第15話『美人探しと不思議な像』
あの後ソジュンたちはハンピテイに連れられ、村の入り口まで案内された。粘土で作られた像がそこら中に建っていた所だ。
「“我が村は、ナイルの監視や木材の管理の他に、像を作り、自然に感謝と祈りを捧げているのだ”」
だがな、と、ハンピテイは片隅に置かれた ひとつを見下ろし、苦い表情を浮かべた。それは、人間の
「“これは、我が村の象徴である、ナイルを守りし《ハピ神》の像になる予定の物なんだ。しかし完成までは程遠い“」
「どうしてです? 」
ソジュンが
「像のモデルとなる人物を連れて来て欲しいって言われても」
「“清く流れるナイルの様に、美しい人間を連れて来い” って、よお」
「いくら何でも無茶が過ぎるわ」
「抽象的すぎますよね」
「全く想像がつかない」
一同は深く溜息を吐いた。
壁と天井の境目から室内に入ってくる陽の光は、もうすでに赤色に染まっていて、つい30分前までは騒がしかった屋外の話し声も、ほとんど聞こえなくなっていた。村は、眠りの時を待つだけだ。
素性が分からないソジュンたちに快く部屋を貸してくれたのは、農業を営んでいるという若夫婦だった。
親切な彼らは、今朝から
その時、夫婦から、今回の像にかける、村の思いを聞かされていたのだ。
「この数年、川の
部屋の角で、ディンを抱きかかえて座るヘテが、ガピガピ そう呟いた。ソジュンはカレの言葉を従業員たちに通訳すると、「そうですよね」と
「ナイルの洪水は、エジプトに恵みを
「そうだね。私も同じ気持ちだよ」
ソジュンの言葉に、リクも賛同した。他の従業員たちも頷いている。
「だけど、問題は、どうやって “その人物” を探すか、だな」
アダムが言う。
「国中探すとなったら一大事よ! 」
「それ以前に、期間が足りない。俺たちの目的は、7日の間に、ジェラーから科された4つの物を集めることだ。到底間に合わないだろう」
ニックの言葉に、レアが、「そうね。私たちには時間が無さすぎるわ」と頭を抱えた。
「どうすればいいのかしら」
途方に暮れそうになった、その時だった。
「“お着換えなんてどうかしら? ”」という声がして、この家の 奥さんが、部屋に入ってきた。
彼女はレアを見て、「“あら、貴女! ”」と声を上げた。
「私? 私が、どうかしたのかしら? 」
ヘテを通じて、ソジュンから訳された言葉を聞き、レアが驚いた様に返した。
「あ! レア! 」
奥さんが指しているものに気がついたのは、アダムだった。彼は急いで立ち上がると、不用心にもフード付きのマントを脱いでいたレアの頭を、乱暴に布で覆った。
「僕たち、遠い、本当に遠い国から来て、その──! 」と、言い訳を並べ立てるソジュンを余所に、奥さんは、家の奥へと駆けて行ってしまった。
「行ってしまった! 」
ソジュンが追いかけようと立ち上がるより先に、アダムがレアの肩を軽く叩いた。
「ごめんなさい。けれど、とっても暑かったのよ」
そう言うレアに、アダムは、「だからと言って、扉もねえこの家で、用心を
裁判所に集まってた街の人や、道中ですれ違った人、村の住民を見る限り、そのほとんどがエジプト人で、その中に、ソジュンやリクたちの様なアジア人の観光客が混ざっているだけだった。レアやソジュンの様な金色の髪の毛を持つ者もいなければ、ニックみたいな、目の
つまり、レアたちの様な人種は、この時代のエジプトには存在していない可能性が高いのだ。
だからアダムやニックは、例え部屋の中でさえ、その分厚いフードを脱がないでいた。が、グツグツ と煮込まれる様な暑さに耐えかねたレアは、部屋に案内され、夫婦が「”ゆっくりお休みなさいね”」と言って去ってからすぐに、床にマントを脱ぎ棄ててしまっていたのだ。
「だけど、それを止めなかった俺らも同罪だ。どうにかして黙ってて貰う方法を考えなきゃなあ」
「僕、行ってきましょうか。あっ! 」
ソジュンが入り口へと足の先を向けると、そこには、奥さんと旦那さんが立っていた。ふたりとも、マントを被るのに苦戦しているレアを見つめている。
「あ、あの、あのですね、これは──」
ソジュンが視線を
「へ? 」
ソジュンが聞き返すと、旦那さんは次の言葉を、ハッキリ とソジュンに伝えた。
「“僕たちの探していた、理想の方が、ここにいらっしゃった! ”」
「私? 」
通訳された言葉に、レアは自分を指差して尋ねた。
「“そうでございます! そうでございます! ”」
その反応に、夫婦は忙しく首を上下に振った。ふたりはマントに こんがらがっているレアに近付き、歓声を上げた。
「“太陽の様な輝きを持つ、黄金の髪! ”」
「“その太陽に照らされた、ナイルの様に透き通った瞳の色! ”」
「“我が村に咲き誇る、ハイビスカスの花の
「“何とも美しい その お姿! 貴女こそ、私たちの求めていた、奇跡の人でございます! ”」
夫婦から交互に褒めちぎられ、レアは
「まあ! こんなに素晴らしい言葉を掛けられたのは初めてだわっ! 」
「“素晴らしいのは、貴女でございます! ”」
旦那さんは、割れんばかりの声でレアに言うと、「“ボーっ としちゃいられない! ”」と奥さんに向いた。
「“ハンピテイ様に報告をしに行きなさい! ”」
指示をされた奥さんは、頷くのも忘れて、外へと飛び出して行ってしまった。
「お、おいっ! ハンピテイに報告って──レアの姿を像にするってのか⁉ 」
「何か文句があるのかしら」
レアに横目で
「だってよお、その、像ってことは、後世まで残るってことだろ? それって、不味くねえかと思ってよお」
「それなら、大丈夫だと思うよ」
アダムの心配に、リクが返した。
「どうして、そう言えるんだい? 」
ソジュンが尋ねる。
「だって」と、リク。「村の入り口にあった像、確かに立派だったけど、どれも大雑把に造られてたの。モデルがいて造った訳じゃ無いにしても、突然、精巧に作れるようには、ならないんじゃない? 」
「そう言えば」
ソジュンも、入り口の広場にあった像を思い返していた。黒い粘土で作製された背の高い像たちは、リクが言った通り、精巧さに欠けていた。大木の様に巨大な肉体の上には、林檎の様に小さな頭が乗っていて、その間に首は無い。コロリ と乗せられたその頭部には、大きすぎる目が彫られ、その目に追いやられた鼻が、鋭利に削られそこにあった。唇なんて、梅の花びら程しかない。この様に、全てが大胆で、大袈裟に飾られていたのだった。
その記憶に、ゾッ とした表情を浮かべたのは、レアだった。彼女は走って戻ってきた奥さんに、「お願い! 私の像は、美しく造って頂戴ね! 」と声を荒げた。
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