第40話 暗闘

 講和派と継戦派の暗闘はあっけないほどあっさりと終わった。

 講和派が長い時間をかけて会議を重ね戦略を練り上げ、一枚岩として組織されてきたのに対し、継戦派は声の大きい者とその取り巻きたちによる烏合の衆でしかなかったからだ。

 講和派は巫女たちのアドバイスと資金援助によって以前から継戦派の政治家や軍人、それにマスコミの上層部といった連中の身辺を洗い出していた。

 なまじ権力を持っているせいか、意外に脇が甘い者が多く、すぐに逮捕できるようなネタが次々に溜まっていった。

 そういった連中を脅し次々に黙らせていった。

 それでも言うことを聞かない者には容赦はなかった。

 講和派の人間だけでなく英国情報部やソ連のNKVD、それに米国のOSSの息のかかった人間が密かに始末に動いていた。

 継戦派の重鎮は病死や事故死、それに自殺や行方不明が相次いだ。

 欧米のスパイにとって日本国内にいることで油断しきっている継戦派の軍人らを始末するのは簡単だった。

 行動を共にした講和派の諜報員らは欧米流の暗殺手法だけでなく、その死体の見つかりにくい隠し方やさらには遺体の効率的な処分方法を目の当たりにし、その手際の良さに舌を巻いた。

 敵国の新聞や雑誌を丹念に読み解き、それを基にした情勢分析をしただけで仕事をやりとげたと思い込んでいた日本の諜報員にとって、苛烈な欧米の闇社会で生死をかけて戦う異国の諜報部員は異邦人ではなく異星人にさえ思えた。


 裏の戦いがあれば表の戦いもある。

 その最前線に立つのが巫女たちだった。

 杏は聖子から指示された三冊の「薄い本」を書き上げ、それらはすでに国内外を問わず世界中に流布している。

 一冊はドイツ総統の自著をアレンジしたもので、総統が党青少年団の美少年をつまみ食いしながら、寝物語に日本人を蔑む言葉を吐き続けるというものだった。

 実際の総統の著作から日本人を馬鹿にしたくだりをウソにならないぎりぎりまで誇張、それに対し日本国民は当然のことながら激怒し、お上もまた不快感を示した。


 別の一冊は、ホロコーストを扱ったもので、少年少女が辱められたうえにガス室に送られるというものだった。

 さすがの杏もこのストーリーと描写には筆が進まず、見かねた聖子が自らを生贄にビッチ杏を強制降臨させた。

 またもや書きたくもないものを無理やりに書かせようとする聖子に対して、杏はそんな彼女を散々になぶったことでビッチモードを完全覚醒、一気に筆を走らせ最も制作が困難な「薄い本」を完成させた。

 聖子の尊い犠牲おかげで完成には至ったものの、その彼女にしては珍しく事後に「もう、お嫁にいけない」と顔を赤くして涙ぐんでいた。

 美津子は思う。

 どんなことをすれば、あのエロ娘を赤面させたうえに涙ぐませられるというのか。

 美津子は杏に、いったい聖子に何をしたのか尋ねようと思ったが、こわいのでやっぱりやめた。

 そして、この「薄い本」は日本人だけでなく世界中を激怒させた。

 このことで日本の親独派は表立ってドイツとの共闘を叫ぶことができなくなった。

 彼らの影響力は継戦派とともに、もはや無視できるまでに小さくなった。


 最後の一冊はホロコーストに伴い、強制収容者へ送られた少女が最後まで希望を失うことなく生き続けようとした話だった。

 この物語は世界中の人々の涙を誘い、そしてドイツへの怒りをたぎらせるのに十分な内容だった。


 そのようななか、英首相が世界中に語りかける。

 もはや連合国と枢軸国でいがみあっている場合ではないと。

 今、人類がなすべきことはドイツによる民族浄化をやめさせ、虐殺されようとしている人々を救うことではないのかと。

 すでに国内の継戦派の無力化に成功していた日本が真っ先に講和へ名乗りをあげた。

 もともと英首相と日本の軍事参議官との間で講和への青写真は共有化されていたから、これは単なる出来レースとかセレモニーといったようなものだった。

 ドイツとの友誼をとるか、英国の誘いをうけるか逡巡していたイタリアの統領も、日本の態度をみてドイツと手を切ることを選んだ。

 ユダヤ人の影響力が大きい米国は是非もなかったし、ソ連もドイツが苦境に陥るのは願ったりかなったりだった。

 世界のドイツ包囲網が完成した瞬間だった。

 共通の敵をつくれば人は手を携えることが出来る。

 世界は令和の女子大生が描いたシナリオ通りに動き始めていた。

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