史上最大の薄い本作戦
第24話 巫女の薄い本
話は少し前にさかのぼる。
その日、三人娘が住む洋館に海軍関係者が訪れ、巫女の託宣のおかげで米機動部隊による帝都奇襲が阻止されたということが感謝の言葉と共に彼女らに届けられた。
その際、聖子はその後に発表されるであろう政府によるステートメントに加えてほしい文言を記した紙をその海軍関係者に手渡すとともに、捕虜の慰安を利用したコンサート作戦の概要をプレゼンした。
感銘を受けた海軍関係者は、必ず連合艦隊司令長官にお伝えするといって、おみやげの「間宮」の羊羹を残し去っていった。
「杏、ちょっといい?」
その日の夜、美津子が入浴にいったのを確認した聖子は杏に声をかける。
美津子も年頃の乙女、烏の行水など有り得ない。
彼女の場合はあと三〇分は戻ってこないだろう。
「なあに、聖子ちゃん」
テレビもブルーレイも無いこの時代、杏の最大の楽しみは美津子や聖子とのおしゃべりだ。
だから杏はすぐそばにやってきた。
「これを見て」
聖子は二十枚ほどの紙束を杏に手渡す。
「ほー」とか「おー」といった感嘆の声を間にはさみつつ、杏はあっと言う間に読み切った。
「これ、米国の水兵さんのボーイズラブの漫画だよね。すごいね、ネームの段階でこんなに楽しめるなんて聖子ちゃん天才だよ。でも、こんなの書いてどうするの?」
杏の素直な褒め言葉に相好を崩しつつ聖子は説明を始める。
「コンサート作戦のすぐ後に放つ追撃弾よ。米国の水兵はみんな男同士が好きだって世界に広めるの。この時代はまだ同性愛には理解もあまり無くて寛容でも無かったから、こんな話が広まれば変態扱いは間違いないわ」
「いいのかな? 敵国とはいえ家族や国のために命をかけて戦っている人たちを変態扱いされるようにしむける真似なんかして」
聖子ほどには良識のハードルが低くない杏が懸念を示す。
「いいのよ。戦争が早く終われば死なずに済むんだから。死ぬことを思えばそんなことどうってことないわ」
聖子の理屈にまだ納得できない杏ではあったが、かと言って聖子が一度言いだしたことを撤回することもまずありえないと知っているので話を先に進める。
「で、私はどうすればいいの?」
「これにペン入れして完成品にしてほしいの。キャラのイメージもあんたに任せる。私よりあんたの方が絵が数段上手だし、それにあんたもエロいのは平気でしょう?」
「そりゃ、エロ耐性が無ければ聖子ちゃんと付き合えっこないよ。そこらへんは大丈夫だけど、いつまでに仕上げればいいの?」
聖子はさらりと失礼なことを言ってくる杏に何か言い返してやろうかと思ったが、この子は天然だったと思い直し先を続ける。
「コンサート作戦が終わればすぐに世界中にばら撒きたいから、それほど時間はないわ。できそう?」
「うん。背景なんかを凝ったりしなければ大丈夫だと思う」
「この時代の漫画のクオリティを考えれば、そんなに凝る必要はないわ。ストーリーが分かれば十分すぎるくらいよ。それにコマの枠引きやベタ塗り、それに集中線なんかは私も手伝うから」
「そうだね。そうしてもらえると助かるよ。それに美津子ちゃんもいるし」
「美津子はダメよ。あの堅物にこんなもの見せたら、却下だって言って大騒ぎするだけよ」
「美津子ちゃん真面目だもんね。分かった。じゃあ美津子ちゃんには内緒にしておく」
「悪いけどそうしておいて。そもそも美津子は変。新陳代謝の盛んな女子大生があんな熟れた体を持て余していない方がおかしいのよ。ふつうの娘だったら体が毎晩夜泣きしてたいへんなことになっているわよ」
女子大生の会話にしては話が生臭くなりそうなので、杏は聖子から差し出されたもう一冊の本のことに話題をチェンジする。
こちらも二〇枚ほどの原稿だ。
「こっちはネトラレだね。それも部下の妻を寝取る男の人が合衆国海軍作戦部長って実在の人物だけどいいの?」
「いいのよ。実際、話の半分は実話よ。それに真実が散りばめられたフィクションほどたちの悪いものはないわ。これは結構効果があるはずよ」
「海軍作戦部長って悪い人なの?」
「悪いかどうかまでは知らないけど、相当な女好きだったのは間違いないわ。それにすごく傲慢だったっていうから、そこから想像力を膨らまして尾ひれをつけるのは簡単だったわ」
「ねえ、聖子ちゃん。聖子ちゃんはなんでこんなに簡単にネタをひねり出せるの?」
「ひねり出したっていうか、元ネタがあってそれをアレンジしただけよ。他にも米艦の乗組員が海の触手モンスターに襲われて快楽に身もだえするとか、オークとの戦いに敗れた米海兵隊員がオークにすごいことされちゃうとか、他にもゴブリンとの乱交とかバリエーションはいろいろあるのよ。ほんとうは将来あんたと組んでコミケで一儲けするためのネタだったんだけどね」
「じゃあ、何でお金に汚い聖子ちゃんがそれをやらなかったの? すごく売れるよ。聖子ちゃんの実力なら」
「あんたは私をどういう目で見ているのよ。花も恥じらう女子大生が18禁ネタの薄い本なんて売れるわけないでしょう。私にだってそれくらいの羞恥心はあるわよ」
「へえー、聖子ちゃんにも羞恥心なんてあったんだぁ」ということを口にしないだけの分別はさすがの杏にもあった。
そんなことより、さっきから指先がうずいて仕方がない。
「ねえ、聖子ちゃん。早速取り掛かっていい?」
「やる気があるのはうれしいけど、夢中になって夜更かししちゃだめよ」
「うん、大丈夫。美津子ちゃんには眠たくなったから先に寝たと言っておいて」
「あんたならではの説得力のある理由ね。でもくどいようだけど夜更かしはNGよ。明日だっていろいろとやることがあるんだから」
「分かった!」
そう言って杏はそそくさと自室に引き上げる。
夜ごと隣室の聖子の部屋から漏れてくる彼女のエッチなソロコンサートを聞かされている杏にとって、寝不足などどうという問題ではなかった。
そしてその夜、杏は夜遅くまで筆を走らせた。
いつもなら耳障りな聖子のソロコンサートも、今夜に限っては創造(想像)をかき立てるいいBGMになった。
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