第15話 巫女の流出写真

 「あちゃー。やっぱり流出しちゃったかぁー」


 聖子が言うとあやしいものに聞こえるが、彼女が「流出」と言っているのは海軍内だけで販売されているはずの自分たちの写真のことだ。

 売り上げの一部を戦死した将兵の遺族や戦争孤児におくることを条件に三人娘が撮影を許可したもので、いまだに店頭に置くたびにあっという間に売れ切れるという超人気商品だ。

 信心深い将兵には霊験あらたかなお守りとして、若い将兵には実用品として使えるそれは、帝国海軍一の売り上げをほこる万能の逸品でもある。

 トイレットペーパーの消費激増に悩まされるという思いがけない副作用はあったものの、それを補ってあまりある副収入を帝国海軍にもたらし、さらにいささか方向性は違うが綱紀粛正にも好影響を与えているという。


 ところが、最近ではその写真が海軍だけでなく、陸軍にもかなりの数が出回っていた。

 そのことで最近、陸軍から海軍に対して巫女たちの写真を陸軍でも取り扱わせてほしいとの要望がきているという。


 「流出」については最初から予想されたことだった。

 令和のネット文化に慣れ親しんできた彼女らにとって、転売やオークションといったものはなじみが深い。

 欲しがる者がいれば定価で買ったものに相当イロをつけても売れるものは売れる。

 まして海軍限定で、しかも一般に出回っていないものであればなおさらだ。

 かなりのプレミアムがついているのではないか。

 三人娘もいちおうは海軍の関係者に対し、くれぐれも「流出」無きように取り計らうよう依頼はしていたが、完全にそれを阻止できるとも思っていなかった。

 「ギンバイ」といった窃盗や、「しごき」といった私的制裁あるいは暴力が当たり前にはびこる帝国海軍においてモラルを期待するほうがどうかしている。

 それよりも驚いたのは、販売してから「流出」までのタイムラグがほとんど無かったことだ。

 おそらく、海軍にも目端の利く人間がいて、転売で利益をあげる最高の機会だと捉えた者が少なからずいたのではないか。

 それくらい、巫女の写真は所有欲をそそられるものだった。


 「聖子ちゃんが流出って言うとなんかAV女優のクレームみたいだねー」


 聖子の言葉に杏はそう言ってにっこりと笑う。

 この時代に来てからというもの、聖子は欲求不満の反動なのかエロい失敗をいくつかやらかしている。


 「で、やっぱり美津子のが一番流出しているの?」


 杏の冷やかしに獰猛な微笑を返しつつ、聖子は一番気になっていることを美津子に尋ねる。

 聖子は海軍内における「美津子の写真一枚と自分の写真二枚が等価」という屈辱の交換レートを忘れていない。

 聖子は男が絡む話だと妙にこだわりを持つ癖があった。


 「さあ、どうなんでしょう」


 聖子と違ってあまり下ネタやエロネタに興味がない美津子は首をひねる。


 「でも、流出の原因でしたら何となく察しがつきますわ。この時代の男の人の楽しみは飲む打つ買うでしたわよね。

 たぶん、酒や博打、それに女で身を持ち崩した方が大勢いらっしゃるのではないでしょうか。そういった方々がやむにやまれず転売に手を出したような気がします」


 個人が楽しむ手段が多様化した令和の時代でさえ、パチンコやキャバクラなどで身を持ち崩す人間は少なくないと美津子は聞いている。

 まして、娯楽の少ない昭和の時代だ。


 「で、どうなさるおつもりなのですか」


 美津子が聖子に問いかける。

 その件で今日、山本長官が謝罪を兼ねて訪ねてくるのだ。

 言われればこちらから出向くのに、なぜか多忙を極めるはずの山本長官は何かと理由をつけてはこの家に来たがる。

 そんなに居心地がいいのだろうか?


 「それなんだけど、善処してくれとかいった、ありきたりの言葉しか思い浮かばないんだよねー」


 「じゃあ、こういうのはいかがでしょうか」


 打つ手なしといった風情の聖子に、美津子は自身の腹案を語り始めた。






 「流出の件について、まずはお詫びしたい」


 山本長官が三人娘に頭を下げる。


 「あまり流出、流出と言わないでほしい」


 AVを知らない山本長官の口から吐き出される流出という言葉に三人娘は心の中で抗議をする。

 そのような三人娘の胸中など知る由もない山本長官は先を続ける。


 「どうも陸軍は今後、戦死した将兵の遺族について海軍と陸軍とでその補償に格差がつくことを危惧しているようなのです」


 巫女の写真の利益が補償に上積みされる海軍の遺族とそうでない陸軍の遺族。

 戦争において、あとに残した家族の将来のことを心配しないで戦えるかどうかは、士気におおきくかかわってくる。

 陸軍が気にするはずだ。


 「それで、山本長官はいかがお考えなのでしょうか」


 美津子が先を促す。


 「海軍としては陸軍の申し入れに反対する理由は無いのですが、ただ、あなた方は陸軍の某参謀に拉致されようとしたことがあったでしょう。ですので、あなた方の心情を優先して、どうするかはお三方の判断にお任せしようと考えています」


 山本長官としても陸軍に対しては思うところがあるのだろうが、このようなことで事を荒立てる必要は無いと考えているのだろう。


 「じゃあ、写真の販売を許可する代わりに、海軍と陸軍との間で交わされた取り決めの中で海軍に不利なお話について再交渉を持ちかけてみてはいかがでしょうか。たとえば南方の石油資源の配分とか」


 美津子の言に、山本長官はううむと唸る。


 陸軍と取り決めた南方の石油資源の配分については従来から海軍内でも大問題になっており、何度も陸軍に再交渉を持ちかけたが、陸軍は頑として取り合ってくれない。


 「それに、陸軍さんにはずいぶんと大きな貸しがあります。今回は譲歩してくださる余地がおおいにあると考えますが」


 美津子が「貸し」だというのは陸軍某参謀の拉致未遂事件以外にもうひとつあった。

 フィリピン戦における米軍捕虜移送への支援だ。

 当時、米機動部隊によるマーシャル諸島奇襲を予見した実績を持ち、さらにお上ともすでに仲良くなっていた三人娘は山本長官の許可を得て、今後、フィリピン戦で起こる米軍捕虜の大量発生に伴う悲劇の防止をお上に直訴していた。

 万が一捕虜が大量に死ぬことがあれば、米国との講和は一気に遠のくと、そう言って。

 三人娘の真剣なお願いに対し、お上はただちに陸軍に対して万全の対応をとるように指示する。

 また、三人娘もそれまでに特許料で得た全財産でもって大量の食糧や医薬品、果ては中古トラックまで購入して陸軍に譲渡した。

 巫女らに対してはただでさえ拉致未遂事件で負い目を感じているうえに物資援助までしてもらい、そのうえお上から指示をうけたのでは陸軍もそれに従うしかなかった。

 海軍もまたそれらを運ぶ輸送船の護衛に旧式とはいえ駆逐艦をつけるという当時としては破格の防衛態勢をとってくれた。

 こうして後世に「死の行進」と呼ばれるはずだった悲劇は未然にふせがれた。


 美津子の「取り決め見直し」提案に山本長官は愁眉を開いた。

 すばらしいアイデアだ。

 これだから三人娘と会うのはやめられない。

 もちろん、目の保養が一番の目的だが。


 「すぐにでもお戻りになって陸軍との取り決めを今一度洗い直されることをおすすめしますわ」


 礼を言う山本長官に美津子はやさしく微笑む。

 美津子は「さっさと帰れ」を綺麗な言葉でまとめたのだった。

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