第33話 太平洋艦隊壊滅

 甲、乙、丙の各部隊から抽出された水上打撃部隊は、海戦二日目の午前中にハワイ方面へ向けて撤退する米残存艦隊を捕捉した。

 そして、午後には甲部隊と乙部隊は米艦隊の左斜め前方、丙部隊は右斜め前方に、それぞれ二万五千メートルの距離を置いて並進していた。



 甲部隊

 戦艦「霧島」「榛名」

 重巡「利根」「筑摩」「妙高」「羽黒」

 駆逐艦「風雲」「夕雲」「巻雲」「秋雲」


 乙部隊

 戦艦「比叡」「金剛」

 重巡「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」

 駆逐艦「雪風」「時津風」「天津風」「初風」


 丙部隊

 戦艦「大和」

 重巡「愛宕」「鳥海」「高雄」「摩耶」

 駆逐艦「五月雨」「春雨」「村雨」「夕立」



 米艦隊は中央に巡洋艦が六隻、さらにその後方に二隻の戦艦が続き、その両側にはそれぞれ六隻の駆逐艦が展開していた。

 一六隻あった駆逐艦のうち、昨日のうちに撃沈したのは一隻だけだったので、姿の見えない三隻は航行不能になるか、あるいは速度が上がらないため撃沈処分されたのだろう。


 「そろそろ時間です」


 ストップウオッチを手にしている下士官が「大和」艦長に告げる。

 いつもなら日に焼けるからと言って窓際には近づこうとしない聖子も、今は艦橋の左舷側の窓から借り物の双眼鏡をのぞき込んでいる。

 水上打撃部隊は米艦隊に対して現在のポジションにつくと同時に酸素魚雷を発射していた。

 重巡から七六本、駆逐艦から九六本の計一七二本が米艦の下腹を食い破るべく海中を突き進む。

 敵はただ定速で直進するだけの標的。

 誰もが多数の命中を期待していたが、しかしその結果は芳しいものではなかった。


 「たったの三本か」


 山本連合艦隊司令長官は遠距離雷撃の命中率の低さに愕然とした。

 一七二本もの魚雷を放って命中したのはたったの三本。

 二パーセントに満たない惨憺たる命中率だ。

 水雷畑の一航艦司令長官の南雲中将がいたらあまりのショックに卒倒していたかもしれない。

 確かに距離二万五千メートルからの雷撃というのは、常識的に考えればありえない距離だ。

 しかし、雷速を落とせば四万メートル先まで届く酸素魚雷にとっては十分有効射程距離内でもある。

 それに、敵艦隊は高速転舵を繰り返していたわけではなく、損傷艦が出せる速度に合わせて直進していたにすぎない。

 未来位置の計算などたやすかったはずだ。


 そう考える山本長官の耳に、「友軍機、突撃を開始しました」という見張りの声が飛び込んでくる。

 昨日の第一次攻撃隊ならびに第二次攻撃隊の中から再使用が可能な機体で編成された第三次攻撃隊が水上打撃部隊の魚雷攻撃に呼応して攻撃を開始したのだ。

 山本長官の元には攻撃参加機は九九艦爆が一九機、九七艦攻が二一機だという連絡がすでに届いている。

 どちらも定数の三割に満たない兵力だ。

 それゆえ、攻撃目標は対空火力の大きい戦艦は避け、他艦の支援を受けにくい外側に位置するものを狙うように命令されている。

 そして、艦上機による航空攻撃が終わると同時に次発装填装置によって魚雷を再装填した駆逐艦が放った九六本の魚雷が混乱する米艦隊に殺到した。

 命中したのはわずかに二本だけ。

 だがしかし・・・・・・






 米艦隊は白旗を掲げてすでに停船していた。

 潜水艦のものと思われる最初の魚雷攻撃で巡洋艦一隻が大破、駆逐艦二隻が撃沈された。

 さらに日本の艦上機の攻撃で駆逐艦一隻が沈み、巡洋艦一隻と駆逐艦三隻が大破した。

 そして二度目の魚雷攻撃によって巡洋艦二隻を航行不能に陥れられた。

 無傷なのは戦艦二隻と巡洋艦二隻、それに駆逐艦が四隻のみだった。

 わずかこれだけの戦力で戦艦五隻を含む三〇隻近い日本艦隊の囲みを破って脱出するなどどう考えても不可能だ。

 頭上は敵艦載機によって抑えられ、足元の潜水艦はいまだに探知すら出来ていない。

 戦える道理がなかった。


 それに士気も最低だった。

 帝都に奇襲を仕掛けた機動部隊が日本艦隊の待ち伏せを受けて壊滅したのはまだ記憶に新しい。

 あの時は、実行を命じた大統領になぜ「十死零生」の命令を出したのかと国民からの非難が殺到した。

 だから、将兵たちは考える。

 今回も同じだったのではないか、と。

 艦艇の数では劣勢でも、航空機の数はこちらが有利。

 戦前にはそう教えられてきたが、ふたをあけてみたら日本機の方が数も質も圧倒的に上だった。

 大統領の面子をかけただけの勝ち目のない戦いに自分たちは放り込まれたのだ。

 嘘の情報を与えられて。

 自分たちは「戦え」という命令なら喜んで従う。

 だが、実質的に「死ね」という命令には従えない。

 空母「サラトガ」と運命を共にした第一八任務部隊司令官の後を引き継いで指揮を執る次席指揮官は将兵たちの心情を敏感に感じ取り、これ以上の抗戦は士気の面からも無理だと判断、被害が大きくならないうちに降伏することを決断したのだった。

 それと、不謹慎にもひょっとしたら自分たちも巫女のコンサートが見られるんじゃないかという思いが一瞬脳裏をよぎったことは必ず墓場まで持っていこうと決意する次席指揮官であった。






 「あれ?」


 あまりにもあっけなく降伏してしまった米艦隊を見て聖子は少し間の抜けた声を上げた。

 拍子抜けもいいところだ。

 となりの山本長官も少しばかりあきれた表情だ。

 「大和」の実力を発揮、戦果を挙げて「大和ホテル」という汚名を返上できる機会を得たと喜んでいた艦長以下の「大和」乗組員は憮然とした様子を隠そうともしない。

 最新鋭戦艦がまだ二隻も残っているのに降伏するなど、「大和」乗組員らには理解できなかった。

 仮に逆の立場で、「大和」と「武蔵」が敵艦隊に包囲されていたとしても、自分たちは最後まで戦うだろう。

 米軍の戦艦乗りは臆病者だ。


 「大和」乗組員の米艦隊に向ける侮蔑の表情の意味を読み取った聖子は、しかし一方で米軍の指揮官が下した判断は妥当なものだと思っている。

 圧倒的に優勢な敵艦隊の迎撃網を突破しようとした史実の戦艦「山城」と「扶桑」がどうなったかを考えてみればいい。

 合理的思考を理解できない連中は放っておいて、聖子は気持ちを切り替えて戦後処理の事に頭をめぐらせる。

 まあ、最初から決めてはいるのだが。

 杏と美津子はきちんと言いつけを守って準備を進めているだろうか?

 かなりハードというか、ハードルの高い仕事を押し付けてしまったのだが・・・・・・






 そのころ、杏と美津子は聖子に指示された「薄い本」の仕上げに取り掛かっていた。

 いつもは喜々として漫画を描く杏のはずなのに、その「薄い本」を描いている今はまったく違う。

 ただ無表情に筆を走らせているだけだ。

 美津子も絵を見るたびに襲いかかってくる頭痛やめまいと戦いながらベタ塗りをしている。


 「杏さん、これもBLというジャンルのものなのですか」


 眉間をおさえながら問いかけてくる美津子に杏は苦衷の混じった声で答える。


 「違う! 断じて違う! こんなのはBLじゃない!

 聖子ちゃん、えげつなさ過ぎるよ。私は絵を描くのが嫌いになりそうだよ」


 杏が悲鳴をあげているちょうど同じ頃、肩の荷を降ろした聖子は自室にこもってソロ活動に専念していた。

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