第20話 久しぶりのオフ。三人でお出かけ 1


 先に風呂に入って冷えた体を温めてから、アンジェリカが食事の準備をして待っているリビングへと向かった。


 俺の寝室もそうだったが、リビングはその数倍は広い。ちょっと来客やパーティなどもできるよう、大人数の会議で使うような長いテーブルがあり、また、ゆっくりくつろいだりできるよう、ソファなどもいくつも置かれてある。


 ちなみにここは時也と美都弥が普段から使っている専用のリビングで、両親や祖父母のものは、別のフロアにあったりする。当然、ここよりも広い。


 何日か自分の部屋で過ごしてようやく慣れ始めてきたが、この場所になれるのはいつのことになるだろうか。


 広いリビングのどでかいテーブルの中央に、ポツンと俺一人。


 これはちょっと、寂しい。


「ご主人様、一応、いくつか準備させていただきましたが、どれになさいますか?」


 アンジェリカが持ってきたトレイには、サンドイッチやおにぎりなどがのせられている。俺と美都弥の食事は全て彼女が担当しており普段の料理全てプロ顔負けの仕事だが、俺が一番好きなのは、彼女が握ってくれた俵型のおにぎりだった。


「んじゃ、おにぎりで。あ、サンドイッチは明日の朝食べるから、そのまま冷蔵庫にいれておいてくれ」


「かしこまりました。では、一緒にお味噌汁もお持ちいたしますね」


 アンが手慣れた様子で包丁を動かす中、俺は部屋から持ってきていたパソコンを開いて、明日締切予定の女性誌で連載をもっているコラムの仕事を片付けていくことに。


 歌や踊りのレッスン、ライブ、テレビ収録、映画の撮影、そしてこうした執筆活動と……ゲームの設定上、現実離れ感がでるのは仕方がないとして、現実に置き換えると、まだ十五歳の子供がやっていいような仕事量ではない。


「お兄さま」


「ん、おう美都弥か、どした? もう寝る時間、大分過ぎてるけど」


 簡単につまめるよう小さめにつくられたおにぎりを一つ口に放り込んでPCの画面とにらめっこしていると、寝間着に着替えた美都弥がやってきた。


 いつもは両サイドで結んでいる髪を降ろし、ウサギ耳のフードがついているもこもこの上下。


 うん。時也がついつい構ってしまうのもわかるぐらい愛らしい。


「最近、お兄さまと夜にこうしてお話ができていなかったので……その、邪魔はしないので、隣に座ってもいいですか?」


「ああ。アン、美都弥にも何か暖かい飲み物をいれてやってくれ」


「かしこまりました」


 俺はご飯に合わせてお茶、美都弥にはホットミルクを用意してもらって、コラムの執筆が一段落したところで、一息つくことに。


「お兄さま、お身体のほうは大丈夫ですか? 高等部になってから、どんどんどんどん忙しくなっていらっしゃるので、私は心配です。この前のことだって、その……」


「あ、ああ、そのことか……確かに、美都弥の言う通り、見えない疲れが溜まってるのかもな。高等部に入ってから、計ったように急に仕事が詰まっていったからな」


 かなり休みなく働いているはずだが、まるでゴミのように扱われていた社畜時代と較べると天と地ほどの差だから、実のところ、体調はすこぶるよかったりする。


 頑張った分だけ報酬が入って、家に帰ればこうして、俺のことを一番に慕ってくれているメイドやかわいい妹が労ってくれる。


 それだけで、疲れも吹き飛ぶというもの……は、半分冗談だが、疲れがある時の『秘密兵器』もきちんと用意しているので問題はない。


「美都弥の心配もわかるけど、今は本当に大丈夫。だから、お前にはこれからもアンと一緒に俺の側で支えてもらえると嬉しいかなって。迷惑かけてばっかりだけど、お願いしてもいいか?」


「わかりました。お兄さまがそう言うのなら、しょうがないですね。でも、私はずっと不安だったので、そのお詫びに頭を撫でてください」


「……甘えん坊だな、美都弥は」


「お兄さまの前だけ、ですよ。私がこんなふうになるのは」


 かぶっていたうさ耳フードをとって、俺は妹の頭をくしゃくしゃと撫でる。美都弥も、そしてアンジェリカも少し乱暴に撫でられるのが好きなようで、気持ちよさそうに目を細める様子はまるで犬みたいだが、そういうところも、また愛らしくていいと思う。


「ところでお兄さま、ついさっきアンから話を聞いたのですが、明日、お仕事が休みになるかもしれないんですって?」


「うん。まあ、瞳ちゃん……朝一のマネージャーの電話待ちだけど、多分そうなる可能性が高いと思う」


 急遽レッスンやトレーニングが入る可能性もなくはないが、指導担当のルーク先生も俺たちと同じく過密スケジュールなので、空いた時間を使ってというのは難しいし、俺たち五人も自主的に集まって練習……みたいなことは基本的にしない。


 なので、おそらく休みになるだろう。


「ああ、なるほど。だから今日は寝ずに俺のところに来たってわけか。明日休みだったら一緒に遊びたいって」


「うっ……で、でもでも、しょうがいないじゃないですか。こうでもしないとお兄さまはすぐに予定があるとか言ってどこかに行っちゃうし……だから、そうなる前にお兄さまの予約を入れておかないと」


 そう。中等部に上がってから、時也は将来の夢を見据えてギターの練習や作詞作曲のためにこっそり部室に言っていたので、美都弥と休日を過ごすということはほぼなかったのだ。


 時也のシナリオにおいて、妹の美都弥は『あなた』のお助けキャラとして頑張ってくれるのだが、彼女も彼女で、アンジェリカと同様、お兄ちゃんに甘えたい思いを我慢していたわけで。


「でも、わかった。そういうことなら、たまには一日、お前に付き合ってやるよ」


「! 本当ですか?」


「ああ。遊園地でも買い物でも、もし一緒にやりたいことがあるんなら、お兄ちゃん付き合ってやる。アン、お前もそれでいいよな?」


「私は時也様と美都弥様のお世話係でもありますから、当然問題はございません。明日は鍛錬の予定でしたが、何よりもご主人様を優先せよとは、戸郷家の教えですから」


「やった……ああ、ダメもとでお願いしたのに、まさか本当に私のお願いを聞いてくれるなんて……どうしましょう。もう寝なきゃいけないのに、明日何をしようかということばっかりで、頭がすっかり冴えてしまいました」


 嬉しさと驚きが混じったような様子で、美都弥があたふたとしている。


 ただ一緒にいるだけなのに、ここまで喜んでくれると、俺もなんだか嬉しくなってくる。


 アンジェリカといい、美都弥といい、時也の周りにいる女の子たちは本当に健気でいい子たちばかりだ。

 

 将来の夢を放棄するような真似をして時也には悪いが、『あなた』との刺激的な出来事の連続よりも、俺は彼女たちとの平穏な日常を選ぶ。


 瞳ちゃんには悪いが、明日の予定はもう決まりだ。恨むなら、瞳ちゃんのいう『クソダヌキ』のことを恨んでくれよ。

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