第18話 荷造りの巫女

 「やはりあの脚の速さは魅力だ。『赤城』と『加賀』、それに高速戦艦を外し、『蒼龍』と『飛龍』、それに『翔鶴』ならびに『瑞鶴』と組ませて三三ノット以上の艦で構成された超高速機動艦隊を編成、太平洋を縦横無尽に暴れまわらせる」


 「いや、一個艦隊だけでは戦術的柔軟性に欠ける。ここは鹵獲空母二隻は『翔鶴』ならびに『瑞鶴』と組ませる。

 それに『赤城』と『蒼龍』、さらに『飛龍』と『瑞鳳』ならびに『祥鳳』で一個艦隊を編成。

 さらに『加賀』と二隻の大型貨客船改造空母に加え『大鯨』と『龍驤』を組み込んだ空母艦隊をつくり、全体で七〇〇機を超える三個航空艦隊をもって太平洋を押し渡ればいい」


 本土東方沖海戦で鹵獲した空母「エンタープライズ」と「ホーネット」の二艦の傷が思いのほか浅く、両艦ともに年末までに戦力化が可能という艦政本部からの報告を受けた参謀たちの喜々とした討論に山本連合艦隊司令長官は無邪気なものだと呆れてしまう。

 自分の配下の参謀らは、空母という大物に幻惑されて本質をまったく見ていない。

 山本長官は本土東方沖海戦が終わった後で、米機動部隊による本土奇襲を予知してくれた三人の巫女に礼を言うために彼女らが住む洋館を訪ねた。

 そこで彼女らに言われた言葉が今も印象に残っている。


 「鹵獲した二隻の空母よりも駆逐艦の方を重点的に分析してください」

 「小型軽量化され、駆逐艦のような小型艦でさえいくつも積むことができる高性能の高角砲とその射撃指揮装置」

 「日本のものよりも高性能な聴音機とソナー、それに爆雷といった対潜装備」

 「駆逐艦という限られた容積の艦にも余裕でおさまる各種の充実した被害応急設備」

 「同じ馬力なら日本のそれよりも大幅に小型軽量化された信頼性の高いボイラーとタービン」

 「高性能で信頼性と堅牢性の高い無線通信機と、それらの機器の稼働率や整備性を向上させる防錆や防水といった周辺技術、それに電装系全般」


 さらに、彼女らは魚雷の炸薬についても調査分析するよう言っていた。

 魚雷そのものの性能は酸素魚雷の日本のほうが上だが、こと炸薬に関しては米国の方が圧倒的に上なのだと。

 そのすべてが彼女らの言った通りだった。

 参謀らが雑艦と言って軽視している米国の駆逐艦にこそ、米国の真の恐ろしさが詰まっていた。

 魚雷以外の装備は米国の方が明らかに一枚も二枚も上手だ。

 ものによっては日本は数年は遅れている。

 対空戦闘能力や対潜戦闘能力ははっきり言って月とすっぽんだ。

 それら貴重な示唆を与えてくれた彼女らは今頃何をしているのだろうか。

 そして強く思う。

 今目の前にいるのが編成ごっこに興じている馬鹿参謀連中ではなく、彼女らだったらどんなに心強くてしかも楽しいのだろうかと。





 山本長官が夢想する三人娘は、今は引っ越し作業の渦中にあった。

 段ボールにガムテープではなく、海軍が用意した木箱にせっせと私物を収めていく。

 もともと、この時代に長居するつもりは無いので、三人とも荷物はさほど多くは無い。


 「わずか数カ月だったといはいえ、なんだかすごく愛着を感じる家でしたわね」


 美津子が手を動かしながらしみじみと語る。

 杏や聖子は、平成あるいは令和の時代には豪邸に住んでいた美津子のことだから、さぞ窮屈で辛かったのでないかと思っていたが、存外そうでもなかったらしい。


 「確かに部屋は狭いですが、誰の目も気にせずにのびのびと出来ましたから窮屈だなんて思ったことは一度もありませんわ。むしろ前の家の方が他の方の目もあって気づまりでした」


 聖子は思う。

 そういえば、こちらの時代にやってきたころは美津子は起きてるときも寝る時も折り目正しい服装でいたが、最近は暖かくなってきたこともあってか家の中にいるときはかなりラフな感じだ。

 杏と聖子しかいないときは平気で胸元をはだけさせるようになったし、脚も平気で露出させている。

 そのときの美津子は、女の聖子から見てもめちゃめちゃエロい。

 その時の姿を写真に撮って売ればミリオンセラー間違い無しだろう。

 となりでちり紙を売れば、それこそ飛ぶように売れるのではないか。

 あるいは令和の時代だったら別のいい商売が出来たかもしれない。


 杏は気づく。

 美津子を見ている聖子の目が少しばかりエロモードに変わっていることを。

 またよからぬ想像か妄想をかきたてているのだろう。

 あるいは美津子をだしにした商売でも思いついたか。

 杏は思う。

 潔癖症と言っていいくらいのきれい好きの美津子ちゃんもこの半年余りで昭和の衛生概念にずいぶんと慣れた。

 人に頼りがちだった自分も、この時代に来てからは結構自立心がついたと自負している。

 しかし、聖子ちゃんのエロさは令和の時代から不変だ。

 どんな状況になろうと、どれほど時代が変わろうとそれは微塵も揺るがない。

 毎晩、壁越しに聞こえてくる嬌声がそれを証明している。

 ひょっとしたらこれが聖子ちゃんの強さと肌がつやつやの秘訣なのかもしれない。

 決して真似などするつもりはないが、後学のためにしばらくの間、聖子ちゃんの立ち居振る舞いを観察しておこう。

 美津子への思いと違い、聖子に対してたいへん失礼な誤解をしたまま杏は引っ越し作業を続けるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る