第27話 囮の巫女

 「どういうことなの? 聖子ちゃん!」


 いつもはマイペースでのんびり屋の杏が珍しく声を尖らせる。

 美津子はと言えば、にらみつけるように聖子を見据えている。


 「杏も美津子もMI作戦のあらましくらいはあの口の軽い連合艦隊司令長官から聞いているわよね」


 いつになく真面目に話す聖子に、杏と美津子はただならぬものを感じ黙ってうなずく。


 「連合艦隊は総力を挙げてって言うほどじゃないけど、この作戦にかなりの戦力を投入する。そして迎え撃ってくるであろう米機動部隊を叩く。それも徹底的に」


 聖子は静かに言葉を続ける。


 「でも、果たして米機動部隊は本当に出てくるのか。相手の考え方次第ではミッドウェーを見捨てることだって有りうる。小さな島を一個くれてやるだけで連合艦隊は貴重な油と時間をいっぱい浪費してくれるのだから、米国にとってこんなにおいしい話は無い」


 だが、美津子はそんな聖子の説明に納得しない。


 「ですが、現状分析ではマスコミと国民の批判を受けて窮地にある米大統領に戦いを避ける選択肢は無い、というふうに聞いていますが」


 「そう。私も十中八九、米機動部隊は出てくると思う」


 さらに何か言いかけようとした美津子を制し、聖子は続ける。


 「でも、それじゃあダメなの。百パーセントでなければ。もし、この戦いで米機動部隊が現れずに貴重な物資と時間を浪費するだけの結果に終わったら、次に米機動部隊を撃滅する機会はしばらくの間は望めない。この作戦に成功しようと失敗しようと艦隊を動かすための油は一時的にせよ払底するはず。そうなれば、こちらは基地航空隊しか戦う手段が無いのに対し、一方の米国は基地航空隊と機動部隊の両方で戦える。ミッドウェー作戦の後、開戦以降撃ち漏らした敵空母と油不足のダブルパンチに苦しんだ史実の日本海軍、それと同じ憂き目にあう可能性が高い」


 「つまり、聖子さんは十中八九を百パーセントにするために自ら囮になるというのですか」


 美津子の目つきが厳しくなる。


 「そう。米国は帝都奇襲をはじめとした重要作戦を巫女の先読みの力によってことごとく失敗させられたと思い込んでいるはず。まあ、完全にそう思っているのかどうかまでは分からないけど、それでも巫女が重要ターゲットなのは間違い無い。その巫女が一人とはいえ出張ってくる。もし、そうであるならばその巫女を捕獲したいと思うはず」


 「理屈はそうかもしれませんが、あまりにも危険すぎます」


 「そうだよ、聖子ちゃん。しかもミッドウェーだなんて縁起が悪すぎるよ」


 「でも、もう決めたことだから。それにねえ、私が乗るのは『大和』なんだ。本当は航空戦の指揮を執る『赤城』に乗りたかったんだけど、さすがにそれは危険すぎると言われて認めてもらえなかった」


 安心して、という言葉を言外に置きつつ、聖子は二人に笑顔を向ける。


 「前にこの戦争で米国との講和に持ち込むためにはインド洋作戦と帝都奇襲、それにMO作戦の完全勝利が必須だと言ったことがあると思うけど、実はそれだけでは足りなかった。最初はあの三つの戦いを制したら何とか講和へのきっかけがつかめるんじゃないかと思っていた。けど、甘かった。時期は違うけど、やはり史実通りミッドウェーで勝負しないとどうにもならないみたい」


 「聖子さんがミッドウェーに行くというのは、この戦いの天王山だからという理由だけではなく、自身の言葉に責任を持つためにというのもあるのですか」


 「そんなたいそうなことじゃないわよ。ただ、この戦いが空振りに終われば日本は負ける。そしてそれを避け得る力を持つのは私たち三人の巫女だけ。だから私が行くのよ」


 「だったら、私が行くよ。囮だけなら一番役に立たない私が行くべきだよ」


 杏が悲痛な声で訴える。


 「だめよ、杏。あんたには私が残していく『薄い本』の作画をやってもらわないといけないんだから。あんたも知っているでしょう。あんたが描いた『薄い本』がどれだけ米国だけでなくこの世界に影響を与えているか」


 「あれは聖子ちゃんのネームが良いからだよ」


 「違うわよ」


 そう言って首を振りつつ聖子は優しく杏を諭す。


 「今の日本にはあんたの画力が必要なの。この不幸な世界を銃弾では無く筆一本で収める力をあんたは持っている。そう、言ってみれば争いを誰よりも嫌うオタクたちの女神。悔しいけど私はあんたほどには役に立たない」


 そう言って聖子はさっきからずっと自分をにらみつけている美津子に向き直る。


 「美津子、悪いけど後のことは頼むわ。講和派の会議もあんたが良いと思う方向で話を進めておいて」


 美津子は怒りの表情を解き、ほっと息を吐く。


 「聖子さんは勝手ですね」


 そう言って苦笑いする。


 「今ごろ気づいた?」


 「いいえ、初対面の時から存じ上げています。本来、最前線に行くのであれば射撃の出来る私が一番ふさわしいのでしょうけれど、そういうことではありませんものね。連合艦隊司令長官も聖子さんの相手の裏をかく力や、他人をだしぬく能力、卑怯なことや卑劣なことをなんらためらいなく実行できる決断力、そういったところを期待してのことでしょうから。残念ながら、私や杏さんはそこらへんでは聖子さんには遠く及びません」


 「美津子、ずいぶんと好き勝手なこと言ってくれるじゃない。私、あんたに何か恨まれるようなことをした?」


 「いっぱいありますよ!」


 美津子の抗議を受けて聖子はこの時代に来てからのことを思い出す。

 ああ、そう言えばいろいろとやらかしたような・・・・・・

 しかも彼女が嫌がるエロいことばかり。

 瞬時に劣勢だと判断、この話題は強制終了させるべきだと考えた聖子は「じゃあ、そういうことで良いわね?」と言っていきなりまとめに入る。

 美津子は苦笑から真剣な表情に戻り「ひとつ約束してもらえますか」と言って聖子を見据える。


 「必ず生きて帰って来いってこと? なら大丈夫よ」

 「いいえ。必ず生きて帰って来てくれると信じています」

 「じゃあ何?」

 「戻ってきたら、足を一発撃ち抜かせてください。二度と危険な所へ行けないようにします」

 「冗談よね?」


 少し青くなった聖子に溜飲を下げたのか、美津子はにっこりと微笑んだ。

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