ミッドウェー

第26話 ミッドウェーに行きます

 杏と美津子は朝から一冊の「薄い本」の製作に集中していた。

 聖子のネームを杏が具現化し、美津子が背景のベタ塗りや集中線を入れる。

 原作が聖子で、作画が杏、そのアシスタントが美津子といった役回りだ。

 この本も聖子の分担はすでに終わり、後は杏と美津子の仕上げを待つばかりだった。

 その杏もすでに作画を終え、今は美津子とともに背景作業に移っている。

 一方の美津子も、最近では少しばかりエロ耐性がついたのか、「薄い本」を見ても騒いだり顔を赤らめたりすることもめっきり減った。

 むしろ今では「薄い本」作成の手伝いを積極的にするようになった。

 聖子の言を借りれば「ようやく美津子もこちら側の住人になる気になった」ということらしい。


 その彼女らが今つくっているのは主に欧州向けの「薄い本」で、英首相の怠慢を描いた「沈黙の緩怠」だ。

 とある暗号の解読によって次に空襲を受ける都市が分かったものの、イギリスがすでにその暗号を解読していることをドイツに悟られないよう、何ら対策をしないまま市民を見殺しにするというストーリーだ。

 これに英首相が自らの葉巻で美少年にあれこれするストーリーを絡めるという、いわゆるボーイズラブの変形版とでも言うべきものだった。


 同時リリースが予定されている作品、「ハル卑の憂鬱」はすでに完成している。

 「ハル・ノート」作成という、他国を陥れるための憂鬱な任務を帯びてしまった米国務長官がストレス発散のために女王様の愛のムチを頂戴する作品だ。

 米国務長官の「私は卑しい豚です」という絶叫とともに、「ハル・ノート」がどういった経緯でつくられたものかが分かるような仕立てとなっている。

 また、ソ連副首相の日常を描いた「幼女専記」も完成していた。

 そして、「沈黙の緩怠」のほうも今日中には完成する見込みだった。






 「ただいまー」


 少しけだるげな声の聖子が帰ってきた。

 連合艦隊司令部の会議から戻ってきたのだ。

 相手の嫌がることをさせれば三人娘の中で一番頭の切れる聖子は、連合艦隊司令長官の求めもあって同司令部が主催する会議にオブザーバーとして参加することが多かった。

 聖子の声音から杏も美津子も今日の会議は紛糾したのだろうなと想像する。

 声音で聖子の感情が分かるくらいには杏も美津子も彼女のことを理解していた。


 「おかえりー」

 「おかえりなさい」


 自分を玄関まで出迎えてくれた杏と美津子を認めた聖子が立ったまま口を開く。


 「一時間後に巫女会議を開くから用意しておいて」


 二人に言い置いて、聖子はそのままそそくさと浴室へと向かった。






 家政婦兼番人の梃木さん(あと一人は須俣さんで、今日はお休み)には巫女会議を開くから何かあったら声を掛けてくれと伝えてあった。

 不意の来客や邪魔者が現れたらいつものように彼女が始末、じゃなくて対応してくれるはずだ。

 連合艦隊司令長官の紹介でこの家で家政婦をやってくれている梃木さんも須俣さんも武道と護身術の達人だった。

 そのうえ、美津子ほどではないものの銃の腕も確かだという。

 それに、何かあれば人間レーダーの杏が察知するはずだ。

 セキュリティはこの時代のものとしては万全と言ってよかった。

 そして、杏と美津子、それに聖子の三人による巫女会議がはじまるやいなや、聖子はいきなり言葉の爆弾を炸裂させた。


 「結論から先に言うわ。私、ミッドウェーに行くことにした」


 杏と美津子を同時に見据え、聖子は特に気負った様子もなく、淡々と本日の連合艦隊司令部での会議における決定事項を告げた。

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