第11話 帝都奇襲阻止
山本長官が直率する第三航空艦隊が西へ向けて航行している。
三航艦は急遽編成された特設の機動部隊だ。
主力となるのは空母が三隻に戦艦が一隻。
それに巡洋艦が四隻に駆逐艦が九隻という立派な陣容だったが、その実態は日本各地から大慌てで招集された寄せ集めの艦隊だった。
空母「加賀」「瑞鳳」「祥鳳」
戦艦「大和」
重巡「愛宕」「妙高」「羽黒」
軽巡「神通」
駆逐艦「嵐」「野分」「親潮」「黒潮」「早潮」「朝潮」「荒潮」「潮」「漣」
「帝都にすさまじい悪意が向けられています」
旗艦「大和」艦橋の山本長官は、先日三人の巫女と会った際に告げられた言葉を思い出している。
彼女らによれば、巫女には自分たちも分からないのだが、巫女としての能力が強くなったり弱くなったりする周期があるらしく今はその力が最も強くなっているのだという。
だから、インド洋における東洋艦隊の動向もかなり早い時期から分かったらしい。
今回の米機動部隊による帝都空襲については、その悪意の矛先が帝都に向けられていたことから、こちらも早期の感知が可能だったという。
当該海域の特設監視艇はすでに避退させている。
特設監視艇を米機動部隊の前にさらすようなことをして、わざわざ敵の警戒心を呼び起こすような真似はしたくなかった。
攻撃の主体となる空母は三隻あったが、このうち「瑞鳳」と「祥鳳」は旧式の九六艦戦に加え、他には零戦と艦攻を少数ずつ搭載しているに過ぎない。
艦上機の配備は正規空母が優先され、「瑞鳳」や「祥鳳」といった小型空母は二の次とされていたからだ。
だから、実際にまとまった戦力を持つ艦は本来であれば「加賀」しかなかった。
だがしかし、ここで美津子が『隼鷹』に配備予定の航空隊を使えばいいではないかと提案する。
美津子の提案に山本長官は、自身が母艦と航空隊は一体のものだという固定観念に囚われていたことを悟る。
すでに陸軍では飛行場と航空隊の組織を別にし、機動運用がやりやすい空地分離というシステムを採用している。
美津子の指摘に山本長官は自身の思考が硬直していたことを反省すると同時に艦上機隊の編成に着手する。
「瑞鳳」と「祥鳳」は「隼鷹」航空隊からの転属組みを主力とし、それぞれ零戦一八機に九九艦爆を九機搭載し、それなりの航空打撃戦力を有するに至る。
一方、「加賀」は従来から搭載していた零戦一八機に九九艦爆一八機、それに九七艦攻二七機に加え、「瑞鳳」と「祥鳳」が搭載しきれなかった零戦三機と九七艦攻九機を加えて計七五機を搭載、帝都に迫る米機動部隊との戦いに臨んだ。
巫女の言う通りなら、そろそろ「大和」と「愛宕」、それに「妙高」と「羽黒」が放った水偵が敵艦隊を見つけるころだ。
山本長官がそう考えたちょうどそのとき、索敵線の中央を担当する零式水偵から空母二隻に巡洋艦五隻、それに駆逐艦八隻からなる艦隊を発見したという報告が上がってくる。
給油艦の姿は見当たらなかったので、こちらのほうは日本近海に迫るまでに切り離したのだろう。
躊躇は必要なかった。
山本長官はただちに攻撃隊を発進させるよう命じる。
「加賀」から零戦六機に九九艦爆一八機と九七艦攻が九機、それに「瑞鳳」と「祥鳳」からはそれぞれ零戦九機に九九艦爆九機。
それら機体が飛行甲板を蹴って大空へと舞い上がっていった。
さらに第二次攻撃隊として「加賀」から零戦六機に九七艦攻二七機が準備が整い次第発進する。
同時に「愛宕」と「妙高」、それに「羽黒」の三隻の重巡、さらに「神通」に率いられた「嵐」と「野分」、それに「親潮」ならびに「黒潮」と「早潮」が米機動部隊へ向けて突撃を開始する。
これら九隻は母艦航空隊が撃ち漏らした敵艦の撃滅の他、可能であれば米空母を鹵獲するよう命じられていた。
その第一次攻撃隊指揮官の「加賀」艦爆隊長は索敵機が報じてきた海域で米機動部隊を発見、攻撃を成功させる。
第一次攻撃隊が挙げた戦果は山本長官を満足させるものだった。
だが、一方で彼は敵艦隊の対空砲火で被った損害の大きさに戦慄する。
「加賀」艦爆隊長が直率する第一中隊は先頭を行く空母を、第二中隊は後ろの空母を狙い、それぞれ複数の二五番を命中させていた。
しかし、すさまじい対空砲火の洗礼を受けた艦爆隊は無事では済まず、第一中隊と第二中隊合わせて五機を失っていた。
実に三割近い損耗率だった。
一方、駆逐艦を爆撃した「瑞鳳」ならびに「祥鳳」艦爆隊は、狙った六隻のうちの四隻に命中弾を与え、そのうち当たり所が悪かった一隻がすでに沈みかかっている。
「加賀」艦攻第二中隊の九機に狙われた巡洋艦は二本の魚雷を浴び、猛煙をあげて洋上停止していた。
帝都を奇襲するはずが逆に日本の艦上機に奇襲され、米機動部隊は大混乱に陥った。
そこへ「加賀」から発進した第二次攻撃隊の二七機の九七艦攻が三隊に分かれ雷撃を仕掛けた。
米機動部隊の各艦は必死になって対空砲火を撃ち上げるが、すべての九七艦攻を阻止するまでには至らない。
空母二隻をはじめとした米機動部隊が白旗を掲げて洋上停止している。
無傷な艦はわずかに巡洋艦一隻と駆逐艦が四隻だけだった。
帝都空襲を企図し、決死の覚悟で作戦に臨んだ米機動部隊だったが、逆に三航艦から二波による攻撃を受け、空母「ホーネット」と「エンタープライズ」がともに飛行甲板に二五番を複数被弾し、離発艦不能に陥っている。
五隻あった巡洋艦も、そのうちの四隻までが被雷し航行不能か著しい速力低下をきたしていた。
駆逐艦も半数を撃破され、そのうちの一隻はすでに海面下に没している。
このような満身創痍の状態で、しかも日本本土の鼻先とも言える海域で複数の空母を含む有力な日本艦隊の囲みを破って脱出することなどどう考えても不可能だった。
米機動部隊指揮官のハルゼー提督は合衆国屈指の猛将ではあったが、一方で現実主義者でもあった。
彼は成算が見込めない撤退戦よりも、部下の生命を優先した。
後に本土東方沖海戦と呼ばれる一連の戦闘は米機動部隊の降伏によって終了した。
だが、戦いはこれで終わったわけではなかった。
本土東方沖海戦を受けて日本は米国に対して情報戦を仕掛けた。
「米機動部隊の将兵は、国民の戦意高揚を図るというたったそれだけの理由のために米大統領によって十死零生の作戦を強いられ、その結果多くの若者が無為に死んでいった。
日本はそのような無慈悲な特攻作戦を将兵に強いた米大統領を強く非難するとともに、戦いで散っていった勇敢な合衆国将兵に敬意と哀悼の意を表す」
そういった内容をありとあらゆるメディアを動員して世界中に拡散させた。
この一連の報道によって合衆国では大統領に対する凄まじいまでの怒りが国民の間で沸き起こっていた。
わずかな戦力で敵の本国に殴り込みにいくなど、軍事の素人がみても無謀の極みのような作戦だった。
米政府は日本の報道にあるような意図は無かったと釈明したが、日本本土に寡兵の艦隊を送り込み、それを壊滅させてしまったという事実は覆らない。
結局、大統領は自らの非を認め、国民に向けて謝罪のメッセージを出すはめになった。
日本が仕掛けた一連のネガティブキャンペーンは米大統領や政府にとって、空母二隻を失うよりもはるかに大きなダメージとなった。
米政府は今さらながらに日本の情報戦略の巧みさに畏怖した。
裏でドイツの宣伝のスペシャリストによる入れ知恵があったのではないかと疑った者も多い。
米政府の予想は半分だけ当たっていた。
日本政府に入れ知恵をした者は存在した。
だが、それはドイツの宣伝のスペシャリストではなく、三人の巫女だった。
ただでさえ悪知恵が働くのに、そのうえ後知恵まで持ち合わせているのだ。
ムテキと言ってよかった。
ジョンブルやコミーといった連合国における宣伝戦の手練れを相手に互角の戦いを演じることが出来るのは、今の日本には令和の女子大生以外に他にはなかった。
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