エピローグ『また昇る太陽』

 息苦しさに目を覚まして、ソジュンは ホッ と息を吐いた。

 見慣れた天井。

「そうだ、僕、帰って来たんだった」

 欠伸をしようとして、「ぶっ」また息苦しさに襲われた。

 顔の上に、黒い モジャモジャ が覆いかぶさっているのだ。コレの正体は分かってる。

「こらあ、“ディン” ! 僕の顔の上からどくんだ! 全く! 」

 ソジュンはディンを床に下ろした。

 怒られているということが まるで分かっていないらしい。ディンは「ミャオン! 」と機嫌よく鳴くと、扉を カリカリ と やりだした。

「“開けてくれ” って言っているのかい? そもそも、どうやって入って来たんだ」

 自由気ままなディンに ブツブツ 言いながら、ソジュンは上半身を起こして、悲鳴を上げた。

「痛ってててて──はあ、僕もニックさんみたいに、ヘテさんに筋肉痛を治してもらうんだったなあ! 」


 “今度はワタシ自身の力で挑みたい” そう言ったヘテは、ソジュンたちに ひとつだけ、《お願い事》をした。それが、今ここにいるディンだ。

「ワタシの旅立ちに、ディンは連れて行かれない。ディンを連れてゆく為に、今のワタシの力では足りないのだ。だから、君たちに預かっていて欲しい」

 頼んでいいだろうか? という問いに、ソジュンは頷(うなず)いた。

「ありがとう」

 ヘテは言うと、ひとり ひとりと握手を交わした。長い別れになることは理解できた。

 火傷を負ったニックの手と握手をした時、不思議なことが起こった。ニックの火傷が、見る見るうちに無くなってゆき、次の瞬間には傷みさえ、跡形も無く消え去っていたのだ!

 後々リーレルに聞いた話だと、それも大妖精|月の道化師《ロリアレット》の能力なのだそうだ。

 最後、ソジュンの体にできた擦り傷も治癒したヘテは、「では、また会おう」と夜の闇に姿を消した。


「ヘテさん、今頃 何処にいるんだろう? 」

 ソジュンは ボンヤリ 考えた。

 無事に月につけたのだろうか。

 《月の道化師ロリアレット》が万能の妖精である理由は、カレが持つ、妖精なのに寿命がある、という特性の為だ。万能であるが為に、制限があるのだ。

「妖精としての、300年の人生。オーナーの憶測によれば、墓に籠(こも)っていた期間が約290年──あと10年の人生。ヘテさんに、もっと何かをしてあげるべきだったのかも知れない」

 考えて、最後に見た、ヘテの顔が浮かんだ。

「いいや、良かったんだ。ヘテさんなら きっと大丈夫」


 だって僕は信じていますから。


【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る