第41話 永遠の巫女
戦艦「長門」は真珠湾に停泊していた。
あの真珠湾攻撃から一年と経っていない。
この太平洋戦争が始まった場所で連合国の代表とドイツを除く枢軸国の代表が集い、平和へ向けての話し合いが行われるのはなにやら因縁めいたものを感じざるを得ない。
巫女たちも日本の平和の使者として山本連合艦隊司令長官とともに、ここ真珠湾にきていた。
講和会議に直接関係の無い山本長官がわざわざ真珠湾くんだりまで来ることもなかったのだが、三人娘と長旅ができるチャンスをみすみす逃すような山本長官ではなかった。
その巫女たちは各国代表団の中でも注目の的であり、群を抜いた人気者でもあった。
ただでさえ美女だというのに、さらに周りは腹に一物を抱えたおっさんばかりだ。
絵にかいたような掃き溜めに鶴の状態だった。
誰もが握手を求め、少しでも長くトークを続けようとやっきになった。
肩や腰に手を回してきた者も一人や二人ではなかった。
三人娘は胸中で「クソおやじ!」と毒を吐きつつ、これも平和のためと、おやじどものセクハラを笑顔で我慢し続けた。
一番ひどかったのはイタリアの統領だった。
彼は夢にまで見た美津子の姿を見るやいなや、駆け寄ってハグという名の欲望むき出しの抱き付き行為を決行しようとした。
しかし、結局は美津子が護身術の成果を披露するだけに終わった。
統領はどこに行っても統領だった。
若干のハプニングはあったものの、各国代表同士の話し合いは無事に終わり、今は実務担当者による細部のつめが行われているはずだった。
巫女たちも、明日には平和スピーチが控えているので早々に「長門」に戻り、今は司令長官室で山本長官から「間宮」のようかんをごちそうになっていた。
「そう言えば、貴女方と初めて出会ったのはこの『長門』の司令長官室でしたな。出会ってからまだ一年も経っていないというのに、ずいぶんと昔のような気がします」
しみじみといった風情で山本長官が語る。
「私たちもそうです。ここまで無事で、しかも濃密な時間をすごさせていただけたのはひとえに長官のおかげです。あらためてお礼申しあげます」
そう言って聖子は深々と頭を下げた。
「何か、別れのあいさつのようですな。あの時、私の目の前に突然現れたのとは逆で、今度は突然居なくなったりするようなことはしないでくださいよ」
いつになく殊勝な彼女の態度にびっくりした山本長官は苦笑を浮かべる。
三人娘は山本長官の言葉に胸中でニヤリとする。
「フラグ、キターッ!」
三人娘が胸中で快哉を叫ぶのと同時に周囲が膨大な光に包まれた。
予想した通りだった。
真珠湾まで居住性の高い「大和」で行こうと提案する山本長官に対し、聖子はこう言った。
「今はまだ知名度の低い『大和』よりもかつてのビッグセブンの『長門』で出向いた方が先方もこちらの本気具合を分かってくれます。それに『大和』は依然として日本海軍の最高機密です」
そう言って「長門」で真珠湾に来るように仕向けたのだ。
「長門」と山本長官、そしてその彼の精神状態こそが何らかのキーになっているのではないか。
自分たちが時空移転したのは山本長官がまさに日米開戦を目前に懊悩していた時だ。
そして、今は日本と連合国との間で講和が成るかというクライマックス。
悪しき精神状態と良き精神状態の違いはあれども、その昂りに変わりは無い。
それこそが、時空移転の触媒。
そう考えた聖子の推測は当たった。
この時代における聖子の最後の計画的犯行に山本長官はまんまと乗せられてしまった形だ。
結局、山本長官は最後まで三人娘に翻弄されたままだった。
膨大な光が消える。
そこにあったのは懐かしい部屋だった。
間違いない、コスプレ喫茶の控室だ。
三人娘はそれぞれ着ている服を確認する。
昭和の時代に買った絹織物ではなく、店から支給された安物の布製だ。
時計の針はあの時から進んでいない。
バイト開始時間まであと十分少々だ。
三人は店のロッカーに入れていた自身のスマホを手にし、電源を入れる。
起動時間がもどかしい。
そして、思い思いの戦史サイトにアクセスする。
三人の巫女の記述があるかどうかを確かめるために。
パリ五輪において、「女子25メートル ピストル個人(精密)」と「女子25メートル ピストル個人(速射)」で日本の女子大生が二冠、ふたつの金メダルを獲得した。
この手の競技は通常、選手は警察か自衛隊から輩出されるのが一般的で、それが女子大生というのは異例だった。
その女子大生は美女で巨乳、それに財閥のお嬢様ということでコネじゃないのか、あるいは協会の話題づくりのための客寄せパンダではないのかという声があった。
しかし、彼女はそうではないことを実力と結果で証明した。
競技の間、彼女は落ち着き払っていた。
女子大生のはずなのに、まるで戦場帰りのベテラン兵か、あるいは歴戦の猛者のような風格があった。
そのことについてテレビのインタビュアーが尋ねる。
「人の足を撃ち抜くことを思えば、動かない的に弾を当てることなんて造作もありませんし、緊張なんてまったくしませんわ」
そう言って彼女は小さく笑った。
インタビュアーは彼女が何を言っているのか分からず、言葉につまった。
夏のコミケの会場でひときわ長い行列が出来ているブースがあった。
ミリタリーをベースにBLやショタ、それに百合やロリといったものを絡めたニッチの中のニッチなネタにもかかわらず、その「薄い本」はあっという間にさばけていく。
他の作家さんの手前もあるので、儲かりすぎるからといってあまりに安い価格にするわけにもいかず、かと言ってそのあまりの売れようと利益の大きさに彼女はどうしたものかと頭を悩ませる。
彼女は主にネットを中心に活動し、そのサイトの閲覧数は業界でもトップクラスを誇る。
彼女の才能にほれ込んだ編集者は数知れず、メジャー漫画誌からのオファーは引きも切らない。
だが、生来ののんびり屋で少し天然の彼女は、一方で自分の時間とペースを大切にする。
人に急かされたり、スケジュールや時間を決められたりされるのが嫌なのだ。
だから、週刊はおろか月刊の連載さえ自信がないし、そもそもとしてやりたくない。
好きな時に好きなだけ漫画が書け、それで食べることに困らない程度の収入があれば十分だった。
あの物不足の時代を思えば、それだけで十分幸せに思えた。
その女はどこで覚えたのか大学在学中から細かい特許を次から次へと考案、その特許料収入は積もりに積もり、今や学費や生活費はおろか、小さな特許事務所を開いて、そこでバイトを雇えるほどだった。
そして、女は女子大生というブランドを維持しつつ、若手起業家としてもそこそこに有名であり、「卒業後は是非うちに」と会社の側から彼女の方へ逆訪問が相次いでいる。
だが、女は会社勤めをするつもりはなかった。
面倒臭い上司の相手などまっぴらごめんだった。
そんなことをするくらいなら、自分で何か商売をやっている方がマシだ。
だから、大学を卒業しても今の特許事務所を続けるつもりだった。
そう思っていたら、部下のバイト君がやってきた。
大学のイケメン後輩で、今日が初出勤だった。
女はさりげなくドアの鍵をロックした。
そして、ポケットの中のゴムを確認する。
問題なし、準備OK。
彼女の目がハンターのそれに変わる。
今夜も一人、無垢なイケメンが搾りつくされようとしていた。
(終)
最後までお読みいただきありがとうございました。
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