第19話 やりたいようにやる。それが一番大事 2


 その後は瞳ちゃんと直属の上司との相談となったものの、ひとまず『自宅待機』という形で、俺たちは自宅に送られる形となった。


 一応、最終的な連絡は翌日の早朝にしてくれるそうだが、瞳ちゃんの表情を見る限りは、多分、そのまま俺たちの出演キャンセルということになりそうだ。新曲のプロモーション的には痛いことになりそうだが、まあ、俺個人としては、ゆっくりできていいと思う。


 藤士郎、塁と現場から自宅までの距離が近いメンバーから順に降ろし、最後に俺の家へ。五条家の屋敷は敷地面積は広いが、高級住宅街に居を構える彼ら四人の家とは違い、少し離れた郊外にあるので、こういう場合は後回しにされることがほとんどだ。


 必然、帰宅時間が遅くなる。


「おい時也、屋敷に着いたぞ。さっさと起きろ」


「ん……っと、ごめん、つい寝ちゃってたわ」


 ちょうど玄関前に着いたところで瞳ちゃんに頬をぺしぺしと叩かれ、俺は目を覚ました。


 若い肉体と普段の鍛錬のこともあり、時也の体力も相当なものだが、さすがにこう忙しい日が続くと寝落ちの一つもしてしまうものだ。


「珍しいな。お前が私の車で寝るだなんて。こうしてたまに送ってやる時なんか、運転が荒いだの、タバコ臭くて船もこげやしねえなんて、大人の私に生意気な口ききやがるくせに」


「そうだっけ? まあ、俺も高校生になって神経が図太くなってきたってことさ」


 時也のほうはお坊ちゃまらしくデリケートだったらしいが、『俺』のほうは黴臭いワンルームで毎日泥のように眠っていたから、このぐらいならむしろちょうどいいぐらいだ。むしろ、クソデカリムジンなんかよりも、よっぽど寝心地がいい。


 と、自分の荷物をまとめて車から降りたところで、アンジェリカが俺のもとに寄ってくる。

 

 時間が時間なので休んでて構わないと連絡はしていたが、どうやら待っていてくれたらしい。


「ご主人様、お帰りなさいませ」


「ただいま。アン、ずっと待ってたのか? 冷えるだろうに」


「いえ、そこの守衛室で待たせてもらっておりましたので問題ありません。カバン、お持ちいたします」


「ありがとう。あ、マネージャー、今日は送迎ご苦労様。明日の連絡よろしく。アンタもあんまり無理せず早く寝ろよ。肌に悪いんだから」


「クソガキが偉そうに言うな。お前こそ、明日オフになりそうだからって、そこのメイドと夜更かしなんてしたら承知しないからな。朝一、ちゃんと起きてるかどうかお前に一番に連絡してやるから覚悟しとけ」


 そう言って、瞳ちゃんは行きの安全運転とは打って変わり、エンジンを馬鹿みたいにふかした荒々しい運転で、俺たちの前からあっという間に走り去っていった。


 俺ができることは少ないが、今後はなるべくストレスを溜めるようなアクシデントが起こらないよう祈るばかりである。


「お屋敷に戻りましょう、ご主人様。美都弥様も、お兄様の帰りを待っておいでですから」


「ああ。それと、帰ったら軽食を何か用意して欲しい。PVの撮影がおして、結局ドリンクしか飲めなかったからな」


「かしこまりました。では、そのように」


 月の明かりがほんのりと照らす中、俺とアンジェリカは、屋敷までの道を歩いていく。


 門から屋敷の玄関に向かってまっすぐに伸びる道を、二人肩を並べて――そういえば、この光景、確かゲーム内で似たようなものがあった気がする。


 ……そうだ、確か、時也ルート終盤の『メイドとして友として』で、主人公と時也のことを応援すると決めたアンジェリカが、幼い頃の思い出を一人回想するシーンだ。


 五条家の生活になかなか馴染めず失敗続きで、両親にも叱られ、夜、一人屋敷の庭でふさぎこんでいる時、


『アンは俺のメイドだから、俺がお前のことを守ってやるよ。だから、もう泣くな』


 そう言って、時也はアンジェリカの手を、彼女が泣き止むまでずっと握っていた。そして、家に帰ると、彼女の両親に『メイドが失敗するのは主人の俺にも責任があるから、俺のことも一緒に怒ってくれ』と言い出し、彼らのことを大変困らせたという逸話が残っている。


 そこから彼女の中で、『幼馴染で仲の良い男の子』から『ご主人様だけど、それでも大好きな男の子』へと明確に変わったのだ。


(別に、思い出の再現をしたい、ってわけじゃないけど……)


『アンと手を繋ぎたい』――そう、俺は思った。


 ゲームのシナリオでは、結局、彼女が時也と手を繋いだのは、その時の回想シーン限りで、最後まで彼への思いを押し殺し続けた。


 最終的には時也と『あなた』のことを笑顔で祝福する彼女がいたが、きっとそれまでにかなりの葛藤があったはずだ。


 ゲームでは『色々ありましたが、もう大丈夫です』の一文で片付けられていたが、この世界では一分、一秒、しっかりと時が流れている。


 アンジェリカの苦労を『五条時也』が知る由もないが、ゲームをプレイしていた『俺』は知っている。


 ゲーム中で彼女が笑うのは、シナリオの最後に、夢を追って海外へと飛び出す『時也』と『あなた』を見送るシーン。


 涙を浮かべながら微笑む彼女の姿はとても美しかったが、しかし、それはとても寂しそうに見えて。


 ……やっぱり、『ツイプリ』って実はギャルゲーじゃないだろうか。


「なあ、アン」


「? なんでしょう、ご主人様」


「その……今日、少し冷えるな」


「そうですね。4月ですが、夜はまだ暖かくしておきませんと。先に入浴なされますか?」


「いや、そういうことじゃないんだけど……」


 アンが俺のことを拒否するわけがないのだが、いざ手を繋ごうとすると、なんだかとても恥ずかしい気持ちになる。時也も意外にシャイな性格だが、『俺』はそれ以上に内気な男なのだ。


 いや、こんなところでヘタレてどうする。


 俺はもう『俺』ではない。『五条時也』なのだ。


 こんなところで恥ずかしがってどうする。


 彼女のことを幸せにするんじゃなかったのか――。


 俺は、この世界で、俺のやりたいようにやる。


 夢かもしれないこの世界……自由にやらなければ損だ。それが一番大事だ。


「……アン、ちょっと失礼するぞ」


「え? あ――」


 そう言って、俺は半ば強引に――というには少々ヘタレ気味だが、それでも、カバンを持っていないほうの彼女の手を優しく握りしめた。


 アンジェリカも一瞬何が起こったかわからない様子で、繋がれた手をじっと見つめていたものの、


「あっ、あの、ご主人、さま――?」


 状況に気づいた瞬間、暗い夜でもわかるぐらいに、白い彼女の頬がみるみるうちに赤く染まっていく。


「いや……その、ちょっと昔のこと思い出して、さ。それで、まあたまにはいいだろうって思って」


「そ、そう、でございます、か……」


 恥ずかしくて、俺もアンジェリカもお互いに目を合わせづらい。


 しかし、だからと言って、俺も、そしてアンジェリカも握った手を放そうとはしなかった。


 しばらくして落ち着いたところで、俺のほうから口を開く。


「……アン、あの時のこと、覚えてるか? 初めて俺たちが手を繋いだ時のこと」


「もちろんです。忘れようがない、大切な思い出ですから」


「俺もなかなかバカだったよな。アンの両親を困らせて、で、結局は報告を受けた親父とおふくろに叱られるっていう」


「ふふっ、そんなこともございましたね。でも、おかげで私は救われましたよ。今の私があるのは、ご主人様、あなた様のおかげです」


「こういう時は『時也くん』でもいいんだぞ? 今は周りに誰もいないし」


「……できるだけ『主人』と『メイド』でいようとおっしゃられたのは、どこのどなた様でしたっけ?」


「そう言うなよ。俺も、あの時は自分なりに色々考えてたんだ、きっと」


 その時の『時也』の心情などはわからないが、しかし、彼女のことなど全く眼中になかったわけではないと信じたい。


 恋愛感情があったにせよないにせよ、アンジェリカが、時也にとって大切な『幼馴染』であることは、変わりようのない事実なのだから。


「……そろそろ、手を放しましょうか。このままだと、扉の前できっとお待ちになられている美都弥様が『アンだけずるい』とむくれてしまうでしょうから」


「だな。アン、先に風呂の準備を頼む。暖かくして寝ないと明日に響くかもだし」


「ですね。ご主人様は今をときめく『ツイプリ』のメンバーなのですから。お身体は大事にしませんと。……それに、」


「? それに……なに?」


「……すいません。言ったはいいものの何も考えておりませんでした」


「はは、なんだよそれ。アン、今日はなんだか様子がおかしいぞ。まるで昔に戻ったみたいだ」


「ご主人様こそ。戻られてから今まで、ずっとおかしいです」


 昔のように笑いながら、俺たちは肩を並べて帰るべき場所へと戻っていったのだった。

 

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