裸足で銃を撃つ女

第7話 大和での会見

 かなり露出の大きな巫女衣装の三人娘が門の前に立つ。

 巫女たちの衣装の胸部には特務中尉の階級章、それに山本長官からの紹介状。

 それらを確認した守衛の兵士が敬礼をする。

 杏は人懐こい笑顔で、美津子は上品な微笑で、聖子はあざとくアヒル唇をつくって正門を守る兵士に答礼する。

 その階級章の確認の際に目に飛び込んできた適度に(美津子はものすごく)盛り上がったそれを見て少し顔を赤らめた兵士は敬礼が終わるやいなやあわてて視線をそらせた。


 昭和十七年二月十五日、杏と美津子、そして聖子は山本連合艦隊司令長官の招きで連合艦隊旗艦「大和」が投錨している呉にやってきていた。

 東京からは飛行機でひとっ飛びだった。

 今で言うところのチャーター機を仕立ててもらったのだ。

 当時としては破格の待遇と言っていい。

 久しぶりに会った山本長官は戦勝続きのせいか、血色もよさそうだった。


 「お三方とも元気そうでなによりだ」


 山本長官が三人娘と握手を交わす。

 日本人同士では珍しい。

 米国をはじめとした西洋のマナーに通じた山本長官らしい振る舞いともいえるが、あるいは単に女の子の手を握りたいだけかもしれない。


 「ご無沙汰しております。山本長官もご壮健そうでなによりです」


 腹の内を隠しつつ、三人を代表して聖子が笑顔を向ける。

 一通りの社交辞令を終えた山本長官は、後ろに控える副官をちら見する。


 「副官、この三人にお茶を。そうだな、一時間後に持って来てくれるか。それと例のところに置いてある『間宮』の羊羹も頼む」


 忖度上手の副官は一瞬で山本長官の考えを理解し、一礼して部屋を出ていった。

 副官が退出するのを確認した山本長官はさっそく本題を切り出す。


 「ところで、お上にもお会いされたそうですな」


 そう言ってニヤリと笑い三人娘を見回す。


 「会うように仕向けたのはどこのどなたですか」


 聖子が苦笑しながら軽い非難の視線を山本長官に向ける。

 連合国との講和の真の切り札とのとりあえずの顔つなぎ。

 お上と三人娘の会見の場を設けた(仕掛けた)山本長官も最初から三人娘がお上の信を得るとは考えていなかった。

 彼女たちは今は東京に住まいを構えているから、これから何度か会う機会を設けて、そのうちに打ち解けてくれればいいと考えていた。

 だが、彼女たちは山本長官の想像を超えて、しょっぱなからいきなりお上の心をつかんでしまった。

 上品な言葉遣いながら本質をずけずけと突いてくる美津子、人懐こい杏、万事に思慮深い聖子。

 それぞれ個性の違う三人娘だが、彼女たちには共通して持っているスキルがあった。

 コスプレ喫茶のバイトで培った対人コミュニケーション能力だ。


 容姿端麗、お上に恐れを抱かない令和世代の娘たちのずけずけの語り口、それでいて人を不快にさせない適度にぼけと突っ込みを交えたトークは、人々からいつも畏れ多い対応しかされてこなかったお上には新鮮に映ったのだろう。

 お上に対して不遜とも思える三人娘の態度に最初は眉をひそめていた侍従たちも、これまでにないような笑顔で娘たちの話を聞き、はずんだ声で話されるお上を見て考えを改めた。

 戦争が始まって以降、沈みがちだったお上をこうまで明るくしてくれたのだ。

 侍医も彼女ら三人娘はお上の心の健康、ひいては体の健康に好影響を与えてくれるから、時折会いにきてもらったほうがいいと太鼓判を押した。

 そして、いつの間にか侍従たちも考えを改めていた。


 「現人神と神の使いの巫女はやはり気が合うのだ」


 お上の希望もあり、それからは週に一度、多いときには二度、三度と彼女たちは皇居に出入りしていた。

 彼女たちもそれが苦ではなかった。

 皇居で出されるお菓子と帰りに持たされるお土産があまりにもおいしかったからだ。


 「皇室関係者から、あなた方と会うとお上が元気になるといって感謝の言葉をいただいた。紹介した私も鼻が高い」


 聖子の軽い批難の視線に苦笑し、山本長官は三人娘に改めて謝罪と感謝の入り混じった笑顔を向ける。


 「やさしくて、意外におもしろいおじさんだったよ」

 「そうですわね。それに平和と安寧を願う気持ちが痛いほど分かりました」


 杏と美津子もお上との会見はまんざらでもなかったようだ。

 そこで食べたお菓子とお茶も最高の味だった。

 杏の「おじさん」発言は、この時代としては少々あぶないものだったが、山本長官は特に咎めることもなくスルーして問いかける。


 「東京での暮らしはいかがですか」


 「おかげさまで、ずいぶんと贅沢をさせてもらっています。それもこれも山本長官のおかげですわ」


 美津子の言うように彼女たちの東京での暮らしは、庶民の平均よりもずいぶんと上の生活水準だった。

 移動に便利な都内にある大きめの洋館を借り上げ、そこを三人の生活の場としている。

 お金の心配もない。

 彼女たちが提案した(ぱくった)特許は、あっと言う間に審査を終えたからだ。

 通常、特許は出願してからその審査を終えるまで、めったやたらと時間がかかるのが相場なのだが、そこは山本長官の鶴の一声だった。

 役所は上からの圧力に弱いとはいえ、そのことは山本長官の権威をまざまざと見せつけるものだった。

 特許料が入るのはまだ先のことだったが、収入が確実なので今は山本長官に前借りしている。


 住処となっている洋館は彼女たちの希望通りの家だった。

 ほどほどに豪華な二階建ての洋館は白塗りで、庭の大きさも適当だった。

 周囲は閑静な住宅地だが、かといって閑散としているわけでもなく、環境は悪くなかった。

 設備に目を転じれば、便器は当時としては非常に珍しい洋式でしかも水洗だった。

 二重の奇跡に美津子は泣いて喜んだ。

 バスルームも広く、これまた当時としては珍しいシャワー付きだ。

 しかも固定式では無くホース仕様。

 これには聖子がおおいに喜んだ。

 美津子は単純に聖子がシャワー好きだと思ったようだが、聖子の性癖を知る杏は嫌な予感しかしなかった。

 だから、杏は可能な限り聖子よりも先に風呂に入ることにしている。


 住まいが変わるととともに、彼女らの着ている巫女衣装の素材も変わっていた。

 こちらの時代に来たときはコスプレ喫茶が用意してくれた布製のものだったが、今は絹製だ。

 ずいぶんと値が張ったが、お上や軍の高官と会うのにいつまでも安物の一張羅というわけにもいかなかった。

 世間体や要人と会うことも考えて、従来のものより露出も少し抑えめにした。

 それと、昼間に来てもらう家政婦も山本長官に身元の確かな者を紹介してもらっている。

 ただでさえ戦況分析や終戦工作で多忙なうえに、お上との不定期懇談まで入ってきたのだ。

 とても家事に時間を割いている余裕は無かった。


 問題は夜間だった。

 都内とはいえ、年頃の娘三人だけでは危ない。

 彼女たちの身を案じた山本長官は信頼できる部下を毎夜警備によこしてくれるよう手配してくれた。

 艦艇の塗料が燃えることを教えてくれたり、新兵器のヒントを与えてくれたりと彼女たちの海軍に対する貢献は極めて大きなものがあり、また戦勝を予言してくれるありがたい存在でもあったので、海軍省人事局も山本長官の申し出に対し二つ返事でこたえてくれた。

 山本長官がそのことを彼女たちに伝えると、三人は「恋に落ちるとまずいので、出来ればぶさいくで妻帯者の人がいい」と希望を伝えてきた。


 「そのような人間なら海軍は人材豊富だ」


 そう言って山本長官は笑いながら請け負った。


 「ところで、時局の話だが」


 一通りの世間話が終わると同時に山本長官は本題を切り出す。

 結局、ハワイ作戦は決行された。

 すでに動き出している真珠湾攻撃という超巨大プロジェクトを覆すことは山本長官でも難しかったのだろう。

 三人娘の指摘を受けた山本長官にできることは外務省と綿密なすり合わせを行い、真珠湾攻撃開始前に宣戦布告文書を確実に手交できる準備を整えることだけだった。

 そして、真珠湾攻撃開始前に宣戦布告文書を手交することはかなった。

 だが、それだけだった。

 米政府は、だまし討ちに限りなく近い奇襲によって無用の戦火に巻き込まれたと国民に対して喧伝した。

 オアフ島で多数の民間人が死傷、そこで起こった悲劇や英雄譚を織り交ぜて国民に日本に対して敵愾心を抱くように仕向けた。

 その後の経過はウェーク島攻略作戦を除いて三人娘が知る歴史の通りに推移していた。


 「まず、先日あった米機動部隊のマーシャル諸島奇襲への事前警告の件について礼を申し上げたい」


 二月一日、空母「エンタープライズ」と「ヨークタウン」を基幹とする米機動部隊がマーシャル諸島に来寇した。

 前日に三人娘からの警告があったため、同地に展開していたマーシャルの航空隊は奇襲を受けずに済み、逆に手持ちの戦闘機をもって待ち伏せ攻撃を敢行、敵艦載機を多数撃墜した。


 「いいえ。私たちに力があれば、もっと早くにこのことをお伝えできたはずです。そうすればさらに充実した迎撃戦闘が行えたかもしれません。この件につきましては改めてお詫び申し上げます」


 山本長官の感謝の言葉に、逆に聖子は申し訳なさげに頭を下げる。

 もちろん、演技だ。


 「何をおっしゃいます。我々はそこまで望んでおりませんし、むしろ感謝しております。なにしろ二十機あまりの旧式戦闘機が三十機近い敵の艦上機を撃破したのですから。これは破格の大戦果です。改めてお礼を言わせていただきたい」


 それと、と言って山本長官は少し声をひそめて話を続ける。


 「実は先日、どこで聞いたのか、私のところに陸軍参謀本部作戦課の参謀が来て、巫女が三人もいるのだから、そのうちの一人を陸軍に寄越せと言ってきた者がおるのです」


 山本長官の言葉で三人娘はピンと来る。

 なぜ突然、自分達に特務中尉という階級が与えられたのか。

 山本長官は自分たちが陸軍に横取りされることを嫌ったのだろう。

 つまり特務中尉の階級は、巫女の三人はすでに海軍が先約済みだということを陸軍にアピールするためのものだ。

 時局もわきまえずに皇軍同士で何をやっているんだか・・・・・・


 「私たちは三人で一人前のひよっこの巫女です。一人でも欠けたらその力を発揮することができません」


 瞬時に聖子が立て板に水のごとく口から出任せを吐く。


 「そうなのですか?

 いずれにせよ海軍はあなた方三人を離れ離れにさせるつもりはありません。それにあなた方は今では海軍の士官です。陸軍も下手な手出しはしないでしょう。まあ、それでもいちおうは気をつけておいてください」


 その話題はそれで打ち切りとなり、その後も山本長官と三人娘の話は遅くまで続いた。

 翌日朝、海軍が仕立てた連絡機で三人娘は帰京した。

 事件は、その数日後に起こった。

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