第6話 未来からの資料

 一目でそれが女の子が書いたのだと分かるイラストの入った資料を読んだ連合艦隊司令長官の山本大将は衝撃を受けていた。

 航空無線と電探を組み合わせた航空管制の概念とそれに伴う敵味方識別装置の仕組み。

 内部に電探を仕込んだ対空近接信管。

 斜め飛行甲板を持つ空母とその運用の利点。

 ジャイロ機構を用いたジグザグに進む魚雷や、さらに進んだ音響追尾魚雷。

 防振ゴムを利用した潜水艦機関の静音化。

 多弾頭の対潜前投兵器。


 三人娘が自分に持たせてくれた資料の内容は多岐にわたる。

 技術的に今すぐに実用化できるかどうかあやしいものもあるが、将来的にはどれも必要になってきそうなものばかりだ。

 一方で、なぜ今まで気づかなかったと瞠目させられるものも多い。

 空母の斜め飛行甲板など典型だ。

 世界の海軍に一人でも目端の利く者がいれば、とっくに実用化されていたことだろう。

 だが、山本長官が最も衝撃を受けたのは、帝国海軍の艦艇の塗料ならびに電線の被膜が燃えるという指摘だった。

 被害発生時の火災だけでもおおごとなのに、そのうえ艦全体を覆う塗料までが可燃性というのはさすがにシャレにならない。

 もし、これが事実なら帝国海軍は全身に油を塗りたくって戦場に立つようなものだ。

 急いで事実確認をする必要があった。


 それと、今の時点で分かるのは開戦直後のことだけだという但し書きがあるものの、戦争の推移に関しても言及している。

 ・真珠湾奇襲作戦は成功するが、在泊しているのは旧式戦艦のみで肝心の空母は討ち漏らすから今後の対応が必要。

 ・フィリピン作戦は開戦初日に台湾が濃霧に覆われて出撃が遅れるが、逆にそれが奏効し、給油中の米軍機を多数地上撃破できる。

 ・マレー作戦は陸攻隊が活躍し、戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」ならびに巡洋戦艦「レパルス」を撃沈する。


 それらの中で、気になったのはウェーク島攻略作戦だった。

 洋上防空戦力の不足によってこのままでは失敗するから空母「瑞鳳」に戦闘機を搭載したうえでこれを派遣してほしいというものだった。

 そうしなければ、失敗の責任を問われた第四艦隊の井上司令長官が苦境に立たされることになるという。

 山本長官も個人的に第四艦隊の戦力不足は理解していたので、派遣を検討する方向で考える。

 資料には直接の言及こそ無かったが、それでも行間から「役に立たない戦艦のお守りに小型とはいえ貴重な空母を遊ばせておく余裕なんてないでしょう?」という彼女たちの声が聞こえてきそうな文面だった。

 山本長官は大艦巨砲主義者に対する航空主兵主義者の味方を得たようで少しうれしかった。

 それにしても、よくもまあこれを一日で書き上げたものだと感心してしまう。

 たいへんだっただろう。


 「情報料と技術料をはずまねばならんな」


 おととい会ったばかりだというのに、山本長官の中ですでに三人娘は大切なブレーンと化していた。

 一方、山本長官に好印象を植え付けることに成功した聖子と美津子、それに杏の三人はこちらもまた善後策を話し合っていた。


 「オアフ島の重油タンクのことや、それに『エンタープライズ』が攻撃可能圏内にいたことを伝えなくてほんとうによかったのでしょうか」


 美津子が聖子に今さらながらの疑問を投げかける。

 たかが空母一隻で戦争の大勢に影響など出ようはずもないのだが、だがしかしこれが「エンタープライズ」であれば話が違ってくる。

 「エンタープライズ」一隻のためにどれだけ多くの帝国海軍艦艇が沈められ、重要作戦が頓挫の憂き目にあったことか。


 「そこは私も悩んだんだよね。でも、やっぱり開戦劈頭の『エンタープライズ』の撃沈は歴史への影響が大きすぎるわ。これからの予想が出来なくなってしまう」


 「ウェーク島の方は大丈夫なの?」


 こちらは杏が疑問を提起する。


 「ウェーク島はどのみち日本軍が攻略するし、いっちゃあ悪いけど『瑞鳳』が動いたところで歴史に対してさほど影響はないわ。それよりも第四艦隊の井上司令長官の評判を落とさないことが重要よ」


 「そうだね。井上長官は終戦時の海軍のキーパーソンの一人だったもんね」


 「そう。終戦のカギになるのは彼を含めた『海軍三羽烏』。それまで影響力を維持してもらうためにも、彼らには活躍をしてもらわなければならない」


 組織は畢竟人と金と公言してはばからない聖子は軍艦よりも指揮官の性能をむしろ重視している。


 「大丈夫でしょうか。井上長官は戦下手だとか言われたりしていたような気がしますが」


 「戦争はチームプレイよ。周りの参謀がまともな情報を収集できなかったり、まっとうな提案ができなかったりした日にはどんなに優秀な司令長官だって正しい決断なんてできるはずがない。井上長官のことを悪く言う情報なんて気にすることはないわ」


 別の懸念を示す美津子に聖子は心配無いと請け負う。


 「それに、三国同盟に反対したり、米国との戦争を避けようと努力したり、臆病者や売国奴のそしりを受けかねない終戦工作を進めたりと、肝心なところでの判断は正しい。だからウェーク島攻略のようなちんけな作戦で彼の評判や影響力を落とすようなことは避けたいの」


 「聖子ちゃん、女の子がちんけなんて言葉を使っちゃだめだよ。はしたないよ」


 「そうね。華麗で上品な私としたことがごめんあそばせ。じゃあ今後のことだけど」


 「決戦は四月、そして五月ですわね」


 聖子が言葉を区切ったところに美津子が言葉をかぶせる。


 「そう。インド洋作戦、それに本土空襲、それから珊瑚海海戦。この三つを立て続けに完全勝利しない限り先は見えてこない。だからそれまでは歴史への介入は極力避ける。

 山本長官には日本軍が勝つおいしい巫女のご託宣と、あとは被害を減らすための警告を与えるだけ。例えば来年二月のマーシャル空襲とか」


 「それまでどうするの」


 「やることはいっぱいあるわよ。東京への引っ越しと物件探し。特許担当者との打ち合わせ。それに山本長官が紹介してくれる東京で私たちのお世話をしてくれる軍関係者らとの顔合わせとか。

 それに毎日、新聞や雑誌の切り抜きも必要。それらを分析して実際に私たちの時代で得た情報が本当に正しかったのかどうかという検証もしなければならない。そして、その裏で終戦工作のお手伝い。忙しくて目が回る日々が始まるわよ」


 「宿題ばっかじゃん。嫌だよー。アニメが見たいよー」


 泣き言を吐く杏に、聖子は美津子に視線を向けて言い放つ。


 「ねえ杏、美津子だって熟れた身体を持て余しながらもこの男日照りの中を頑張っているんだから、忙しいくらいで泣いちゃだめよ」


 「持て余していません! 変なことを言わないでください」


 聖子のとんでもない事実無根の指摘に美津子が抗議する。


 「恥ずかしがらなくてもいいわ。そんな爆発寸前のボディなんだから体が疼いて仕方がないでしょう。でもしばらくは辛抱してね」


 「いい加減怒りますよ、聖子さん」


 美津子の言葉に聖子は思う。

 彼女を本気で怒らせるのはまずい。

 スピードとパワー、なにより体重に恵まれたお嬢様に真っ向勝負は分が悪い。

 だから、ここはひとまずおとなしくしておこう。

 でも、やっぱり疑問だ。

 美津子のやつ、あんなエロボディのくせして本当に体が夜泣きしないのか?

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