第18話 やりたいようにやる。それが一番大事 1


 主人公とのフラグ回避の目途は立ったから、次は時也として転生した(と思う)俺自身の幸せのために行動――とは思うものの、実際にこの世界で生活してみると、それがかなり難しいことを実感する。


 せっかく推しのキャラクターが傍にいるのだから、俺だってもっとアンジェリカと一緒に過ごしたいし、甘えん坊の美都弥のことも構ってあげたい。


 しかし、そのためには、絶対に必要なものがあって。


『はーい! それじゃ本番行きまーす……5秒前、3、2、1――』


 スタッフからの合図に合わせて、俺たちツイプリの五人は、いくつものカメラが取り囲むスタジオ内で新曲のPVの撮影にのぞんでいる。


 ツイプリの高校進学を記念して制作されたおよそ1年ぶりとなる新曲『プリズム☆スカイ』。ゲーム内の挿入歌としても使われており、現在、俺たち五人とも、レコーディングやプロモーションに大忙しだ。


 朝起きて、学校に行く途中でツイプリチャンネルの動画を撮影、学校ではしっかりと授業を受け、部活に励み、それが終わればこうして五人での撮影や、夏に行われる大きなライブに向けて練習、さらにはメンバー個別の仕事などなど。


 なにが言いたいかというと、単純に時間が足りない。足りなすぎる。


 アイドル活動自体は、まあ、面倒ではあるけれど、楽しんでできてはいる。これまでの社畜生活と違って、アイドルとしてスポットライトの中心にいる生活だし、『あなた』としてゲームをプレイしているときにはテキストのみでさらっと流されていたことも実際に体験しているわけだから、驚きや新鮮さもある。


 一日が24時間ではなく48時間ぐらいあれば、もっともっとこのゲーム世界を楽しむことができるのに――数時間にも及ぶ撮影が終わり、渇いた喉をアン特製のスポーツドリンク(仕事前に持たせてくれた)で潤しながら、そんなことを思っていた。


「ヘイ、今日のところはこれでひとまず終わりですネ。レン、トウシロ、ルイ、エイト、トキ、ツカオレツカオレ」


「お疲れお疲れ、な。来日して3年以上経つのに、まったく日本語上手くならねえな、ルーク師匠は」


「これで伝わるシ、問題ナッシング。日本の人たち優しい、みんなサンキュー」


 PVの出来栄えの確認のため、今日はツイプリを指導しているルーク先生も一緒にスタジオに同行している。


 外国かぶれの日本人みたいな喋り方をしている人だが、いつもはこんなでも、ドラマや映画となると、完璧なイントネーションの日本語を操る。その他の国の言語に関しても同様だ。


 身長2mに迫ろうかという長身と、プラチナブロンドの髪の、彫りの深い顔立ちの超絶男前俳優兼歌手兼ダンサー。それが『超人』と海外では称されているスティーブン・ルークだ。


 俺たちのコーチをするにあたって、聖星学院や俺たち五人の会社はかなりの報酬を用意して日本に連れてきたわけだが、元々日本通だったこともあって、ここの生活にもかなり馴染んでいるらしい。


 ゲームではあくまで脇役なので登場回数は少ないが、『ツイプリ』シリーズには必ずといっていいほど顔を出す人気キャラクターだ。


「ルーク先生、そろそろガキどもは帰らせなければならない時間なので、これで失礼しますが……」


「OK、わかったよ、ヒトミ。ボクは残って映像のチェックをするから、先に帰っててて」


「わかりました。では、お先に。おいガキども、さっさと制服に着替えろ。面倒だが、送ってやる」


 まだまだ撮影は残っているが、俺たちは先日高校入学したばかりの15歳~16歳なので、諸々の決まりは守らなければならない。ゲームではきっちり守られているのに、現実のほうでは違法労働がまかり通っているのは、なんとも皮肉なものだ。


 愚痴はほどほどにしておいて、俺は瞳ちゃんの運転するワンボックスカーに乗り込む。車に乗ったのは、藤士郎、塁、そして俺の三人。蓮は自分のところの迎えの車に乗り込み、瑛斗は新しくできたという彼女(?)と一緒に、さっさとどこかへと消えてしまった。


「うっわ、くせっ……マネージャー、忙しいのはわかるけど、たまには車の中掃除しろよ。やけにタバコくさいと思ったら、灰皿、吸殻でパンパンじゃねえか」


「っせーな。やろうと思っても、ついつい忘れちまうんだよ。あんまり他人に中のもの、触らせたくないしな。……っと、電話だ。すまんが、ちょっと待っててくれ」


 そろそろ出発というところで、瞳ちゃんのスマホの着信音が車内に鳴り響く。


 こんな感じで、瞳ちゃんのスマホは昼夜問わずひっきりなしに鳴っている。


 こういう世界はだいたい昼も夜もないから、俺たちも大変だが、それを守る大人たちはもっと大変だ。


 と、ここでそれまでずっと黙っていた寡黙な男が突然口を開いた。


「……時也」


「ん? どした、藤士郎。お前から俺に話しかけてくれるなんて、珍しいじゃねえか」


「……そうか?」


「ああ。まあ、お前がメンバーの誰かと話すこと自体がレアだけど、で、何?」


「さっきのお前の動き、だが」


「? えっと、それってPVの撮影の時ってことか?」


「そうだ。……迷いがなくなった気がしてな」


 普段口数の少ない男だが、洞察力はかなり優れていると思う。時也の将来の夢のことも知らないし、人格(もしくは魂?)が『俺』と入れ替わったことなど当然知る由もないわけだが、たまにこういうところでどきりとさせられる。


「とにかく、今のお前は、悪くないと思う。……それだけだ」


「そっか。まあ、褒め言葉として受け取っておくよ」


 藤士郎は聖人と言っていいほどのいい男なのだが、それ以外の、特に千賀家の面々がとことんクソなのが残念なところである。ほぼ一代で急激に成り上がった家系のせいか、両親とも自分の地位の向上しか頭になく、息子の藤士郎も、『子』というよりは、自分たちの価値を向上させるための『道具』としか見ていない。


 詳しくは長くなるので省くが、攻略のために何度かゲームで藤士郎ルートをやった時、それはもう何度もイラつかせてもらった。まあ、障害がある分だけ、より主人公との純愛ストーリーが際立つわけだが、しかし、この世界ではあまり関わり合いたくはない。


「なになに? 藤士郎ったら、今さらトキと仲良くなりたいの? 別にいいけど、その前にボクを通してくれなきゃ困るよ」


「いやいや、塁、なんでお前を通すんだよ。お前は俺のマネージャーか」


「別にいいじゃん。三人と違って、幼稚園の頃からの仲だろ~」


 ……なんだか時也が『俺』になってから、急に他のメンバーからも好感を抱かれるようになっているような……野郎にモテるのなんて御免だが、こうしてシナリオの裏ではそれなりに年相応のやり取りがあるのを見るのは微笑ましくもある。


 ということで、俺たちメンバーのほうは狭い車の中でそれなりに和気あいあいとやっていたわけだが。


「……え!? そんな、しかし、こちらにも予定というものが……はい、はい。わかりました。では上司と相談の上、改めてご連絡いたしますので……はい、すぐに。それでは失礼いたします」


 長めの電話が終わったかと思ったら、通話をきった瞳ちゃんが大きく舌打ちをして、タバコに火をつける。未成年の前でなにやってんだと言いたいが、本人の機嫌がものすごく悪そうなので、なんとも注意し辛い。


「マネージャー、なんかあったのか? 大分テンパってたみたいだけど」


「ああ。ちょっとテレビ局から連絡があってな。明日予定だった歌番組の収録を都合により3日後に延期してほしいとさ。理由はまあ……お前たちには言えないが、一つ言えることがあるとすれば『あのクソダヌキ、いつか絶対ひき肉にしてやる』だ」


 人気アイドルとはいえ、俺たちもテレビの世界ではまだまだひよっこ扱いだから、まあまあ理不尽な理由だったりするのだろう。


 とはいえ、困ったことになった。俺たちは毎日ほぼ休みなし、分刻みのスケジュールで動いているから、一つ予定が延期になると、玉突き事故のようにしてあっという間に他の予定に影響が出てくる。なかなか迷惑な話だ。


「話はなんとなくわかったけど、で、結局どうすんだ? 普通に考えれば、他に迷惑はかけられないし、収録キャンセルって選択になりそうだけど」


「それはこれから上司に相談するが……とにかく、明日のテレビ収録はなくなったわけで、現状、お前らは『待機』ってことになるな」


「待機、ってことはオフ?」


「直前になって予定の前倒しなんて中々できないから、今のところはその可能性が高いかもな。お前らにとっては久しぶりの休みだから、悪くない話ではあるが……ったく、胃の痛い話だ」


「休み、か……ふうん」


 瞳ちゃんには迷惑をかけるが、しかし、もしこのまま予定が空けば、久しぶりに自由に動ける時間になる。


 しかも、明日は土曜日なので、学校自体は休みだ。『あなた』の行動も、『遊ぶ』か『勉強』か『バイト』かの休日パートのみになるので、特に裏でこそこそ動く必要もないし。


 ……これは、もしかすると、普段あまり休日を一緒に過ごせていないアンジェリカや美都弥と仲を深めるチャンスかも。

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