第9話 聖女ぶるエロ巫女
黒幕まではあっけないほどに簡単にたどりつけた。
裏で糸を引いていたのは参謀本部作戦課の某参謀だった。
五人だと思っていた実行犯は、実際のところ自動車の運転手を含めると七人になることが分かった。
やはり、聖子ら三人を拉致する計画だったのだ。
捕らえられた二人の男の自供から血判状が見つかった。
血判状には、男たちにもしものことがあった場合、残された家族はその参謀が責任を持って面倒をみるとしていた。
おそらく警備の者の反撃にあって命を落とした場合のことを想定してのものだろう。
その巫女襲撃事件の容疑者二人の尋問は過酷を極めたらしい。
美津子に撃ち抜かれた足のケガなど完全に無視されていたという。
自白剤が使われたという噂さえあった。
捕まった二人は陸軍の退役軍人だった。
山本長官はこの事件を聞くやいなや、戦時中にもかかわらず呉からすっ飛んできた。
三人娘に手を出されたことに怒り心頭の山本長官はただちに陸軍参謀本部作戦課に乗り込み、そこで大立ち回りを演じたという。
聖子はその顛末を聞いたとき、件の作戦課参謀の底の浅さとともに防諜意識に対するレベルの低さに心底あきれてしまった。
まず、実行犯に血判状という決定的な物証を、それも全員に渡していたということが信じられなかった。
おそらく、某参謀は失敗することなど微塵も考えていなかったのだろう。
準備は周到にしていたはずだ。
それに、屋敷に住むのが娘三人で夜の警備は一人だけというのも分かっていたはず。
そうであるならば、五人の元軍人を送り込めば何の問題もないと考えたのだろう。
ふつうであれば投入戦力に不足はなかったかもしれない。
だが、娘たちが普通ではなかった。
人間レーダーと言ってもいい野生児の杏、発砲狂のガンガール美津子。
戦争といっしょだ。
戦場では何が起こるか分からない。
知らない罠が、思いもよらなかった新兵器が待ち受けているかもしれない。
それは聖子自身も思い知った。
おかげで大恥をかくめにあったのだから。
今思い出しても頬が熱くなる。
救援に駆け付けた隊長に、容疑者にこんな不届きな縛り方をした者は誰かと聞かれたとき、おそるおそる挙手したときのあの恥ずかしさ。
パンツをはいていないことさえ忘れていた。
そのあとの「このことは他言無用だ」と部下に告げる隊長の自分への思いやりがなぜかとてもつらかった。
だから聖子は、自分たちを拉致しようとしたことも許せなかったが、なにより自分に一生ものの恥をかかせるきっかけをつくった某参謀が許せなかった。
そして、その怒りの矛先は継戦派全員へと広がっていく。
それはもう、八つ当たりと言ってよかった。
その巫女襲撃事件から少し後のこと。
「巫女を襲ったのは継戦派の大物で、平和を願う気持ちから連合国との講和に前向きな巫女たちを手籠めにして言うことをきかせるために彼女らを拉致しようとした」
「美しい巫女に欲情し、自分の愛人にしようと参謀本部作戦課の某参謀が元部下を使って誘拐を企てたらしい」
そういった噂が帝国陸海軍だけでなく庶民の間にも広がっていた。
聖子の提案を受けた山本長官が、信頼できる諜報部門の部下に命じて興信所などを使って噂を広めたのだ。
聖子によれば、巫女襲撃事件を利用して継戦派の極悪っぷりをでっちあげて世間に周知し、そのことで継戦派の動きに掣肘を加えるのだという。
さらにそのことで継戦派のイメージダウンも期待できるから一石二鳥だということだった。
だがしかし、聖子はすでに知っていたのだ。
日本人がこの手のゴシップが大好物だということを。
それに、男の中には聖なるものが汚されることに喜びや興奮を覚える者が少なくないことも。
AVのタイトルを見ればいい。
シスターやナース、それに巫女や女教師といった聖職者らを扱ったものがどれだけ溢れていることか。
そのタイトル数は両手では全然足りないだろう。
ショタやユリ、それにボーイズまであらゆるジャンルを極めた全天候型エロ娘の聖子だからこそできた分析だった。
それに美津子や杏には黙っているが、聖子だってさんざんに無垢な少年たちにアレコレしてきた身だ。
だから、バカな男どもの欲望はある程度なら理解できた。
一方の山本長官は、この件で聖子が珍しく感情をあらわに継戦派に対して敵愾心を燃やしていることから、あの事件の夜に何かあったのかと少しばかり心配になった。
ただ、本当のところは何も知らないし聞いてもまずいと思ったので黙っている。
ただ、思わず聖子が侵入者にあんなことやこんなことをされているのを想像してしまったことは必ず墓まで持っていこうと思った。
事件当日の隊長の「他言無用」のかん口令はしっかり守られているようだった。
そして数日後、聖子が真に狙っていた事態が起こった。
参謀本部作戦課の某参謀が三人娘を拉致しようとした事件が、そしてその噂がついにお上の耳にも入ったのだ。
お上からの呼び出しを受けた杏と美津子、それに聖子ら三人は皇居へ向かった。
お上はまず軍の最高責任者として陸軍がしでかした不始末を三人娘に詫びた。
それに対し、三人を代表して聖子が謝罪は無用ですとお上に告げる。
「幸い海軍の方が助けに来てくださったおかげで、私たちは今も巫女と名乗ることができるのですから、あまりお気になさらないでください」
実際には無かったはずの貞操の危機が、あたかもあったかのように思わせる発言を聖子は震えるような声で話す。
もちろん、演技だ。
その聖子のその言葉を聞いた杏と美津子は思う。
「お前はとっくに巫女を名乗る資格なんてないだろう!」
聖子の過去の悪行を、杏と美津子は本当なら声を大にして訴えたいところだったが、場所が場所なだけにそれはできなかった。
一方の聖子の方は紛らわしい言い方をしているが、別に嘘は言っていない。
そして聖子は気づく。
あっ、お上表情には出ていないけど、怒っている。
聖子はしめしめと思いつつ言葉を続ける。
「それに、このような事があったからと言って、私たちの平和を祈る気持ちと戦争が早く終わるように願う気持ちは変わることはありません」
続けて、聖子は犯人たちを完全にエロ認定されるように話をもっていく。
「もし彼らが自身の欲望を私たちにぶつけることによって平和を、戦争終結を願ってくださるというのでしたら、私たちは喜んで彼らの欲望のはけ口となってこの身を捧げましょう。
戦争が無くなり日本が、そして世界が平和になるというのでしたら、この身が汚されようと焼かれようと本望です」
聖子の平和への覚悟と献身、そして犯人の卑劣さを知った(勘違いさせられた)お上は改めて三人娘に詫びるとともに、侍従に対してすぐに陸軍参謀総長を呼びつけるように命じた。
その日、三人娘が皇居を出るときにもらったおみやげはいつもよりめちゃくちゃ多かった。
そして、三人娘と入れ違いで、参謀総長がやつれ果てた様子で皇居から出てくる姿もみられた。
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