連合艦隊の巫女

蒼 飛雲

連合艦隊の巫女

巫女との遭遇

第1話 異変


 波留聖子(はる・せいこ)と新居美津子(にい・みつこ)、それに須古杏(すふる・あんず)の三人は学内では割と名の知れた女子大生トリオだった。

 彼女たちの通う大学は京都にあり、関西一の超難関大として有名な一方でリベラルな校風と生徒の自主性を重んじるスタンスの学校でもあった。

 そこに通う彼女たちは学業のかたわら「割のいいバイト」としてキャンパスの近くにある喫茶店でバイトをしている。

 その店は学生街の中にありながら、その実態としては秋葉原や日本橋によく見られるコスプレ喫茶であり、実際彼女ら三人も日替わりでアニメやゲームに登場してくるキャラになりきって接客に勤しんでいる。

 地頭もよく、容姿も抜群でそのうえコミュニケーション(猫かぶり)上手な彼女たちはあっという間に店でトップの人気を博すようになっており、彼女らを目当てに連日のように男子学生が押しかけていた。


 「七十二時間働いて十七万二千八百円か。まあ、たいして通勤に時間がかからないからバイトとしては割がいいほうだけど、それでもキャバクラで男どもに貢がせている娘たちの足元にも及ばないわね」


 明細書をもらったばかりの聖子が従業員控室で先月の戦果を確認するとともに、いつも通り余計な一言を吐く。

 その聖子のあまり品のよろしくない一言を聞いた美津子はまたかとばかりに嘆息する。

 この時代、時給二千四百円というのは破格だ。

 彼女たちがこれほどの高額バイト料をもらうのは、聖子や杏、それに美津子目当ての客が殺到していること、それと彼女たちの客捌きが非常に巧みで客一人あたりが落としてくれる額、つまりは客単価が高いことによって店が潤っていることが大きい。

 そのうえ同業他社が三人の引き抜きを図っているという噂もあり、彼女たちをつなぎとめておくためにも高額時給単価は店にとっての必要経費でもあった。

 だがしかし、そんな恵まれた環境であってさえ根ががめつい聖子はさらに稼ぎのいいキャバ嬢にジョブチェンジしたいらしい。


 一方、小さい頃からお嬢様教育を叩き込まれたことでいささか貞操観念が古風な美津子からすれば、聖子のそのような考え方はとてもではないが理解できなかった。

 その美津子は庶民出の聖子や杏と違って芦屋の山の手のまごうことなきお嬢様であり、経済的にも恵まれているから本来であればバイトなどする必要はなかった。

 そもそもとして、京都の大学に通う際も両親は護衛付きのリムジンによる送迎を勧めるほどの家柄なのである。

 だが、美津子はこれを固辞して聖子や杏と同じ学生向けのワンルームマンションで暮らしている。

 これは聖子や杏の生き方に触発されたことが大きい。

 聖子や杏は学費こそ親に出してもらっているが、一方で生活費や小遣いは自身で稼いでいた。

 そんな生活力抜群の二人を目にしたことで、美津子もまた自身の心の奥底に眠っていた独立心が首をもたげ、難色を示す親を説得して彼女もまたバイトに精を出すことにしたのだ。

 だがしかし、世間慣れした聖子や杏と違って美津子は高校時代でさえアルバイトを経験したことが無い。

 そこで、かねてから仲の良かった聖子と杏にバイトの相談をしたところ、コスプレ喫茶に誘われたのだった。


 「バカな男をだますための仮装をするだけよ」

 「衣装代は店持ちだから、タダでコスプレが出来るよ」


 聖子や杏が吐いた言葉をさほど深く考えず、美津子はコスプレ喫茶で働くことになったのだが、まさかそのコスチュームが肌の露出が多いものだということは計算外だった。

 バイトを始めた頃、「あんた向けの割の良いバイトがある」という聖子の甘言に乗った世間知らずの自分の浅はかさを恨んだものの、一方ですぐに辞めるというのも業腹なので美津子はそのままバイトを続けている。

 そして、慣れというものは怖いもので、今では見知らぬ男どもの熱い視線にさらされてもさほど気にすることもなくなっていた。


 「聖子ちゃんが金に汚いのは昔からだよ。でも、ほんと聖子ちゃんて金のためなら何でもやろうとするよね」


 ため息をつく美津子の横で杏が苦笑する。

 聖子と杏は幼い頃からの知り合いで、杏いわく幼馴染、聖子いわく腐れ縁の長い付き合いだ。

 悪友からキャバクラの稼ぎの良さを聞きつけた聖子がその業界に足を突っ込もうとしたとき、体を張って止めたのも杏だった。

 そのことで、どうすればあの聞き分けの無い強欲暴走機関車の聖子を止めることが出来るのか、疑問に思った美津子が杏に尋ねたことがあった。

 その時、杏はただあいまいに笑い、一緒にいた聖子は顔を青ざめさせていた。

 二人のただならぬ様子に美津子はこの件についてはそれ以上問い質すことをやめた。

 その杏だが、彼女はキャバ嬢に走りかけた聖子にそれに代わるバイトとしてコスプレ喫茶を紹介した娘であり、加えて重度のアニメおたくでもありコスプレ好きでもあった。

 だから、杏にとってコスプレ喫茶は趣味と実益を兼ねた天職でもあり、大好きな聖子や美津子とも一緒に過ごすことが出来る大事な居場所でもあった。


 そんなどうでもいいような平和な日常の中、異変は唐突に起こった。

 休憩時間に談笑していた三人娘の周囲、つまりは控室の壁や天井、それに床がいきなり膨大な光に包まれたのだ。






 次の瞬間、視界は一変していた。

 聖子と美津子、それに杏は何やら鉄に囲まれた殺風景な部屋の中心でソファではなく椅子に座っていた。

 その椅子も、バイト先の座り心地のいいクッションの効いたものではなく、機能性重視の武骨なものだった。

 その三人の目の前には、小柄で丸刈りのおじさんが座っていた。

 おじいさんというには微妙に若い。

 その表情は読み取るまでもなかった。

 びっくりしているのだろう。

 目を見開き口は半開きだ。


 「ここはどこですか? おじさんは誰ですか?」


 おじさんが口を開く前に杏が先に声を掛ける。

 乙女が年上男性に主導権を握られないようにするには先制口撃はかなり有効な手段だ。


 「ここは戦艦『長門』の司令長官室だ。私は山本大将。連合艦隊司令長官だ。

 で、私からも質問させてほしい。あなた方は神の使いなのですか? どこからどうやってこの『長門』に乗り込んだのですか」


 ショックから立ち直り途上のおじさんがなんとか言葉を紡ぎ出す。

 三人は互いの衣装を確認しあう。

 今日の三人は某人気ゲームの軍艦を模した少女のコスチュームをまとっていた。

 そのゲームは世に出てからすでに十年が経とうとしているが、それでもいまだに根強い人気を維持しており、コスプレ喫茶でも毎週金曜日は週替わり特製カレーとともにバイト娘は軍艦の衣装を着るのがお約束となっていた。

 そして、聖子と美津子、それに杏が今着ているのは軍艦と巫女装束の融合とでもいうようなデザインで、見方によってはなるほど軍艦の神が遣わした使者のように見えなくもない。

 男性客を取り込むために露出が少々いき過ぎていることを除けば、だが。


 一方、目の前のおじさんの吐いた言葉で日本屈指の頭脳を持つ三人の女子大生は一瞬で現状を整理、理解する。

 そのことで一瞬血の気が引いたが、それでも泣いたりわめいたり、パニックになるようなことはない。

 理性でもって感情をねじ伏せるのはいつものことだ。

 そうでなければ海千山千の連中が集まる超エリート校でのまともな学生生活など望めるはずもない。

 感情をコントロールすることすら出来ない愚か者は、そこの世界ではもはや相手にされない。

 三人は頭の中でこれから自分たちが取るべき最善の行動の計算を始める。

 元の世界に戻れる方法は必ずあるはずなのだと信じて。

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