蛇足(不読推奨)

ショッピング艦隊

蛇足その一

 これは昭和の時代に飛ばされる少し前の話。

 金欲しさに艦オタ向けの「ショッピング艦隊」なるゲームソフトのテスターに応募した私こと聖子、それに友人の杏と美津子。

 だが、そのゲームはほんとうにどうしようもないものだった。






 「これ、ほんとうにただただ軍艦を買うだけのゲームですか?」


 目先の金欲しさに某ゲームソフトのテスターとしてアルバイトに応募した私は担当者に尋ねる。


 「ええ、基本はそうですよ。戦闘については日本も連合国も事前にプログラミングされたパラメーターに従ってノンプレイヤーキャラクターが自動的に戦います。ただ、開発予算が許せば将来的には開戦時の艦隊編成だけでもプレイヤーの方で設定できるようにはしたいですね」


 「艦隊編成って海戦ゲームの醍醐味のひとつですよ。それが出来ないなんてちょっとおかしくありませんか?」


 私の遠慮のないクレーム混じりの指摘にも担当者はただニコニコ笑っているだけだ。

 今日、私と杏、それに美津子は太平洋戦争の海戦を扱ったシミュレーションゲームのテスターとして某ゲームソフト制作会社の一室でパソコンを前に悪い意味でうなりっぱなしだった。

 ゲームソフトのタイトルは「ショッピング艦隊」。

 まず、このネーミングセンスだけでこのソフトがクソゲーだということがわかる。

 何よりそのコンセプトが、自らが編成した艦隊を率いて戦うという海戦ゲーム最大の醍醐味をスルーして、ただ決められた予算の中で実在した艦や航空機を買う(だけ)といったものだった。

 そして、それによって編成された戦力で日本海軍は米英の海軍と戦うことになるのだという。

 そうなると、例えば航空機の前に戦艦が無力だったことを知る者は「マル三計画」において建造されるはずだった二隻の「大和」型戦艦をキャンセルして「翔鶴」型空母を増産しようとするはずだ。

 つまりは後知恵ってやつで、自分が考える最適と思える艦艇建造を行い、あとはコンピューター任せで戦争の推移を見守るということだ。

 ならば誰がやっても同じような楽しみ方、同じような結果にしかならないのではないか?

 そのことを私は担当者に疑問の形で指摘する。


 「そうでもありませんよ。別のテスターの方は『マル三計画』で空母『翔鶴』と『瑞鶴』の予算を削って『大和』型戦艦を三隻も建造されました。

 ああ、それと当時、呉と長崎以外で『大和』型戦艦が建造出来る施設があったのかというツッコミは無しにしてくださいね。低予算なので割とそこらあたりのリサーチはいい加減なものですから。

 それと、件のテスターの方は『マル四計画』でも二隻の改『大和』型戦艦を計画されておられました。どうもその方は大砲好きなのか、空母や駆逐艦を減らして戦艦や重巡を充実させる傾向がありましたねえ。それでも、結構楽しんでゲームをされていましたよ」


 「それって究極の大艦巨砲バカじゃないの。役にたたない高価なクソ戦艦を五隻も建造してどうしようっていうのよ?」


 私は思う。

 空母や駆逐艦を減らして戦艦や重巡を充実させる?

 どういう思考だ?

 一度会ってお話ししてみたい。

 いや、やっぱり会いたくない。

 だが、それでもどうなったか、結果は気になる。

 担当者にそのバカの末路を尋ねる。


 「終戦が早かったですねえ。史実よりもたしか一年近く早まりましたよ。逆に『翔鶴』型というか、空母や航空機の偉大さがよく分かりました」


 「ちなみに五隻の『大和』型戦艦はどうなりました?」


 美津子も興味を持ったらしく、私たちの会話に口を挟んでくる。


 「たしか、『武蔵』と『信濃』が昭和一八年に、『大和』が一九年に沈められたのではなかったかなあ。『マル四計画』の二隻は資材の入手難で建造が遅れ、戦争には間に合わなかったはずです」


 そりゃそうなるだろう。

 「大和」型戦艦建造にかまけた結果、まともに使える正規空母が「赤城」と「加賀」、それに「飛龍」と「蒼龍」の四隻だけではちと厳し過ぎる。

 ひょっとしたらそのバカは「飛龍」や「蒼龍」の建造もキャンセルして戦艦や重巡の充実を図っていたかもしれない。

 そう思った私が担当者にそのことを聞いた。


 「テスターの方に先入観を持たれるとテストに支障が出ますのであまり詳しくはお話できません。ただ、そのテスターの方のときは『大和』と『武蔵』に関しては米戦艦と刺し違えて沈んだはずです。そのことで本人は本懐を遂げたと言っていたく納得というか喜ばれていましたねえ」


 少し笑いながら担当者はネタばらしをしてくれた。

 なるほど。

 本人さえ満足ならそれでいいって事か。

 どこかのネット架空戦記底辺作者と一緒だ。

 まあ、確かにこの手のゲームは自己満足の世界だし、他人があれこれ口出しするようなことじゃない。

 私が悪かった。

 「バカ」というのは撤回させてもらおう。


 ところで話は少しそれるが、洋上航空戦力の多寡の影響をまともに受けるのは意外にも駆逐艦だ。

 というよりも無定見な海軍上層部によって無茶使いされ、その結果すり潰されたというのが実情だが。

 いずれにせよ、その駆逐艦がやられるということは、つまりは敵の潜水艦のお仕事をやりやすくするということだ。

 しかも、「大和」型戦艦や重巡の建造予算を捻出するためにバカ、じゃなくてそのテスターの方は駆逐艦のための予算も削っていたという。

 比較的早いうちから建造がスタートした「マル三計画」の三隻の「大和」型は大丈夫としても、「マル四計画」の二隻は駆逐艦の不足が一因で米潜水艦の跳梁を許し、そのことで海上交通路を寸断された結果、資材不足となって未完に終わったのではないか。

 逆に言えば、予算を安価な海防艦や駆潜艇などにつぎ込んで大量生産し、航空機とともにそれらを充実させていれば日本のシーレーンは史実とはどう異なっていたか。


 そう考えていたら、このゲームに少しばかり興味が湧いてきた。

 日本が米国に負けたのは物量や技術力の差だとよく言われているが、戦前の戦争資源の配分の仕方次第では米国に対してかなり健闘できるのではないか。

 例えば、「マル三計画」ほどには有名でない「マル二計画」だ。

 この「マル二計画」では空母「蒼龍」と「飛龍」、それに軽巡「利根」と「筑摩」、さらには「千歳」と「千代田」それに「瑞穂」といった水上機母艦の建造が計画されていた。

 その中で、たいして役に立たなかった水上機母艦の三隻と、他の重巡でも十分に代替がきく「利根」ならびに「筑摩」の建造を中止して「蒼龍」型空母を四隻建造していたらどうなっていたか。

 もちろん、軍縮条約の制限があるから最初に一隻だけを造り、残り三隻は時期をずらして建造する必要があるけど。

 それでもなお予算が十分にあまるから、そこは航空隊の拡充なり、極めて役に立った工作艦「明石」の同型艦を増やしたりとさまざまなオプションが考えられる。

 それに、件のテスターの方のように大艦巨砲に大振りするのもいいだろうし、あるいは潜水艦に予算を集中して太平洋やインド洋で大暴れしてみるのもありかもしれない。

 あれ、なんか意外に楽しめそうだ。

 そういった思いが表情に表れていたのだろう。

 担当者もニコニコしている。

 そして、機を見るに敏な担当者は私にゲームの開始を促してくる。

 言われるまでもない。

 私はキーボードに手を伸ばした。

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