第11話 好感度アップアイテム。サブキャラに使えるのか問題 1


 時也が迷子の主人公を見つけたからといって、『俺』が彼女に何も打ち明けなければイベントもクソもないはずだが、しかし、ゲームの世界である以上、実際のフラグ管理上では『時也が主人公に会う』ことさえ満たせばOK、という感じになっていそうなので、麗華やアンジェリカに悪いが、ここは自由行動とさせてもらおう。


 で、一人になった俺がまず最初に向かったのは校内の学食……の隣にある購買部だ。


 設定では、ここで制服の校章やボタン、体操着など、紛失・破損してしまったものを買い直すことができるし、お昼になればお弁当やパンも売っているところだが、実際は、先程、瑛斗からもらったスタミナドリンクやステータスアップアイテム、さらには好感度アップアイテムなどが売られていたりするのだ。


「! お、時坊ときぼうじゃん、いらっしゃい。珍しいね、こんなところに一人で来るなんてさ。もしかして、ハブられちゃった? かわいそうに、お姉さんが慰めてあげまちょうね~」


「別にハブられてね……ああもう、いつまでも子供扱いすんなよ、このオバ……」


「んんん??? 時也ぁ、アンタ今なんか言おうとした? 最後の方、ちょーっと私には聞こえづらかったんだけど、よければもう一度言ってくれんかね~?」


「いや別に……美人な美咲姉みさきねえ


「そうそう、尊敬する先輩にはそう言ってりゃいいんだよ」


 購買部のカウンターから身を乗り出し、気安く俺のことをベタベタ触ってくるのは叶美咲かのうみさき先輩。俺たちより三つ年上の卒業生で、俺たちが中等部に入って『ツイプリ』結成した当時、高等部で1年生ながら生徒会会長を務めていた人で、卒業と同時に蓮にその座を譲るまで『女帝』と呼ばれていた。卒業後は、大学に通いつつもこうしてここでアルバイトをしているのだ。


 大手造船会社の会長の孫娘で、普段はこんな乱暴な喋り方はしないのだが、『ツイプリ』に対しては常にこんな感じである。


 結成当時から五人のために色々と便宜を図ってくれたので、全員、彼女には頭が上がらないというわけだ。


 ……ちょっと昔話(設定?)を語ってしまったが、別に彼女に会いたいから来たわけではない。


「美咲姉、そんなことより、今日は買い物に来たんだ。いいの、なんか入ってる?」


「お、もちろん。色々あるから、ゆっくり見ていってな」


 そうして美咲姉は『本日のおすすめ』と書かれた小さな黒板を取り出す。


 ここに書かれているのが、購買に行く度にランダムで入荷している攻略アイテムというわけだ。


『ステータスサプリ レッド』 2000円

『ステータスサプリ ブラック』 5000円

『秘密の赤本 三』 20000円

『高級ブランドの香水』 50000円

『黄金のバラの花束』 100000円


「へえ、今日はなかなかじゃん」


「今日は、じゃなくて今日も、な。で、どうすんだ?」


 今日のラインナップはステータスアップ二種に特殊能力をつける参考書、そして残り二つは好感度アップアイテムだ。


 こんなものがあったら攻略なんてすぐにヌルゲーと化すわけだが、値段を見てもらえばわかる通り、主人公がこれを買うためには勉強や運動そっちのけでバイトに励まなければならない。1回のアルバイトでもらえる金額は大体1000円ぐらいなので、赤本なら20回、香水なら50回、バラにいたっては100回と……そんなことをしていたら攻略どころではないし、それならセーブ&リセットでルーク先生ガチャをしたほうがマシだ。


 まあ、しかし、それはあくまで主人公の場合、なのだが。


「美咲姉、とりあえず全部くれ」


「お、まいどあり。今日は随分太っ腹だねえ。なんか特別な日でもあるのかい?」


「別に……まあ、たまには無駄遣いもしないと金が腐るからな」


「さっすが現役アイドル様は違うねえ……ま、とにかくどうぞ」


 アイドル活動、動画投稿サイトのチャンネル運営などで得た収入の一部は、当然、俺たちメンバーの小遣いになっているので、どれだけ買っても困ることはない。


 せっかく得た時也としての地位……思い切り使わせてもらうとしよう。


 ひとまず買ったアイテムについては持ち帰るわけにはいかないので、俺の家に直接送ってもらうように頼み、俺は美咲姉と別れて校舎内へと戻る。


 時間的にはそろそろあの人が見つけてくれているはずだが……果たして。


「あ、時也君見つけた!」


「ご主人様、どこへ行かれていたのですか?」


「探してるうちに購買のほうまで出ちまってな、美咲姉に心当たりないか聞いてた」


 実際は買い物をしていたわけだが……まあ、それはそれとして。


「……『あなた』さん見つかったみたいだな」


「はい。四街道先生が見つけてくださって……先生はもう職員室に戻られましたが」


「あの、ごめんなさい五条さん。私ったら、つい」


 二人の後ろからぴょこっと『あなた』ちゃんが出てくる。その手に抱かれていたのはウチの学校で飼っている黒猫のクロベエで、俺たちのことを不思議そうな顔でキョロキョロと見つめている。


「とにかく、何事もなく『あなた』さんが見つかってくれたよかったよ。四街道先生には、俺が後でお礼をしておくから、三上と『あなた』はもう帰んな。『あなた』さんはともかく、三上は結構遠いんだろ?」


「うん。バスで1時間……じゃあ、私たちはこれで。時也君、今日は迷惑かけてごめんね。ほら、いこ『あなた』」


「あの……今日は本当にすいませんでした」


「いいっていいって。んじゃ、また明日な」


 俺が最初に職員室を案内したのは、四人で四街道先生に会っておくためだ。


 迷子になった『あなた』は俺たちと合流するため、よせばいいのに校内をうろうろとさまよい歩くのだが、適当に回っていれば、そのうち時也が見つけてくれるようになっていて、そこから例のイベントがスタートする。


 この時、時也と会う確率は1回の選択毎に約90%。これを5回~6回繰り返すので、大抵は時也が見つけてくれるのだが、運悪く会えなかった場合+職員室で四街道先生に会っている場合に、このタイミングで見つけてくれるのだ。


 別に運が悪かったとしても、もう少し遅い時間に警備員さんが見つけてくれて事なきを得るわけだが……まあ、そこまで放っておくのも『あなた』が可哀想だし……他にも理由がないわけじゃないのだが。


「ではご主人様、私たちも帰りましょう。美都弥様が心配してしまいますから」


「だな。……あ、そうだアン」


「? なんでしょう」


「その……今日の夜、ちょっと渡したいものがあるから、俺の部屋に一人で来てくれ。もちろん、美都弥にも内緒でな」


「! え、あの、それは……」


 いつもは冷静なアンの顔が、俺の言葉に頬をほんのりと赤く染める。


 ゲームではほとんどお目にかかれないが、やはり時也の前ではこういう顔をしてくれるのか……さすがは俺の推し。可愛い。


「と、とにかく帰ろうぜ。収録時間までそう時間もないしな」


「そ、そうでございますね。すぐに車を手配いたします」


 主人公との今日のイベントはひとまず回避した。


 あとは、ゲームのシナリオにはない俺のイベントを進めるのみだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る