第13話 メイドのひとりごと


 ※※



 彼――時也くんに最初に会ったのは、私が3歳の誕生日を迎えた時のことだった。


 私の家は、代々五条の一族に仕えており、公私ともに彼らのことを支えている。当然私も、そうなることを義務付けられて育てられてきた。


 社員として所属し、会長や社長を陰から補佐する部下として。また、家の中では生活のお世話と護衛を務める従者として。私も毎日の鍛錬は欠かしていない。


 初めて会ったときから、彼の印象はそれほど変わっていない。やんちゃで、不器用で、でもとてもやさしくて、不真面目そうに見えてちゃんと影で何事も必死に努力していて――だから、彼が『ツイプリ』のメンバーとしてアイドル活動をしても驚きはなかった。


 だって、それに、格好いいし。


 ……いや、もちろん幼馴染で仲が良いからという贔屓目もあるかもしれないが、幼さの残る大きな瞳や、ライブ中に浮かべるいたずらっぽい笑顔は、いつだって私の心を高揚させてくれる。


 仕事中なので我慢しているが、ライブ前の準備中や、ライブ中はちょっとだけ表情に出てしまう。あと、たまに言動もおかしくなるらしい。美都弥ちゃんがそう言っていた。目にも留まらぬ速さでサイリウムを振っているらしいが……記憶にない。


 まあ、私のことはいいとして、気になるのはやはり最近の彼の様子である。


 高校の入学式を迎えた朝の日からだろうか、ご主人様がやけに私に優しい気がする。もちろんそれまでも優しかったけれど、もっとビジネスライクな間柄だった。あくまで主人と従者。アイドル活動で他の女の子をメインのお客さんにしているから、そういうのもあって、妹の美都弥ちゃん以外で仲のいい雰囲気を出さないよう気を付けているのだ。


 実際、中等部に上がって幼馴染の万堂君たち五人と『ツイプリ』を組んだ時には、


『これからは家の中でもできるだけ『主人』と『メイド』でいよう』


 と言われたことがある。

 

 そうじゃないと、不器用な自分ではいつかボロが出て他のメンバーに迷惑をかけてしまうかもしれないから、と。


 当然、私に主人である彼の命令を拒否する権利などない。私はすぐにそれを了承した。


 今までのように、たまに昔のように戻ってお話する時間が失われてしまうのは寂しいけれど、私たちはいつまでも子供ではないのだ。大人になり、社会に貢献しなければならない。


 それに、以前のような関係でなくなったとしても、彼と離れ離れになるわけではない。私は彼のメイドで、彼は私の主人――例外を除いて、五条家は一度担当になった執事やメイドの担当替えはしないので、これからも問題なく仕事に励んでいれば、ずっと彼の側にいられる。


 もし、彼が私以外の誰かと結ばれたとしても。


 そう、思っていた矢先のことだった。


 美都弥ちゃんが慌てて私のもとに駆けこんできた時は、内心、本当に焦った。両親からの厳しい指導と教育のおかげもあって冷静に行動することはできたけれど、プログラムされた機械のように動く体とは裏腹に、頭の中は大混乱だった。


 結果的には、心配された記憶喪失のようなことはなく、入学式のライブ後、主治医に検査してもらった結果も問題なし――それについては一安心だったが、その日を境に、ご主人様の纏う雰囲気が変わった気がする。


 今までは、どこか私たちと一緒にいても、ふとした瞬間に思い詰めているような表情を浮かべて、高等部に上がる少し前は、趣味でやっているギターを一心不乱にかき鳴らしていたり、私としても心配することが多かった。


 美都弥ちゃんでさえ近づきがたい時もあったが、ここ数日は、まるでつきものが落ちたかのようにスッキリとした顔で過ごしている。残すことが多かった朝食は全部美味しそうにたいらげて、勉強にトレーニングにと、日々精力的に活動している。


 アイドル活動に関しては……ライブや取材はこれまで以上に嫌そうな、面倒くさそうな顔を浮かべてやっているように見えるが、『今日はこんなことがあった』とか『今日も瑛斗の野郎がムカついて』など、今までは言ってくれなかった悩みや愚痴を報告してくれるようになって、私と美都弥ちゃんにとっては歓迎すべき変化だった。


 この数日の間で、彼の中にどんな心境の変化があったのかはわからないし、これからも訊くつもりはない。どうして人前で私のことを褒めてくれるのか、入学式ライブ以来、どうして趣味であるはずのギターを弾かなくなったのか……気になることはいっぱいあるけれど。


 ……私にとっては、今の時也様のほうが、ずっとずっといいと思うから。


 ※


「……これでよし、と。うん、とっても綺麗」


 誕生日以外では10年以上ぶりにもらったプレゼントの花束を花瓶に入れて、勉強机のすぐそばに置く。この『黄金のバラの花束』は、時也くんと最も仲の良い塁君の会社で作られた造花で、値段もかなり張るものだと聞いたことがある。


 ご主人様からの贈り物を拒否してはいけないので受け取ったわけだが、私みたいな人がもらうのには高級すぎて、内心、ちょっと申し訳なく思う。


「でも……時也くんが私に……えへへ」


 いけない。いくら自分のプライベートな空間とはいえ、ここは五条家のお屋敷なのだ。嬉しくても、できるだけ素は出さず、感謝の気持ちは日々の行動で返すこと――ずっとそう教えられてきたのに、ちょっと油断するとすぐに顔がにやけてしまう。


「ああもう……やっぱり私、時也君のこと……す、す……い、いけない、私ったら、またなんてことを……」


 溢れる気持ちをなんとか落ち着けようと、私はベッドに飛び込んで、枕に顔を埋めた。


 明日にはいつも通り、明日にはいつも通り――息をぐっと止めて、私は何度も何度もそう言い聞かせる。


 いつもより優しいからと勘違いしてはいけない。私と彼はメイドと主人。その関係を崩しては、皆に迷惑がかかってしまう。


 ……そういえば、両親には聞いたことがなかったけれど、主人と使用人が結婚するような例というのは過去に……って、いけない。また変なことを考えている。


 こうなったのも、全部時也君のせいだ。


 いつも私のことを振り回して、心配させて、でも、あの無邪気な笑顔を見せられたら許すしかなくて。


 ……本当に、ご主人様にはかなわない。


「こんなこと言うと、きっと誰かに怒られちゃうかもしれないけど……」


 もしこれが現実でなく夢だとしたら、どうかずっと覚めないでいて欲しい。


 私のことを女の子としてちゃんと意識してくれている時也くんを取らないで欲しい。


 出会ったときのように、ずっと私だけの手を握っていて欲しい。


 そんなことを考えながら、私は幸せな気分のまま眠りに落ちた。



【 ※ 情報  アンジェリカの現在の好感度:100】

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