第20話 撃つの巫女

 姿勢を確認。

 照準OK。

 発砲時の反動と衝撃のさばきかたは頭の中に叩き込んだ。

 それでもドキドキしている。

 ちょっと怖いけど、いまから聖子の初体験。

 あまり痛くないといいな。

 静かに呼吸を止める。

 そして優しくトリガーを引く。

 男の人のアレを扱うように。

 射撃訓練所に乾いた音が響く。

 次の瞬間、狙った的のど真ん中に黒い小さな穴が開いた。

 初弾命中。

 まさに海軍士官の誉。

 後ろを振り返ると、ふだん何事にも動じないはずの美津子が呆然とした表情をしている。

 手持無沙汰だった海軍の射撃教官は口をあんぐりとあけている。

 杏はといえば、いつも以上に可愛い目を大きく見開いていた。

 完璧だ。


 「見た? 美津子。ざっとこんなもんよ」


 自画自賛が思わず声に出る。

 喜びが自然に口をついて出る。


 「初弾命中。いってみればいきなりの○スポット直撃ってところね」


 あまりのうれしさに我を忘れた聖子は、自分が今何を口走っているのかまったく理解も自覚もしていない。

 あれ? 美津子が杏になにか話しかけてる。

 どうしたんだろう?


 「杏さん、○スポットでどういう意味ですの」


 「えっと・・・・・・」


 珍しく言い淀む杏の口調から、美津子はその心中を察する。


 「あっ、やっぱりいいですわ」


 そう言って今度は聖子に向き直る。


 「聖子さん、すみませんがもう一度撃っていただいてもよろしいですか」


 「いいよ、いいよ、何発でも。男の銃も本物の銃も自由自在に扱える聖子さんにお任せあれ」


 聖子は上機嫌で構え直す。


 「男の銃って何ですの?」


 杏に再び問うた美津子は、その杏が再び渋面をつくるのを見た。


 「ごめんなさい。やっぱりいいですわ。なんとなく想像がつきました」


 杏に詫びをいれて再び聖子に目をやる。

 再び乾いた音がこだました。






 「基礎的な護身術を身につけ、さらに銃を扱えるようになってもらいます」


 山本連合艦隊司令長官からのお願いの形をとった実質的な命令だった。

 山本長官によれば彼女ら三人はすでに連合国側の要人リストに入っている可能性が高いという。

 要はお尋ね者だ。


 「私は料理ができるから包丁が扱えるし、聖子ちゃんはドSだからムチが使えます。だから私たちに銃なんて要りません」


 誰よりも心優しい杏が殺人兵器を手にすることに拒絶を示したものの、実際に以前にも襲われたことがあったし、それが今後二度と起こらないという保証はどこにもない。

 そのうえ、自分で自分の身を守るのは海軍士官として当然のことという山本長官と、銃器の扱いは乙女のたしなみといってはばからない美津子による挟撃を受けては杏としてもどうしようもなかった。

 一方の聖子はといえば、銃を持つことに積極的ではなかったものの、だからといって以前の事件のような「怖がり損」もばかばかしいと思っていたのでわりとあっさりと山本長官の要請を受け入れた。


 そして今日、三人娘は海軍の射撃訓練所にやって来ていた。

 その三人娘に対し、今度こそは手取り足取り銃の扱いを教えることができると思っていた射撃教官は、だがしかしまたしてもその野望を打ち砕かれた。

 以前に美津子が来たときは、自分と同等かそれ以上の腕を持つ彼女に対し、射撃教官は何もやることがなかった。

 だが今回、事前リサーチによって美津子を除く二人はともに銃に関しては素人だということが分かっている。

 そして、実際に目にした二人の巫女は美津子に負けず劣らずの美人だった。

 しかし、当の二人はといえば、最初から気心の知れた美津子に教えてもらうつもりだったらしい。

 そのことを伝えられた射撃教官は、それならば一人が美津子に、もう一人が自分から教われば効率的だと提案する。

 なんとしてでも美人に手取り足取り教えたい。

 そのやりとりを聞いていた美津子は少し考えて、男性と女性では体のつくりや何より力の差が大きいから、やはりここは自分が二人を教えた方がいいでしょうと言って射撃教官に丁寧に詫びの形をとった拒絶の意志表示をした。

 射撃教官の野望はまたもついえたのだった。


 杏と聖子に支給された銃は「ワルサーPPK」だった。

 美津子はしきりに自分と同じ「ワルサーP38」を勧めたのだが、それを手にした杏と聖子は「重すぎる」と言ってもっと軽いものにしろと要求、結局「ワルサーPPK」に決まった。

 探せばもっと軽い銃はいくらでもあるのだが、信頼性を考えると「ワルサーPPK」あたりの重さの銃が妥協点だった。






 聖子の放った二発目の銃弾は的にすら当たらなかった。


 「おかしいな?」


 そう言いながら、聖子は三発目、四発目を放つ。

 やはり当たらない。

 美津子と射撃教官がほっとしたように息を吐く。


 「ねえ美津子、ひょっとしてこの銃壊れた?」


 そんな後ろの二人の様子を知ってか知らずか、五発目、六発目も外した聖子は不満げに美津子に疑問を呈する。


 「いいえ、壊れていません。これが聖子さんの今の実力です」


 「えーっ、最初の一発目は当たったじゃない。その時点で銃が壊れたのよ」


 予想外のダメ出しに聖子は銃のせいにして抗議する。

 こういう子には百聞は一見に如かずが一番効果的だということを知る美津子は聖子の銃を借りて発射。

 ど真ん中よりほんのわずかに右にそれたが、それでもふだん使い慣れていない銃の射撃成績としては破格といっていい腕前だった。

 びっくりしている聖子に美津子は優しく真実を伝える。


 「えっと、英語じゃなくて日本語で言うと・・・・・・そう、初心者の幸運です」






 それでも初弾命中の実績にこだわり、的を外しまくる現実に納得できない聖子はその後も銃を撃ちまくった。

 射撃教官が美津子に対して「いいのですか」という表情を向けたが、美津子はにっこり笑って「いいのです」という無言の意志表示を返した。

 射撃に夢中になっている聖子はそんな二人のやりとりには気づかない。

 だから、撃てば撃つほど自身が火薬や硝煙のにおいにまみれていくことに聖子は気づかなかった。

 そのことを美津子が教えなかったのは、以前トイレのことで聖子にいじられていたからだ。

 美津子のささやかな復讐だった。

 その日の夜、聖子はいつもよりとっても長風呂だった。

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