第12話 終結の巫女
昭和十七年五月七日、第四艦隊司令長官の井上中将が直率するMO機動部隊は敵機動部隊を求め珊瑚海を南下していた。
MO作戦は当初、連合国軍の要衝ポートモレスビーの攻略を目指すものであったのだが、巫女の進言を受けて敵機動部隊撃滅へと作戦目的が変わっている。
もともとこの作戦に投入される空母は「翔鶴」と「瑞鶴」の二隻だけだったのが、極秘裏に「飛龍」も加わっていた。
通常だとこの三隻だけで二〇〇機あまりの艦上機を運用できるが、第一航空艦隊の母艦航空隊が東洋艦隊との戦いで被った損害が予想外に激しかったため、すべての稼働機をかき集めても三隻の空母の定数を満たすことはできなかった。
一航艦がインド洋作戦が終わった時点で使える兵力は、作戦前と比べて戦闘機隊が七割、艦爆と艦攻隊は実に四割以下にまで激減していた。
東洋艦隊を撃滅したとはいえ、一航艦が受けた傷もまた大きかったのだ。
この戦いでは九九艦爆と九七艦攻の撃たれ弱さが露呈している。
MO機動部隊
「翔鶴」(零戦二〇 九九艦爆一四 九七艦攻一六)
「瑞鶴」(零戦二二 九九艦爆一五 九七艦攻一六)
「飛龍」(零戦二一 九九艦爆一四 九七艦攻一四)
重巡 「妙高」「羽黒」「青葉」「衣笠」「古鷹」「加古」
駆逐艦 「潮」「曙」「漣」「白露」「時雨」「有明」「夕暮」
一航艦司令長官の南雲中将は対潜哨戒に若干の艦爆と艦攻を「赤城」と「蒼龍」に残すべきだという幕僚らの進言を退けて「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「飛龍」にすべての稼働機をあずけてくれた。
MO作戦にも巫女たちが関わっていることを知り、命の恩人の彼女らに少しでも戦力を上積みしてあげたかったからだ。
だが、それでさえ三隻の空母の定数を満たすには程遠かった。
それでも井上長官は南雲長官の配慮を有難いと思う。
かつては軍令部をめぐってとんでもない大喧嘩をした間柄だったが、それはそれとして今回の件は素直に感謝していた。
井上長官は夜明け直前に「翔鶴」と「瑞鶴」からそれぞれ四機、「飛龍」から三機の合わせて一一機の九七艦攻を索敵に出す。
さらに三〇分後、同じく一一機を発進させた。
索敵に艦攻の半数近くを割くことになるが、これは索敵軽視の風潮を嫌う山本連合艦隊司令長官からの命令だった。
しかし、実際には巫女たちによる託宣であることを井上長官は山本長官から特別に教えてもらっている。
そして、巫女たちはこうも言っていたという。
「帝都奇襲失敗によって窮地に立たされた米大統領に日本艦隊と戦わない選択肢はありません。失地回復を図る彼の意を受けた『ヨークタウン』と『レキシントン』は必ず現れます」
半数近い艦攻を投入した濃密な索敵網によって空母二隻を基幹とする米機動部隊はあっさりと発見された。
井上長官はただちに「翔鶴」から零戦八機に九九艦爆一四機、それに九七艦攻八機、「瑞鶴」から零戦一〇機に九九艦爆一五機、それに九七艦攻八機、「飛龍」から零戦九機に九九艦爆一四機、それに九七艦攻八機の合わせて九四機からなる攻撃隊を発進させた。
「『レキシントン』の撃沈は間違いないな」
攻撃隊指揮官の「飛龍」艦攻隊長は眼下の米艦隊を見下ろしながら小さくつぶやく。
日本の攻撃隊は艦爆隊が巡洋艦と駆逐艦、艦攻隊は空母を攻撃目標にした。
その結果、「翔鶴」ならびに「瑞鶴」艦攻隊から集中攻撃を受けた「レキシントン」は五本の魚雷を浴びて洋上停止している。
「飛龍」艦攻隊に狙われた「ヨークタウン」は左舷に二本の魚雷を食らって大きく速力を低下させていた。
戦果が挙がった一方で味方の被害も甚大だった。
敵の対空砲火によって撃墜された機体は二割近くにのぼり、生き残った機体もそのほとんどが被弾損傷している。
再攻撃に使えそうな機体は数えるほどしかなかった。
「自分は戦下手なのかもしれんな」
「翔鶴」艦橋から破壊の跡も生々しい飛行甲板を見下ろし、井上長官は思わずそうつぶやく。
MO機動部隊から発進した攻撃隊が米機動部隊を攻撃したのと同様、MO機動部隊もまた一〇〇機近い米艦上機による空襲をうけた。
MO機動部隊にとって幸いだったのは、米機による攻撃が十機、二十機といった少数機による波状攻撃だったことだ。
上空にあった三六機の零戦は、そんな米機を片っ端から撃墜していった。
それでも、完全に空母を守ることはかなわず「翔鶴」が三発の五〇〇キロクラスと思われる爆弾を被弾した。
米機の攻撃を何とかしのいだ「瑞鶴」と「飛龍」は「翔鶴」の敵討ちとばかりに索敵から戻ってきた艦攻ならびに第一次攻撃に参加した機体の中から即時再使用可能機をかき集めて第二次攻撃隊を編成、これらは「ヨークタウン」にとどめを刺した。
結局、こちらは一隻も沈められることなく、逆に相手の空母を二隻も沈めたのだから大勝利と言ってよかった。
しかし、旗艦「翔鶴」を傷つけられ、大勢の熟練搭乗員を失った。
井上長官は思う。
自分は日本の空母を初めて傷つけた提督となった。
そもそも自分はMO機動部隊の指揮を執るはずではなかった。
ところが、巫女たちの願いで山本長官から指揮を執るように命じられた。
山本長官から聞いた話では、巫女たちは第四艦隊司令長官である自分こそが日本の終戦工作の第一人者になるとふんでいるらしい。
そして、その自分に手柄をあげてもらって影響力を増してほしかったとのことだ。
そういえば、ウェーク島に「瑞鳳」を派遣してくれたのも彼女たちの進言によるものだったらしい。
井上長官はその「瑞鳳」のおかげで戦術的柔軟性が増し、ずいぶんと助かったことを思い出す。
山本長官からは彼女たちにたいそう好かれているようでうらやましいと冷やかされたが、面識の無いはずの巫女たちがなぜそうも自分を評価してくれるのかは分からない。
この海戦が終われば自分は軍事参議官として東京勤務となる。
海軍軍人としてお上に最も近いところで働くポジションのひとつだ。
詳細までは知らされなかったが、山本長官によればすでに巫女たちはお上とともにこの不毛な戦争を終結に導くべく行動を開始しているのだそうだ。
その自分は、これからは海軍代表として彼女たちの活動を全面的に支援することになる。
彼女たちにやらせるわけにはいかない汚れ仕事や荒事も含めて。
すべてはこの不幸な戦争を終結させるために。
「終結の巫女、か」
思わず口をついて出た意味不明の言葉に井上長官は苦笑した。
ちょうど同時刻、連夜の戦況分析で欲求不満がたまる一方の一人の巫女も妙なソロ活動を終結させ、深い眠りについたところだった。
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