第8話 襲われた巫女
「聖子ちゃん、起きて」
久しぶりに美少年をハメ(られ)倒すエロい夢を見て幸せの絶頂だった聖子は杏の声で現実世界へと叩き落される。
杏のそばには厳しい表情の美津子の姿もあった。
「なに?」
思わず不機嫌な声が出てしまったが、聖子の頭脳は急速に覚醒していく。
二人の様子から、ただ事ではないことがすぐに分かった。
「囲まれてる」
杏の言葉で聖子はすべてを理解する。
「警備の人は?」
「教えた。いま電話で応援を呼んでもらっているところ」
聖子はベッドから飛び降り上着をはおる。
寝る前にイロイロとやったので、パンツははいていなかったが気にしてはいられない。
帝都はまだ冬。
だが、下半身に寒さを感じている余裕はない。
「現状は? 相手の数は分かる?」
「まだ庭にいる。建物には入っていない。人数は分からない。でもそんなに多くない」
聖子の問いかけに杏は必要な情報だけを端的に答える。
のんびりしているようで、意外に杏の状況適応力は高い。
「よく気づいたわね。野生の勘?」
「違うよ。なんだかいつもと違う異様な気配を感じただけだよ」
それを野生の勘と言うのよ、と突っ込みを入れたい衝動を抑え聖子は善後策に知恵をめぐらせる。
本当なら相手をとっつかまえてその正体を確認したいところだが、警備兵がたったの一人ではそうもいくまい。
ならば、まずは身を守ることが最優先だ。
派手にいくか。
騒ぎを起こせば周囲の住民も気づくはず。
「美津子。銃は?」
「持ってますわ。予備のマガジンも」
美津子の手には自動式拳銃が握られている。
ワルサーP38。
腰にはホルスターと予備弾倉。
大富豪のもとに生まれた美津子は小さい頃から家族とグアム旅行に行くたびに某所で拳銃や機関銃を撃ちまくっていたらしい。
その美津子は、世の中なにかと物騒だから、銃器の扱いは乙女のたしなみと言ってはばからない。
そのうえ、自衛隊や警察の手練れたちを差し置いて五輪代表候補にもなっているほどだから、その腕前は本物だ。
杏に言わせれば、鉄砲をやたらと撃ちたがる女子大生の方がよっぽど物騒なのだそうだが、これには聖子も全面的に同意する。
それと以前、杏も聖子も彼女たちの身を案じる山本長官から護身用の銃が必要かどうか尋ねられたことがあった。
しかし、ふたりとも二つ返事で辞退している。
まあ、それが普通の女子大生の反応だろう。
だが、美津子は違った。
可能であれば、と遠慮がちに銃の型式まで指定して山本長官におねだりしたのだ。
山本長官もどこでどうやって調達したのか、真新しいワルサーP38を用意してくれた。
そして、その銃を手になじませるのと射撃訓練を兼ねて美津子は海軍の射撃訓練施設へと何度も出向いていった。
そこで銃のくせをつかんだ美津子は、その後、脅威的な命中率で的を撃ち抜き、黒髪巨乳に手取り足取り指導してあげようと楽しみにしていた指導教官の願いを無残にも撃ち砕いたのだった。
「あっ、分かった。相手は五人だよ」
まだ、建物に侵入もしていない相手の数をどうやって分かったんだと突っ込みたい衝動を聖子は抑え込む。
「警備さんの制圧に二人、残り三人が私たち三人を拉致るって計算ね」
「玄関のカギ穴をこじ開けようとする音がする。もうすぐ玄関から入って来るよ」
だから、何でそんな音まで聞こえるんだと聖子が杏に突っ込みを入れようとした刹那、美津子が音もなく階段を駆け下り、警備兵に耳打ちする。
そのとき聖子は気づく。
あの折り目正しいお嬢様の美津子が、しかも真冬の氷点下の中でスリッパもはかずに裸足であることに。
だから、まったく音もなく警備兵のそばまで行くことができたのだ。
彼女は冷静だ。
そして豪胆だ。
一階に照明は灯っていない。
杏の連絡を受けた警備兵が気を利かせて消したのだろう。
警備兵と美津子が何をしようとしているのか杏と聖子には分からない。
聖子は最初は派手に騒ぎ立てて身を守ることを優先しようと考えていたが、こうなってしまうとどうしようもない。
ただ、美津子を信じるのみだ。
ドアが静かに開き、二人の男が足音もなく侵入してくる。
その途端、照明が灯り銃声が二度こだました。
次の瞬間、ナイフを手にした二人の男が床を転げ回っていた。
美津子はさらにドアに向けて二発、三発と叩き込む。
こうなってくると近所の住民も何事かと目を覚ますはずだ。
実際、周囲が騒然としはじめたのが分かる。
だが、それでも美津子と警備兵は銃を構え周囲を油断なく伺っている。
気を抜いた一瞬が危ないことを二人とも理解しているのだ。
そのころには杏と聖子も一階に降り、美津子とともに周囲を見張る。
その間に警備兵は一撃の元に手負いとなった侵入者の意識を刈り取っていく。
さすがは軍人だった。
人の壊し方をよく心得ている。
警備兵は杏と聖子に気絶している侵入者をロープで縛るよう依頼するとともに、美津子とともに引き続き周囲を警戒している。
杏と聖子は白目を向いている侵入者をロープで縛りながら場違いなガールズトークを始める。
「すごいね美津子ちゃん。ふつう人に当てるのだって難しいのに、それを二発とも狙った相手の足に当てるなんて」
「二発とも美津子が撃ったの?」
「うん。美津子ちゃんが警備のおじさんに耳打ちしたのって、たぶん自分が撃つからおじさんは撃たないでっていうことだったと思う」
「どうして?」
「おじさんが撃ったら殺しちゃうかもしれないから。聖子ちゃんだって嫌でしょう? 人が撃ち殺された家に住むなんて」
「何その余裕? 信じられない」
「そうだよ。だから余裕のある人を、お金持ちを怒らせちゃだめなんだよ」
杏とおしゃべりしながらも聖子は手を動かしながら別の事に思いをはせている。
今、自分が縛っているこの男は何者なのか。
連合国の間諜?
いや、違う。
ジョンブルやコミーの間諜ならまずこんなへまはやらない。
それに倒れた味方がいたら必ずとどめを刺してから撤退するはずだ。
それが秘密を守る最高の術であり、倒れた味方へのせめてもの慈悲だ。
欧州でのスパイやパルチザンへの尋問や拷問は過酷を極めるという。
それを知る連中が倒れた味方を殺さずに放り出して撤退するはずなどなかった。
ならば、と嫌な考えが頭をよぎる。
先日の山本長官との会見で出ていた自分らを欲しがる者たちの存在。
もし、そうだったとしたら。
同じ日本人同士のはずなのに・・・・・・
そう思いながらも手は勝手に動き、犯人を縛りあげていく。
「聖子ちゃん・・・・・・」
杏が目をまん丸にしてこちらを見ている。
杏の様子に気づいた美津子もこちらに来て絶句している。
そこには聖子によってすごくマニアックな縛り方をされた哀れな侵入者が転がっていた。
「しまった!」
よそ見をしながらでも、おしゃべりをしながらでも縛れるという熟練と余裕が生み出したとんでもない失策だった。
一瞬で顔が真っ赤になった聖子が慌てて侵入者を縛り直そうとした時にはすでに遅かった。
急を聞きつけた海軍の兵士が次々に屋敷に入ってきたからだ。
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