ハルゼー提督vs巫女

第21話 巫女のハニトラ

 インド洋作戦と帝都奇襲阻止それにMO作戦、さらに加えて引っ越しといった立て続けのドタバタも一段落したこの頃、三人娘たちは次なるミッションに取り掛かろうとしていた。

 それは米兵捕虜を日本に敵愾心を抱く敵兵から、日本に好意を抱く平和の使者にジョブチェンジさせること。

 そして、それを利用した米大統領への再度の嫌がらせと同時に米国民の日本に対する好感度のアップを図るといった盛りだくさんの効果を企図している。


 四月に帝都空襲を仕掛けようとした米機動部隊、だが彼らは逆に第三航空艦隊の奇襲を受けて壊滅した。

 そして、そのときに捕虜になった米兵は一万人近くにのぼった。

 これらの米兵を日本好きにして解放すれば、日米講和を進めるに際して大きな力となる。

 そのためには誰よりも高位の責任者であるハルゼー提督をこちらの味方につけなければならなかった。

 まず目指すのは平和のためのハルゼー提督の篭絡、ではなくこちら側への引き込みのはずだったのだが・・・・・・






 ハルゼー提督。

 その男は聖子に言わせれば海と言えばハルゼー提督というくらい日本の戦記ファンには人気があるらしい。

 その人気は陸のロンちゃんに匹敵するか場合によっては上回るともいう。

 その聖子は、もし自分が英語が流暢にしゃべることが出来るのだったら、本当はこの任務は自分がやりたかったと言う。

 ハルゼー提督と間近に接する機会などまずありえない。

 それに、ハルゼー提督は聖子にとって嫌いなタイプの男ではなかった。

 聖子の男の趣味については、彼女と付き合いの長い杏でさえいまだに聖子ちゃんの好みが把握できないとよくぼやいている。

 その聖子や杏は、英語に関して言えば日常会話程度だったらなんとかこなせるだけのスキルはあった。

 ただし、それは受験英語の延長で身に着けたものであって、俗に言う「ぺらぺらしゃべれる」にはほど遠い。

 一方で、世界中で事業を展開する財閥のお嬢様の美津子は、その一族の者にとって必須のスキルとされる英語を流暢に話す。

 日本語の隠語や俗語、それにひわいな言葉はからっきしなくせに、なぜか英語におけるそれは完璧に理解していた。

 当然のごとく、ハルゼー提督篭絡の任の白羽の矢は美津子に立てられた。






 「どうして私がこんなものを着なければならないのですか!」


 珍しく感情をあらわにする美津子の抗議の声が横浜の新居に響く。


 「仕方ないじゃない。米国の雄牛をたらしこめるのは日本のメス牛くらいしかいないんだから」


 ひどい言葉を隠し味に聖子はしれっと反論する。


 「誰がメス牛ですか!」


 「そうだよ聖子ちゃん。牛さんと似ているのはおっぱいだけで美津子ちゃんのほうが全然かわいいよ」


 「そこじゃありません杏さん。っていうかおっぱいも似ていません。そんなことより聖子さん、なぜ私がこんな破廉恥な服を着なければならいのか理由がわかりません」


 杏のフォローになっていないフォローに美津子は渋面をつくりつつ、聖子に抗議を続ける。


 「ねえ美津子。あんたがこれから会うのは誰だか言ってみて」


 「捕虜収容所にいる米機動部隊指揮官のハルゼー提督ですが、それが何か?」


 「そう。相手はあのハルゼー提督。米国屈指の猛将。ふだんの巫女の衣装で乗り込んでいってかなう相手じゃない」


 美津子の疑問に聖子は意味深な笑顔を向ける。


 「服が関係あるのですか?」


 「あるわよ。服は女の武器よ。あんた自覚がなさすぎるのよ。自分がどれほど男たちの情欲をたぎらせるエロい体をしているか一度でも考えたことある?」


 「いやらしい言い方をしないでください。別に好きでこうなったわけではありません」


 「あー嫌味だわ、嫌味だわ。さすがダブルスコアの女王様は言うことが違うわー」


 「聖子さん、本題から外れすぎです。それより、なぜ私がこのような胸の大きくあいた服を着なければならないのか理由を教えてください」


 「ハルゼー提督を誘うのよ。私の言うことを聞いてくれたら好きにしていいわと言いながら。悔しいけどあんたなら百発百中で男どもは食いつくわ」


 「ただの色仕掛けじゃないですか」


 とんでもないことを口走る聖子に美津子は抗議する。


 「ねえ、美津子。文明の進んだ二一世紀において、遠い昔から延々と続くハニートラップがなぜなくならないか分かる?」


 首をひねる美津子に聖子は真理を告げる。


 「男がバカだからに決まってるじゃない」


 それでも納得のいかない顔の美津子に聖子はさらに続ける。


 「それと、さっきも言ったけど、本当なら私がこの役を引き受けたかったのよ。あの有名なブルズピストンを味わえる千載一遇のチャンスなんだから」


 「聖子ちゃん、それブルズピストンじゃなくてブルズランだよ」


 杏があきれた声で訂正を入れた。






 美津子は付き添いの捕虜収容所の警備兵とともにハルゼー提督と面会していた。

 警備兵は連合艦隊司令長官の息のかかった人間だったので、美津子が何を話そうとも問題はなかった。

 まず、美津子があいさつを切り出す。

 その姿をハルゼー提督は文字通り値踏みする。

 その洗練された立ち居振る舞い、間違いなく上流階級に属する娘だろう。

 顔はと言えば、これはもう美人だと言うしかない。

 流暢に口から紡ぎ出される凛とした、それでいながら優しさを併せ持った声と完璧な英語の発音はとても日本の娘からのものとは思えない。

 そして、優雅というにはあまりに華麗なボディライン。

 エロい。

 だが、そういった印象とは裏腹に、全然違う言葉が口からついて出た。


 「お前は痴女か?」


 そりゃあそうだろう。

 初対面の相手に大きく胸のあいた扇情的な服を着てくるんだから。

 おっぱいはみ出そうじゃん。

 っていうか、明らかにノーブラじゃん。

 しかも、ここ捕虜収容所だぞ?

 一方、目の前のハルゼー提督に一番言われたくないことを指摘された美津子は必死になって顔が赤くなるのをこらえていた。

 ハルゼー提督に荒ぶる心の内を悟られないよう、歯を食いしばりにっこりとほほ笑む。

 どんなに顔がひきつろうとも笑わなければ・・・・・・


 「帰ったら覚えておいてください、聖子さん」


 美津子は胸中で聖子へ必ずしかるべき報いを受けさせてやると心に誓った。

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