第23話 巫女コンサート

 捕虜の米兵一万人を対象にした三人の巫女によるコンサートは大盛況のうちに終了した。

 元機動部隊指揮官のハルゼー提督のお墨付きを得ることができたのも大きかった。

 そのことで捕虜たちは一切の遠慮なくコンサートを楽しむことができたからだ。

 コンサートといっても実態はミニライブのようなもので、一回につきアンコールを含めても十曲あまりだった。

 海軍の軍楽隊から選抜された演奏者らも、一般的なバンドと同じ数人規模だった。

 客あるいは聴衆と言うべきか、その捕虜らは各地の収容所に分散収容されていた。

 一度に一万人を一カ所に収容できるような施設はほとんど無かったし、あっても空きがなかった。

 だから、コンサートに伴う移動も結構な重労働となった。

 一週間のうちに数カ所の収容所で開かれたコンサートは、捕虜の多い所では一日三回公演のところもあった。

 しかし、彼女らは精力的にその活動に励み、若さもあってへばることもなかった。

 海軍も彼女らを全面的にバックアップ、貴重な輸送機や自動車を手配してくれた。

 彼女らもコンサート前に猛特訓を続けた。

 英語の発音レッスンは美津子が直接杏と聖子にほどこし、特に聖子に対するそれは苛烈を極めた。

 まるで何かの敵を討つかのように。

 だが、そのような美津子による厳しいレッスンにも聖子はたいしてこたえた様子もなく、逆に「R」と「L」の厳密な発音の使い分けを会得したことで「舌技のバリエーションが増えた」と言ってまんざらでもない様子だった。


 コンサートのメイン司会とトーク全般は英語が流暢な美津子が受け持った。


 メンバー紹介の際には美津子が長女で、聖子が次女、杏が三女ということで、現在は長女の美津子が次女と三女に英語のレッスンを施している最中だと聴衆の捕虜らには説明した。

 捕虜が皆、それに納得していたのは美津子にはとっては少々複雑だった。

 自分が老けて見られているように思えたからだ。

 しかし、実際には捕虜たちはその圧倒的なボディラインとにじみ出るエロオーラで納得していただけだった。


 楽曲は二〇世紀後半から二一世紀初頭の全米ヒットチャートからぱくった。

 著作権の心配をする必要はなかった。

 アップテンポの元気の出る曲から郷愁を誘うバラードまで、捕虜らの心情を揺さぶるべく厳選された曲を三人娘たちはそれぞれのキャラを生かして歌いまくった。

 アンコール曲は杏おすすめのアニメ「怪盗三人娘」の主題歌「猫の耳」だ。

 八〇年代の日本の代表的ヒットソングを英語の歌詞と華麗な振りを交え熱唱、その瞬間三人の巫女と会場はひとつになった。

 そして、最後となるコンサートではヒートアップした会場と同様、忘我恍惚の境地に陥った聖子が突然「総立ちだぁ!」と叫んで服を脱ぎはじめようとした。

 野生の勘でいち早く聖子の異常に気付いた杏は、慌ててその聖子を取り押さえ、その間美津子はトークでフォロー、ぎりぎりのところで事なきを得た。

 コンサートが終わってから聖子は杏と美津子に散々に絞られた。

 このことで、杏は聖子の欲求不満を何とかしないととんでもないことになるのではないかと危惧を抱いた。


 いろいろあったが、弾丸ツアーはなんやかんやで滞りなく終了した。

 だが、その裏で海軍報道班と連合艦隊司令長官直属の諜報員が水面下で動いていたことを知る者は関係者以外誰もいなかった。






 各地の捕虜収容所の職員たちは巫女たちに感謝をしていた。

 コンサートが終わってから収容所の職員が捕虜の米兵に対し、収容所における模範的な態度の捕虜に対しては週に一枚、巫女の写真を進呈すると伝達したのだ。

 効果はてきめんだった。

 それまで反抗的な態度だった捕虜のほとんどが素直に職員の言うことを聞くようになった。

 誰もが今日一日で巫女のファンになっていたのだ。

 その進呈されるという巫女の写真にはさまざまなバリエーションがあり、毎週違うものが用意されているという。

 それを完全コンプリートするためには自身はどうあるべきか。

 考えるまでもなかった。

 やがて、模範的捕虜は捕虜全体の実に九九パーセントにも上り、その彼らへ巫女写真の配布が始まった。

 それからは収容所職員の所内における治安や秩序維持にかけなければならない労力は劇的に軽減された。

 それに比べれば、便所紙の消費が激増したことなどたいした問題では無かった。






 合衆国大統領は日本からの「贈り物」に苦虫を噛み潰していた。

 政府やマスコミに同時に送られてきたそれは多数の写真だった。

 巫女のコンサートに盛り上がる聴衆、そして巫女との集合記念写真。

 それらに写る男たちはすべてが帝都空襲に失敗して捕虜になった米機動部隊の将兵たちであった。

 帝都空襲を未然に防いだ日本はあの時、米国に対してステートメントを発表している。


 「米機動部隊の将兵は、国民の戦意高揚を図るというたったそれだけの理由のために米大統領によって十死零生の作戦を強いられ、その結果多くの若者が無為に死んでいった」

 「日本はそのような無慈悲な特攻作戦を将兵に強いた米大統領を強く非難するとともに、戦いで散っていった勇敢な合衆国将兵に敬意と哀悼の意を表す」。


 軍事の素人がみても無謀の極みのような作戦だったという日本の報道によって沸き起こった米国民の大統領に対する怒りはいまだにおさまる気配はなく、支持率の低下に歯止めはかかっていない。

 一方で、日本が米将兵に対して「敬意を表す」というのは本当だった。

 写真に写っている捕虜たちの生き生きとした表情を見ればいい。

 彼らは元兵士として、人間として扱われている。

 十死零生の作戦を強いるどこかの国と違って。

 これではどちらが民主国家でどちらが独裁国家なのか分かったものではない。

 米国民の多くがそう思った。


 帝都奇襲作戦の折に米大統領を窮地に追いやったネガティブキャンペーンは、今回はさらにパワーアップして、同作戦の失敗のほとぼりが冷めるのを待っていた大統領をさらなる窮地に追い込み、加えて米国民の日本に対する好感度を大幅にアップさせた。

 そして、前回も今回も、その狡猾な青写真を、グランドデザインを描いたのが三人の令和の女子大生だったことを知る者は米国には誰一人としていなかった。

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