撃つの巫女

第19話 海外流出の巫女

 どこでどうやって入手したのか、イタリア艦隊の将兵には一枚の紙とともにある写真が配られていた。

 兵士によっては、すでに何かに使用されたのか一部変色しているものもある。

 そこに写っているのは三人の娘。

 温かみを感じさせる妖精のような少女。

 怜悧さ漂うクールビューティー。

 そしてセクシーダイナマイト。

 ポーズを決めた三人は、どこか現代人離れした雰囲気がある。

まるで異星人かあるいは未来人のような美しさを湛えている。

 そして、紙にはこう記してあった。


 「写っている三人の女性はそのいずれもが日本の巫女だ」

 「マルタ島を陥とし、スエズ打通がかなえば日本の巫女たちとの交流が可能となるだろう」

 「そして、今次作戦において戦功を挙げたものは、軍の経費で日本への旅を提供する」


 このことに、イタリア海軍将兵はおおいに奮い立った。

 ふだんならかすりもしない対空砲火は立て続けに英軍機を捉え、次々に海面に叩き落していく。

 それは、これまでのイタリア艦隊とはまったく違う別の艦隊だった。

 英軍機を排除したイタリア艦隊の艦艇は我先にとマルタ島へ突撃を開始した。

 日本の巫女に突撃する夢と希望を乗せて。


 数日後、マルタ島は陥落した。






 イタリア統領のムッソリーニはご機嫌だった。

 インド洋を日本海軍によって封鎖され、イタリア海空軍によってマルタ島を失陥した英エジプト軍は完全に補給を断たれた。

 そして、今ある弾薬や糧食が尽きればエジプトの英軍は戦う力を失う。

 そうなればスエズは放っておいても陥ちるだろう。

 それは欧日交通路が開通されることを意味する。

 そうなったあかつきにはあの日本の巫女を招待して熱い抱擁を交わすのだ。

 そして、イタリアに来てもらうならこの娘がいいなと、統領は三人の中で一番抱き心地のよさそうなダイナマイトバディの娘の写真をねめつけた。






 「すばらしい」


 東洋艦隊を壊滅させて英首相を崖っぷちに追い込み、米機動部隊による帝都空襲を阻止して米大統領を窮地に追いやった。

 そして、先日は豪州の鼻先で米空母二隻を撃沈して豪首相を恐怖のどん底に叩き込んだ。

 わずかひと月たらずの間に一気に連合国三首脳の心胆を寒からしめたのだ。

 それも、たった三人の巫女が。

 すばらしい、すばらしいではないか。

 このような素晴らしい巫女を日本に、しかも三人も置いておくのは戦争資源の無駄遣いというものだ。

 是非、ひとり第三帝国に来てもらおう。

 出来ればこの娘がいいな。

 予自らの手でその大きな胸に柏葉付騎士鉄十字章を・・・・・・

 ドイツ総統もやはりそうとうなおっさんだった。






 「結局、この娘たちの予知能力が東洋艦隊を壊滅に追い込んだというのか」


 チャーチル首相はポーズを決めまくる不思議な衣装の娘たちが写った写真に目を落とす。

 日本人離れした、現代人離れしたプロボーションとそして美しさを併せ持った三人の娘たち。

 まるで二一世紀の未来から来たかのような、何か得体のしれない不思議な魅力を湛えたその姿。

 そう、得体の知れない何か。

 同時にチャーチル首相の生粋の戦争屋としての勘が警鐘を鳴らす。

 この娘たちこそが連合国が危機に陥ったそのすべての元凶なのだと。


 「どのような手を使っても構わん。巫女を捕らえろ! そう、彼女らこそが連合艦隊の要だ!」


 イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない。

 それは相手が少女や幼女であっても例外では無かった。






 「副首相、君の好みの娘を当てようか」


 同志書記長はそう言って、整った顔立ちの中にまだ少しあどけなさが残る娘の写真を指差す。


 「さすがです、同志書記長。ですが、どうして私の好みが分かったのですか」


 お愛想一〇〇パーセントの返事をしつつ、副首相は写真に写った杏を品定めする。

 顔は余裕で合格、胸の主張が少々強すぎるのは減点だが、それ以外はほんとうに素晴らしい。

 あと一〇歳若ければ完璧だっただろう。

 副首相の言葉に、そんなもの知っていて当然だろうと言った表情を返し、それを返事に変えた同志書記長は続ける。


 「私はこの娘がいいな。すごく私に近い何かを感じる。きっと良い娘だ」


 同志書記長が指さしたのは三人の中で腹黒さナンバーワンの聖子だった。






 「つまり、帝都奇襲が失敗したのは、この巫女たちの予知能力のせいだと君は言いたいのか」


 米大統領はキング海軍作戦部長をにらみつける。

 この二〇世紀も半ばに差し掛かろうかという時代に、非科学的なことはなはだしい。

 だが、傲岸不遜が服を着て歩いているような作戦部長は大統領の非難の視線には全く動じない。


 「帝都奇襲作戦における機密保持は完璧でした。他に理由は考えられません」


 「あれは日本のプロパガンダだ。自分たちに神秘の力があると我々に思い込ませるためのくだらん猿芝居だ」


 「ですが、英国が巫女を獲得すべくすでに動きを見せています。ドイツやイタリアならともかく、あの国が証拠や根拠も無しにそのようなことをするでしょうか」


 米大統領はじっと作戦部長を見据える。

 先を続けろということだ。


 「以前、日本陸軍の参謀が件の巫女を拉致しようとした事件がありました。

 報道ではスケベ参謀が美しい巫女を自分のものにしようと画策したというものでしたが、実際は違います。参謀は巫女の予知能力を知っていたのです。そして、それを欲して事件を起こした。これは複数の情報源から裏が取れています」


 「もし、それが事実なら我々はこれからも裏をかかれ続けることになるぞ」


 「そうです。それが帝都空襲作戦失敗の理由です」


 自信ありげに明言する作戦部長の態度から、米大統領は考えを改める。


 「予知が出来る巫女を確保することは可能か? いや、たぶん無理か。先の事が分かるのであれば」


 「そうでもありません。陸軍の参謀は巫女の確保にこそ失敗したものの、巫女もかなり危ない状況に陥っていたとのことです。予知も万能ではないということでしょう」


 巫女もまた万能の存在ではない。

 そのことを聞いた米大統領の目の奥が光る。


 「できるか?」


 「困難ではありますが、やってみる価値はあるかと」






 外務省からの要請を受け、山本連合艦隊司令長官はうなっていた。


 ドイツとイタリアが現在進めているスエズ打通作戦が成功したあかつきには是非、巫女の一人を派遣してほしいと言ってきたのだ。

 おそらく日本のドイツ大使館やイタリア大使館の職員が本国に彼女らのことを報告したのだろう。

 最近でこそ下火になりつつあるもののインド洋作戦以降、メディアで巫女が話題にならなかった日は皆無といってよかった。

 軍機を理由に写真掲載こそ許可していないものの、例の写真の流出によって市中にも出回りはじめたことから、ドイツならびにイタリア大使館は間違いなくその写真を入手しているはずだ。


 だが、ドイツやイタリアに巫女を派遣する気はさらさらない。

 すでに予知能力を使い果たしたと言う彼女らがドイツやイタリアに行ったところで何の貢献もできるはずがない。

 かと言って、巫女の予知能力が枯渇しましたと正直に話せば、間諜を通じて間違いなく連合国側にその事実が伝わるだろう。

 それはそれで面白くない。

 それに、彼女たちは戦争終結のための重要な柱だ。

 その資金力、人脈、どれをとっても講和派で右に出る者はいない。

 そして、何よりも貴重なのは彼女らの知恵だ。

 こればかりは他の者には置き換えることができない。


 山本長官はため息をつき、もう一枚の書類に目を通す。

 それはドイツとイタリアからの非公式の要請だった。

 両国ともに「可能であれば美津子をお願いしたい」とある。

 総統も統領もそろいもそろってそっちの趣味か。

 まずもって分かりやすい。

 山本長官はふたたびため息をこぼす。

 杏はともかく聖子にだけはこのことを知られる訳にはいかないと。


 またひとつ、知らなくてもいいよけいな秘密を知ってしまった山本長官は、ライターでその紙に火をつけるのだった。

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