史上最大の決戦
第32話 航空管制
ミッドウェーでの戦闘は、終始日本側優勢で推移していた。
米軍にとって誤算だったのは、日本艦隊の空母とその艦上機に対する戦力を低く見積もりすぎていたことだ。
日本の機動部隊は空母が五隻でその搭載機数は二五〇機から二七〇機程度だとみていたのだが、実際には空母が七隻でその搭載機数も想定していたものよりもかなり多かった。
ミッドウェー基地上空では第一次攻撃隊の九九艦爆と九七艦攻の護衛の任にあたっていた零戦三六機が迎撃してきたF4Fワイルドキャット一八機、それにF2Aバッファロー二〇機と激突した。
ほぼ同数の戦いは機体性能と搭乗員の技量で上回る零戦隊が米戦闘機隊を圧倒した。
一方の九九艦爆と九七艦攻は飛行場の付帯施設には目もくれず滑走路に攻撃を集中、同飛行場の滑走路は一両日は使用不能になるほどの被害を受けた。
第二次攻撃隊は米機動部隊を攻撃、三九機からなる零戦隊は米艦隊上空を守っていた三六機のF4Fと交戦、F4Fから九九艦爆と九七艦攻を完全に守り切った。
三六機の九九艦爆は輪形陣の外周を形成する駆逐艦を攻撃、小隊ごとに攻撃したそれは九隻の駆逐艦に二五番の直撃を食らわせ、そのうち直撃弾による破壊と至近弾による破孔から生じた浸水が原因で一隻がすでに波間に没しかかっていた。
九九艦爆によってほころびが生じた輪形陣のすき間から敵空母へと肉薄した九七艦攻は、「赤城」隊の一八機が「ワスプ」を、「加賀」隊の一八機が「サラトガ」を狙い、「ワスプ」に魚雷四本、「サラトガ」に魚雷五本を命中させ、両艦ともに大傾斜を起こし洋上停止していた。
一方の一航艦はミッドウェー基地から発進したと思われる米機の波状攻撃を受けたものの、一〇八機の零戦からなる防衛網を突破できたものはなく、いまだ全艦が無傷だった。
そこへ約一〇〇機の編隊が東から一航艦に向けて迫ってくるのを「大和」の電探が捉えた。
電探の表示を手早く読み取った操作員がさらさらと書いた紙片をそばで詰めていた聖子が受けとる。
マイクのスイッチオン。
「上空の戦闘機隊へ。こちらは『大和』の巫女です。
敵の機動部隊から発進したと思われる大編隊が艦隊進路正面の方角からこちらに迫ってきています。
全機上昇して高度を稼ぎつつ、繰り返し攻撃ができるよう可能な限り遠方から迎撃戦闘を開始してください。
銃弾の尽きた機は最寄りの空母に着艦、補充を受けてください。緊急時です、所属空母にこだわる必要はありません」
そして、一呼吸置く。
言葉に最大の感情を込める。
「日本の未来はこの戦いにかかっています。戦闘機隊のみなさんの健闘に期待します。
どうかみなさん、ご無事で!」
巫女からの指示を受けた一〇〇機近い零戦はまったく無駄のない機動で上昇を続けていく。
零戦の搭乗員らは飛行隊長から事前に話は聞いていた。
うまく行けば巫女様のお声を聞くことが出来るかもしれないと。
飛行隊長からその話を聞いたとき、搭乗員らは最初、それはミッドウェー島や敵機動部隊攻撃への参加がかなわず、艦隊上空直掩任務にあたらざるをえない一部のふてくされた戦闘機搭乗員をなだめるための方便だと思っていた。
しかし、実際のところその話は本当だった。
今その巫女の声が耳に飛び込んできている。
勇気と安心を与えてくれる、凛とした涼やかな声。
夜ごと聖子の例の声に悩まされ続けている杏が聞いたら爆笑しそうな、だがしかし感激に打ち震える零戦の搭乗員らは上昇を続ける。
今回、巫女が一航艦にいるという噂はあった。
だが、その姿を見た者はほとんどおらず、そもそも娘が、それも巫女様が危険極まりない戦場に出張ってくることなど有り得ないと誰もが思っていた。
だが、巫女様は危険を顧みず、自分たちと共にあった。
零戦の搭乗員の誰もが奮い立った。
やがてゴマ粒のような敵機が視界に入ってくる。
零戦の搭乗員らは裂帛の気合を込めて敵機に立ち向かう。
一機たりとも艦隊には、巫女様には近づけさせないとの決意を込めて。
「聞いていたよ。上手なものだね」
「大和」艦橋の自分の元に戻ってきた聖子に山本連合艦隊司令長官は笑いながら声をかける。
曖昧に微笑を浮かべ、それを返事とした聖子に山本長官は言葉を継ぐ。
「戦争前にあなたにご教示いただいた航空管制もこの戦いでやっと具現化することができました。電探と航空無線を組み合わせることがこれほど効果的だったとは。それに、零戦のアース取り付けの工夫による無線機の雑音低減も貴女から教えていただいたものです。改めて礼を言わせていただきたい」
微笑を浮かべた聖子は小さく首を振りつつ謙虚なポーズを取り繕う。
「技術者をはじめとした皆さまの努力の賜物です。私はヒントをお伝えしたに過ぎません」
山本長官にそう答えながらも聖子は頭の中で計算している。
一〇〇機の敵攻撃隊が同じく一〇〇機の零戦の防衛網を突破することはほぼ不可能だろう。
何機かは撃ち漏らすかも知れないが、少数機での攻撃など効果はしれているし、少ない分だけこちらは一機ごとに火箭を集中することが出来る。
問題は友軍の攻撃隊だった。
ミッドウェー基地の攻撃から戻ってきた第一次攻撃隊はその多くが大なり小なり被弾しており、即時再使用が可能な機体はさほど多くない。
敵機動部隊を攻撃に向かった第二次攻撃隊はさらに被害が大きいだろう。
たぶん、第三次攻撃隊を編成しても少数機の攻撃となり、被害ばかり大きくて戦果は挙がらないのではないか。
だとすると、やっぱり・・・・・・
「どう考えますか」
山本長官が端的な言葉を聖子に向けてくる。
今後についての事だろう。
単身乗り込んできた山本長官にとって、参謀と呼べる者は自分しかいないという自覚は聖子にはあった。
「本日中の航空機による攻撃は控えるべきでしょう。被弾損傷した機体があまりにも多すぎます。少数機による攻撃を仕掛けても被害ばかり多くて効果は望めません」
「ならば水上艦艇による砲雷撃戦となりますな。各部隊から高速戦艦と重巡、それに一個駆逐隊をつけて追撃させますか」
「高速戦艦や重巡はともかく、駆逐艦は全速力で追撃すればたちまち重油を使い果たしてしまうでしょう。ですから二五ノットで追撃しましょう。これなら『大和』もついていけます。それに敵艦隊は損傷艦も多いでしょうから、さほど速力は上げられないはずです」
「高速戦艦が四杯もあるのに、さらに『大和』も追撃に加わると?」
「『金剛』型戦艦で米軍の新鋭戦艦に対抗するのは、たとえ倍の数があったとしてもさすがに苦しいでしょう。新鋭戦艦には新鋭戦艦をあてるべきです」
「危険ですが構わないのですね」
「もとより、覚悟の上です。それに『大和』は戦艦であってホテルシップではないのでしょう?」
聖子の挑発的な言葉に艦橋内の「大和」乗組員が苦笑を浮かべるなか、山本長官は大きくうなずく。
「ならば行きますか」
聖子もうなずき「『大和』発進!」と号令をかける。
一度言ってみたかったんだ、これ。
聖子の言葉に山本長官が苦笑を浮かべ、改めて正式な命令を発する。
その十数分後、「大和」が加速を開始する。
まだ、敵艦隊との接触までには間があった。
聖子は山本長官にあいさつして「大和」艦橋から自室に戻った。
そこで実戦経験や航空管制で興奮した心を、ほてった体を冷やす必要があった。
聖子は自室に戻ると例のものを手にとった。
いつも以上に声が大きくならないように気を遣った。
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