海軍撮影会
第13話 口避け女
インド洋作戦と本土東方沖海戦、それにMO作戦と立て続けの大勝利に国中が沸いている。
そのようななか、山本連合艦隊司令長官は三人娘から面会を申し込まれていた。
山本長官のほうも、彼女らのこれまでの貢献に感謝の意を表したいと思っていたので、すぐに会えるよう多忙な中スケジュールをやりくりした。
巫女装束で出向いてきた三人娘、その彼女らのただならぬ雰囲気に山本長官は人払いをしたうえで要件を切り出すよう促す。
「まことに申し上げにくいのですが、私たち三人の巫女としての力が枯渇しました」
そう言って聖子は憂いを帯びた目で山本長官を見据える。
今まで見せたことの無い聖子の表情に山本長官は嫌な予感を覚える。
「巫女の力の枯渇とはどういうことなのでしょうか。私のような凡俗にも分かるようにお話ししていただけますか」
説明を求める山本長官に、聖子はさみしそうな表情を浮かべつつ口を開く。
「相手の動きを感知することが出来なくなりました。つまり、これまでのように近い未来における米軍の動きをお伝えすることがもう出来ないのです」
嫌な予感が的中したと自覚しつつ、山本長官は言葉を絞り出す。
「その原因はお分かりですか」
「インド洋作戦と帝都奇襲、それにMO作戦と短い間に巫女の能力を使う局面が立て続けに起こったことです。お国の大事とはいえ巫女の力を抑制することなく目いっぱい使い続けた私たちの失態です」
「力を制御したとして、直近のあの三つの戦いは感知できましたか」
山本長官の質問に聖子は力なく首を振る。
「帝都空襲以外はたぶん出来なかったでしょう」
「ならば仕方ありません。インド洋作戦もMO作戦も決して失敗の許されない戦いでしたから。それよりも、その力の復活はかなうのですか」
「いずれ巫女の力はよみがえるとは思いますが、それが三年先なのか十年先なのかは残念ながら私たちにも分かりません」
これには山本長官もショックだった。
インド洋作戦や帝都防衛戦、それにMO作戦はそのいずれもが巫女の託宣があってこその勝利だったからだ。
しかし、一方で自分たちがいかに巫女に頼り切っていたのか、それをいまさらながらに自覚する。
誰よりも自力本願であらねばならないはずの軍人が、いつのまにか巫女の託宣をあてにする他力本願に陥っていたのだ。
それになにより、一番つらいのは能力を失った彼女たちだろう。
ならば、その彼女たちにかける言葉はひとつだ。
「これまでの貴女らの献身に心より感謝申し上げる」
山本長官は立ち上がり、海軍式の敬礼をする。
三人娘は最初、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をし、次に状況を理解するやいなや慌てて立ち上がり敬礼を返す。
彼女たちは巫女だが、その一方で海軍少佐でもあるのだ。
敬礼する彼女たちの姿を見て山本長官は女の子の士官もいいものだなと、全然どうでもいいことを思った。
それで、と言って今度は杏が会話を引き継ぐ。
「私たちはもうお役に立てないので、軍を辞めようかと思うのですが」
「軍を辞める理由は他にもあるのでしょう。差し支え無ければ聞かせてもらってもいいですか」
山本長官は杏に話しかけるときは子供に対するそれのように優しい。
だから言いにくいことや断りの返事の担当は杏になることが多い。
杏のキャラを逆手にとった作戦だ。
「もちろん、特許の考案は続けるし資金面での協力はこれまで通り続けさせてもらうんですけど、やっぱり何もできないのに少佐のお給料をもらうのは心苦しいです。だから軍を辞めようかなと」
給料泥棒になるのは嫌だから辞めるという、思いのほか俗っぽい理由を聞いて山本長官は笑った。
そんなことに気を遣う彼女たちが愛おしかった。
「何をおっしゃるのですか。あなた方が貢献したのは予知だけではない。例えば本土東方沖海戦の後で日本政府が出した米大統領批判の声明文。あれはあなた方の入れ知恵だが、そのことで米大統領は国民からの非難を受けて窮地に立たされることになった。
それに、最初に会った時からこれまでずっと帝国海軍の戦備や戦術に多大な示唆を与えてくれた。艦艇塗料の難燃化はすでにはたされ航空管制も具現化しつつあります。少佐どころか少将にも勝る働きです。
それと、あなた方が米大統領を困らせてくれたおかげで我々は情報戦、宣伝戦の重要性を理解した。艦を沈めるだけが戦ではないと今になって気づく者が多いのは少々困りものですが」
山本長官は笑みをたたえたまま話しを続ける。
「予知が出来ようと出来まいと帝国海軍はあなた方を必要としています。
それに戦争終結に向けた最大の知恵袋が帝国海軍からいなくなったらお先真っ暗だ。海軍を辞めるというのはどうか思いとどまっていただきたい」
「聖子さんは元からだと知っていましたが、杏さんまでウソがとってもお上手になったのはなんだか少しショックですわ」
「ちょっと美津子、それどういう意味?」
山本長官との会見の結果、彼女ら三人は海軍少佐を続けることになった。
元々彼女ら三人に海軍を辞めるつもりは無かった。
海軍を辞めるということは、彼女らにとってこの世界で唯一自分たちを庇護してくれる存在を自ら投げ捨てるようなものだからだ。
海軍を辞めると言ったのは予知が出来なくなったからという話の流れからやむなく紡ぎ出した言葉だった。
「へへーっ。私も少し大人になったんだよ」
美津子の「ウソが上手になった」という指摘を褒め言葉と受けとった杏はどんなもんだいと胸をそびやかす。
「でも、本当の意味で大人なのは私一人だけなのだけどね」
聖子は自慢げな杏を見てそんなことを思ったが、そのことを言うと杏や美津子から「お前は単に男遊びが激し過ぎるだけだろう」と反撃されるのが目に見えているので口にするのはやめた。
「でも、これで予知からのプレッシャーからは解放されましたから、ずいぶんと気も楽になります」
美津子の言葉には実感がこもっていた。
彼女ら三人は、インド洋での東洋艦隊の出現と米機動部隊による帝都奇襲までは予知というか、その予想に自信があった。
だが、さすがにMO作戦は米機動部隊が出てくるかどうか冷や冷やものだった。
一連の作戦で、彼女らの知る史実と現実がずいぶんと乖離してしまっていたからだ。
山本長官には米機動部隊は必ず出てくると請け負ったものの、実際にはそれほど自信があったわけではない。
もし、「ヨークタウン」と「レキシントン」が出てこなかった場合は、海軍の索敵ミスということで押し切ろうとまで考えていた。
結果は史実の通り米機動部隊は現れ、つまりは彼女たちの予言通りとなった。
「翔鶴」までが史実と同じように三発被弾したのは余計だったが。
「まあ、美津子の言う通りこれからは予知が当たるか当たらないかでハラハラしないで済むのはありがたいわね。でも逆に言えば、これだけ史実とかけ離れてしまったのだから、今まで以上に戦況の分析が重要になってくる。気苦労は減るけど仕事は減らないわよ」
自分たちの成すべきことはまだ終わっていないと聖子が注意喚起する。
「聖子ちゃんはもう社会人というか軍人さんだね。仕事と言う言葉がぽんぽん出てくる」
「そうですわね。学生の本分である勉強という言葉よりも仕事という言葉を聞く方が多いような気がしますわ」
「仕方無いじゃない、こんな状況なんだから。それよりも山本長官が言っていたアレ、なぜそんな話になったか分かる?」
「趣旨は理解しましたが、なぜそのような話の流れになったのかについては教えていただけませんでしたわね」
三人娘は、最後に申し訳なさそうに山本長官が告げた言葉に首をひねった。
「貴方がたの写真を撮らせてほしい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます