蛇足その四
私こと聖子にとって本命の「マル三計画」だ。
予算総額は前回の「マル二計画」の二倍以上という大判振る舞い。
だが、相も変わらず航空予算は建艦予算の一割にも満たない額だ。
「翔鶴」型空母一隻の建造費より少ないのだから、お話にもならない。
ここは前回と同様、役に立たない艦艇を削りまくって浮いた金を航空予算に回すことにしよう。
なんと言ってもその筆頭は「大和」型戦艦だ。
予算ベースで一億円、実際には一億四千万円もしたそれは、戦時においてはほとんど役に立たなかった。
むしろ、その維持のために多くの予算と資材、それに優秀な人材を浪費したにすぎない。
私に言わせれば穀潰し戦艦だ。
だから、「大和」と「武蔵」は容赦なくキャンセルだ。
これだけで二億円以上が余裕で浮く。
次の大物は「翔鶴」型空母だが、これはさすがに削るわけにはいかない。
となると、次は敷設艦として予算計上され、実際は水上機母艦となった「日進」だ。
この艦は戦時中、輸送任務でそれなりに役には立ったが、それでも巡洋艦に匹敵する予算を費やしてまで造らなければならない艦だとも思えない。
だからこいつもキャンセルだ。
意外にも「マル三計画」には巡洋艦の建造計画は無い。
だから「日進」の次に目ぼしいものといえば駆逐艦や潜水艦といったあたりだ。
この計画で大量に予算が計上されているのは「陽炎」型駆逐艦だ。
魚雷戦に特化したがゆえに対空、対潜能力ともにお粗末なこの駆逐艦は、本音を言えば建造したくはない。
しかし、開戦後に駆逐艦需要が逼迫するのは目に見えている。
仕方が無いのでここは史実通り一五隻を造ることにする。
それと、潜水艦も満額回答にしておこう。
戦争になれば、なかなか丁寧に造るのが難しい艦だからね。
掃海艇、それに駆潜艇といった護衛艦隊も削らずにおく。
高価な「大和」型戦艦よりよほど役に立つ。
ここで問題になるのは「大和」型戦艦や「日進」の建造中止で捻出した予算の使い道だ。
「翔鶴」型空母を二隻追加するか、それともまるまる航空予算に積み増すかで悩むところだ。
ところで少し話はそれるが、私は「翔鶴」型についてはあまりいい印象を持っていない。
まず飛行甲板が嫌いだ。
艦の全長よりも一五メートルも短く、しかも先細り。
そのうえ艦橋が飛行甲板に食いこんでいるから艦上機の発艦の邪魔になることおびただしい。
要はトップヘビーを嫌い、横風圧面積の増大を嫌い、そのしわ寄せを搭乗員や発着機部員に平気で押し付けるかのような造艦屋の責任逃れと事なかれ主義の集大成のように思える飛行甲板なのだ。
艦の上部構造物も問題がある。
爆弾を食らったとき、その爆風を舷側に逃がして飛行甲板を守るというアイデアは否定しないが、それも実際は予定通りに機能せず、強度不足の飛行甲板が波打ってしまうという結果に終わっただけだった。
船体も最悪だ。
ちょっと海が時化ただけで大型艦とは思えない盛大な揺れを惹起するその船体設計は間違えないようのない失敗作だ。
一方で、「翔鶴」型はどうでもいい細部にこだわり過ぎ、その結果いたずらに工数を増やして建造期間とコストの増大を招いた。
だから私は、この艦のことを「艦隊型空母の理想」とか「これまでの日本空母の集大成」と言った褒め言葉を使う連中を心底尊敬する。
私は「翔鶴」型空母にそんな気持ちを抱けるほど優しくはないからだ。
実際、最新鋭空母だったのにもかかわらず、当時の第一航空艦隊司令部から旗艦にすることを拒否され、開戦時も同艦隊の旗艦が古い「赤城」だったことからも「翔鶴」型のダメっぷりが分かろうかというものだ。
その「翔鶴」と「瑞鶴」は実に興味深い姉妹だ。
常に矢面に立ち続け、何度も傷つきながらも最後まで戦い続けた「翔鶴」よりも、時にその「翔鶴」の背中に隠れるようにして難を逃れ続けた「瑞鶴」のほうが幸運艦として人気が高いというのだから。
正直者が馬鹿を見る人間社会の縮図のようだ。
そんなことを考えていたら、「翔鶴」型を建造するのがなんだか嫌になってきた。
それでもやっぱり四隻造っておこう。
開戦に間に合うように空母が建造できるのはこの「マル三計画」までだ。
それに航空隊予算も七割近く増やせるのだから、これでよしとしよう。
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