それぞれの艦隊
第29話 任務部隊
「敵機動部隊を撃滅した後、可能であれば巫女を確保せよ」
無理難題を通りこした太平洋艦隊司令部からの命令に第一八任務部隊司令官は頭を抱えていた。
第一八任務部隊司令官は自軍の戦力を正しく認識している。
空母はわずかに「サラトガ」と「ワスプ」の二隻だけ。
両艦は搭載機こそ先の珊瑚海海戦で乗艦を撃沈された「ヨークタウン」や「レキシントン」の生き残った搭乗員をかき集めたことで十分に定数を満たしているが、それでも一六〇機に届かない。
ミッドウェー島の航空戦力も一五〇機と数はそれなりだが、その内容はと言えば、寄せ集めの部隊でしかなかった。
特に頼りにしていた戦闘機隊の実情はと言えば、それはもう悲惨の一言だ。
F4Fワイルドキャットは従来の倍以上に増勢されたと聞いていたが、それでもその数はわずかに一八機でしかなく、残りは旧式のF2Aバファッローが二〇機あるだけだった。
これでは島の飛行場を守るのに精いっぱいで、空母部隊へのエアカバーの提供などとうてい不可能だろう。
艦艇の数も全然足りていない。
帝都奇襲失敗や先の珊瑚海海戦での敗北に加え、インド洋の制海権を失ったことで危機に瀕した英国救援のために少なくない艦艇を太平洋から大西洋に回したからだ。
そのことで太平洋艦隊の実働戦力は激減、その影響は第一八任務部隊にも及んでいる。
第一八任務部隊司令官の手元にあるのは空母を除けばわずかに巡洋艦が六隻に駆逐艦が一六隻、それに新鋭戦艦の「ワシントン」と「ノースカロライナ」の二隻だけだった。
わずか二六隻の手勢で強大な日本艦隊と対峙しなければならない。
その日本艦隊は、太平洋艦隊の分析によれば八〇隻程度の戦力でミッドウェーに向かっているという。
単純な数だけで言えば三倍の戦力差だ。
しかし、空母は「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「飛龍」が日本の本土にあることが確認されており、残る有力空母は「赤城」と「加賀」、それに「蒼龍」の三隻だけだという。
「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「飛龍」については先の珊瑚海海戦による被弾や航空隊の損耗が激しくて今作戦の参加を見送ったものと考えられている。
他には「龍驤」と「瑞鳳」、それに「祥鳳」の三隻の軽空母があるが、補給部隊にも空母が確認されているので、敵の機動部隊は空母が五隻でその搭載機数は二五〇機から二七〇機程度ではないかと見積もられていた。
戦艦はインド洋と南方戦域に「伊勢」と「日向」、それに「山城」と「扶桑」の四隻が、さらに日本本土に「長門」と「陸奥」があることが分かっている。
ミッドウェーに向かっているのは最大でも「金剛」型の四隻と未知の新型戦艦の合わせて五隻のはずだった。
それでも、空母も戦艦も自軍の倍以上。
こちらが勝っているのはミッドウェーの基地航空隊と母艦航空隊を合わせた航空機の数だけだ。
だから第一八任務部隊司令官は太平洋艦隊司令部から「空母以外は狙うな」と厳命されている。
圧倒的に優勢な日本の艦隊を撃退するためには、敵の枢要を一突きにするしか方法はない。
もともと太平洋艦隊司令部はミッドウェーを放棄する計画だった。
ミッドウェーを日本軍に奪われれば、ハワイの米軍の活動はそれなりに掣肘を受けることになるが、しかしそれだけだ。
一方の日本軍はミッドウェーという小島を占領できる代わりに大量の物資と時間を浪費することになる。
そのうえミッドウェーの維持も日本にとってはたいへんな負担となるだろう。
太平洋艦隊は日本本土とミッドウェー間の延びきった補給線を叩くだけでいい。
そうすることで、ミッドウェーの日本軍は放っておいても立ち枯れる。
戦わないことのメリットは大きかった。
だが、一人の巫女の存在が太平洋艦隊のその合理的なはずのプランを根底から吹き飛ばしてしまった。
立て続けの作戦の失敗と相次ぐ枢軸国の宣伝戦略によって窮地に立たされた米大統領はミッドウェーの死守を厳命、さらに巫女を捕らえるように言ってきたのだ。
米海軍も、作戦部長のネトリや将兵の男色といったことについて国民から疑惑の目を向けられており、そのような時期に重要拠点であるミッドウェーを戦わずに放棄して逃げるということは、とても許されるような状況ではなかった。
ミッドウェーで戦うことに最後まで反対していた太平洋艦隊司令部も、結局は指揮命令系統の上位部門からの命令には抗いきれず、第一八任務部隊をミッドウェーに送り込まざるを得なくなった。
第一八任務部隊司令官からしてみれば、大統領も海軍上層部も血迷ったとしか思えない。
航空機の数はなるほど日本艦隊に勝っているのかもしれないが、実態はただの寄せ集め集団だ。
そのうえ、可能であればの但し書きがつくとはいえ巫女を確保しろなどとは無茶を言うにもほどがある。
「巫女よ、なぜ貴女はこのような太平洋の辺境にまで出張ってきたのか」
第一八任務部隊司令官はこの日何度目かになる苦悩に満ちた呪詛を吐いた。
同じころ、件の巫女は寝床でごそごそしながら煩悩に満ちた吐息を吐いていた。
(ご参考)
サラトガ F4F三六機 SBD三六機 TBF一五機
ワスプ F4F二七機 SBD三六機 TBF九機
ミッドウェー基地
F4F 一八機
F2A 二〇機
SBD 三二機
TBF 一四機
B26 一二機
B17 一八機
カタリナ 三六機
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