第10話 トゥルールート回避
トゥルールート、つまりは王子様と結ばれて末永く二人一緒に過ごしましたとさ、というハッピーエンドのことだが、こちらの達成条件は、五人とも条件は同じで、各キャラに必要なイベントを全て見ることが条件となっている。
時也以外の四人は、何も考えずにプレイしていると場合によっては上手くいったり失敗したりだが、時也はサブイベント以外はシナリオは基本一本道なので、普通にプレイしているとまずハッピーエンドになる。
そして、そのハッピーエンドのための最初のイベントが、この後起こる予定なのだ。
「……は~、一通り全部回ったけど、ウチの高校ってやっぱり滅茶苦茶広いね。しばらくは地図が手放せないねこりゃ……」
「そうか? まあ、適当に走り回ってりゃ、そのうち覚えるよ。俺たちだって、初等部の頃はそうやって覚えたし」
『俺』自身もそのはずなのだが、そこらへんは時也の昔の記憶なども引き継いでいるのか、ゲーム知識がうろ覚えでも、しっかりとこの学校の構造を理解できている。
ゲーム画面では『グラウンド』『教室』『職員室』『学食』『購買』みたいな選択肢からワープする設定だったので案内できるか心配で、その保険という意味合いも兼ねて、同じく時也と一緒に学校に通っているアンジェリカをつけたのだが、その点杞憂そうで安心した。
特にこれから時也ルートを回避し、他のキャラの攻略に主人公を誘導するためには、学内をこそこそと移動する必要もある。なので、ここは朗報と言っていいだろう。
塁の料理研究会でのイベント、そして藤士郎の剣道場でのイベントも終えたところで、この後予定が入っている歌番組の収録へ……と思いきや。
「さて、一通り案内し終えたところだし、そろそろお開きってことで……」
「あのさ、時也君、アンジェリカさん、ちょっといい?」
「ん?」
「どうかなさいましたか、三上様?」
「うん……私も、今気づいたばかりなんだけど、その……」
鞄を取りに教室に戻ってきた時点で、俺は違和感に気づく。
今、教室にいるのは、俺、アン、そして麗華の三人。
そう、『あなた』ちゃんが忽然と姿を消していたのだ。
……そして、来たか。第一のイベント。
「さっきまで気配はしてたはずなんだけど……本当、露骨に消えるのな~……お前は幽霊かよって」
「? 時也様?」
「あ、すまん、ちょっと独り言。それより三上、確認だけど、最後に『あなた』さんの姿を確認したのはいつだ?」
「えっと……藤士郎さんの稽古を見学して後、塁君のところでクッキーもらって……一緒に料理研究会の部室を出たところまでは。二人でクッキー食べさせあってたし」
「ふむ、料理研究会の家庭科教室は特別棟の2階だから……そこらへんうろうろしてるかもな、あそこ、テロ対策? みたいなので階段とかの場所が入り組んでんだよな」
ゲーム知識から推測すると、現在『あなた』ちゃんは、学内で飼っている黒猫を追いかけて、それに夢中になっているうちに迷子になってしまっているはずだ。
高校生にもなって、なんて天然なのだろう。まあ、これはゲームの世界なので『そうはならんやろ』ということも起こりえてしまうわけだが。
「ったくあの子は……とにかく別れて『あなた』を探そう。アン、お前は三上と一緒に特別教室棟を1階から探してみてくれ、俺はここの生徒教室棟と、そこにいなければ外に出て探してみる」
「かしこまりました。では、念のため四街道先生にも連絡しておきます」
「ん。頼んだぜアン」
「ご主人様のご命令ならなんなりと」
アンジェリカと麗華に『あなた』の鞄を預けて、俺は急いで教室から飛び出す。
……まあ、もちろんこれはただのフリで、このイベントの結末を知っている俺は特に何もしないのだが。
というか、なにもしてはいけない。
なぜなら、ここで俺が真面目に『あなた』を探してしまうと、時也ルートがスタートしてしまうからだ。
※
ということで、ここで時也ルートの最初のシナリオである『迷子の子猫と秘密の部室』(こんな感じでイベントにはサブタイトルがついている)について説明しよう。
チュートリアルイベントで蓮、藤士郎、塁、瑛斗とそれぞれ所属する部活や研究会のある場所へ回ったわけだが、まだ一つだけ、回っていない場所がある。
そう、時也の所属する部活と、その場所だ。
時也が軽音楽部に所属していることは最初の設定でも触れたが、実はこの軽音楽部、時也一人しかいないし、その上、ちゃんとした部室も存在していない。
現在は『ツイプリ』に所属しアイドル活動に励んでいる時也ではあるが、実は密かにソロでのデビューを目指して、音楽活動をしている。ツイプリの活動期間は、聖星学院を卒業するまでなので、残り約3年。
大分ネタバレになってしまうが、他の4人は、高校卒業と同時にアイドル活動をすっぱりと辞めて、蓮は政治の勉強のため海外の大学へ進学、藤士郎は進学の後、銀行に就職、塁は会社社長、瑛斗は海外のサッカークラブへと入団し、その進路については、四人の意思はすでに固い。
だが、その中でただ一人、時也だけは親から求められている五条組の経営を継がず、音楽業界に残りたいと考えているわけだ。
この将来の夢を、時也は、親や妹、そして信頼できるメイドびアンジェリカにさえ秘密にしている。表向きには、真面目に勉強をし、部活動はあくまで現在のアイドル活動に役立つため肥しであって、まったく本気じゃない……と言っているが、裏では隠れて一向に上達しないギターの練習をずっと続けている。
で、そういう背景もあって、一見恵まれた環境にいながらも、同時に孤独感を抱えている時也ではあったが、そんな時に現れた『あなた』の不思議な魅力に興味を持ち、彼女に今現在の自分の練習の成果を見てもらおうと、人気のない音楽準備室で、たった一人だけを相手にしたライブする……というストーリーだ。
まあ、まっすぐな時也らしいものすごく王道な青春ストーリーだが、残念ながら、俺は時也と違って超安定志向なので、もしこの世界がずっと続くのであれば、普通に勉強をして、親の仕事を継いで、恵まれた環境でかわいいメイドや妹と一緒にその後の人生を平和に過ごすほうを選ぶ。
ブラックの中をかろうじて這いずって生きてきた人間にとって、社会の大海原は必要ではない。凪で十分なのだ。
「さて、と……他の奴らに見つかるのもそれはそれで都合悪いし……俺はもう少し調べものをしますかね」
すでに手は打っているので、俺が探さなくても、『あなた』はすぐに見つかるし、そして、最初のイベントが起こらないことで、トゥルールートをまずは回避する。
もちろんトゥルールートを回避したからといって安心はできないので、今度はそちらをつぶすために、行動を開始しなければ。
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