスの話や、俺のクラスでの話、そして仕事の愚痴など……言いたくても出来なかった話を、できるだけ多く。


「あ、そういえば今日はプレゼントがあるんだったよね? 言われた時はびっくりしちゃったけど……でも、なんで? 私、誕生日はまだ随分先だけど」


「まあ、普段から俺や美都弥のこと面倒見てくれてるからさ。日頃の感謝ってことで」


 そう言って、俺はベッドのシーツに隠していた『黄金のバラの花束』を取り出して、アンジェリカへと渡す。


 好感度アップアイテムとしては『サイガ製薬の秘密の惚れ薬(値段 100万円)』に次ぐ、最高値が100で設定されている(有志による解析の結果、らしい)対象キャラの好感度を一気に50引き上げる反則級のアイテムだが、これでアンジェリカの反応になにか違いはでてくるだろうか。


 好感度は隠しパラではあるが、確認するほうほうが二つある。それは、『あなた』の友人キャラである三上麗華の情報と、そして、『あなた』に会ったときのキャラの頬の染め具合だ。


 攻略が順調にいっていると、だいたいルート終盤に頬が赤くなるのだが、目安の数字は50以上でほんのり、80以上で露骨に真っ赤になると言われている。


 もし時也に対するアンジェリカの好感度が設定されているとしたら、現状の数字が初期値の0としても、香水+バラで50以上になるから、何らかの反応が見られるはずだ。


 黄金のバラなんて、俺の目から見てビカビカでなんて悪趣味なと思うが、まあ、こんなのは今さら始まったことではないし。


「うわ……綺麗なバラ……時也くん、本当にありがとう。私、なんてお礼を言っていいか……」


「いや、別にお礼なんていらないよ。もし嬉しいと思ってくれたんなら、それだけで俺も渡した甲斐があるってもんだからさ」


「ありがとう……これ、ずっと部屋にかざって置いておくね」


 プレゼント自体は喜んでくれたようで、アンは瞳を潤ませて、花束に顔を埋めていいる。


 推しキャラの嬉しそうな顔を見るとこちらも嬉しくなるというものだが……しかし、今のところ表情に変化はない。いつもの可愛い俺のメイドさんだ。


 ……う~む。アイテム自体は受け取ってくれるけど、やはりサブキャラにはそこまで設定などされていないということだろうか。麗華にもし好感度の確認ができるのであれば効果の検証もしやすいというものだが、ゲームの設定上、麗華が教えてくれるのはメインキャラ五人のものだけだし。


「あ、いけないもうこんな時間……時也くん、もうちょっとお話したいけど、あんまり部屋を空けると怪しまれちゃうかもしれないから、私、もう行くね」


「あ、ああ。だな。それじゃ、おやすみアン。また明日」


「うん。また明日……明日もちゃんと寝坊しないように起こしてあげるからね。美っちゃんにとられるかもだけど」


「その時は二度寝でもして、アンのことを待つさ」


「もう、またそんなこと言う……それでは、おやすみなさいませ。ご主人様」


 そうしていつもの調子に戻ったアンジェリカが、俺の部屋から出て行く。


「……俺も、今日はそろそろ寝るか。明日もまた学校と仕事だ……」


 まだまだわからないことも多いけれど、しかし、手探りで情報を集めるのもゲーマーとしての血が騒ぐところ。


「それにしても……アン、やっぱりかわいかったな……」


 メイド服や制服もいいけれど、たまにはもっと色々な推しの姿を見たい……そう願いながら、俺は眠りについた。

 

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