第23話『恵みの水と勘違い』

 翌日、ソジュンたちは早朝から出掛けることにした。

 ネヘトと、町に残るアダムが、町の入り口まで見送りに来てくれた。

「“次の目的地は、随分(随分) 遠いところにあるようですね”」

 ネヘトの言う通り、次の目的地はここから ずっと東、紅海の近くにある、小さな集落だ。

「そうですね」

 ソジュンがうなずくくと、ネヘトは、「“それなら、ぜひ、あれをお使いください”」と言った。

「あれ? 」

 首を傾げていると、背後から声を掛けられた。

「”よお”」

「あ、貴方は──⁉ 」

「“きのうは、意地悪くしちまって悪かったな”」

 振り向くと、エシレデートが立派な2頭の馬を連れて立っていた。

「“私の馬です。持っていってください”」

 エシレデートが手綱を持つ それらを指して、ネヘトが言った。

「いいんですか? 」と、ニック。

「“ええ、構いません。人数分ご用意することができず、情けない限りですが”」

 ネヘトがそう言うと、控えていたエシレデートが、ソジュンたちに手綱を預けた。

「いい馬だな」

 馬のほおでながらニックは笑ったが、ソジュンはそれどころではなく、「ちょ、ちょ、ちょ」と情けない声を上げた。

「“おい、兄ちゃん。ちゃんと綱を握ってなきゃ駄目だぜ”」

 り腰のソジュンに、エシレデートは口をへの字に曲げた。

「ま、待ってください! 」

 ヘテに訳して貰う余裕も無く、ソジュンは叫んだ。

「ぼ、僕、本物の馬をこんな近くで見るのも初めてなんですよ! ひええっ! 見てください、あの歯っ! 」

「ソ、ソジュン君⁉ 」

 隣りに立つヘテが、目を見開いている間に、ソジュンは ヘナヘナ と地面に へたり込んでしまった。


「ジェイ! 次の目的地は、どういう所なの? 」

 ヘテを後ろに乗せて、ソジュンたちの馬と並走させているリクがたずねた。

「ええっと──」

 ニックの後ろに乗ったソジュンは、マントの下のポシェットから、ジェラーの地図を取り出した。

「《海の近くに住みし者、言語の代わりに得たという、摩訶不思議な石を守りたる巫女みこ也。我は彼女等を “言葉を持たぬ民” と名付ける。言葉を持たぬ民は海を差す。我そちらを見てみれば、絶え間なく泡が湧き立つのが見える。我そこに潜って見てみれば、青く深い海の底、黒く厚い岩の隙間に、燃え盛る炎、発見せし。集落の絵は語る。「《海底で燃え続ける石》獲得せし者、それ則ち、この世界の指導者である」と》」

「言葉を持たない民、か」

 ニックがつぶやく様に言った。

「何だか不思議な人たちだね! どうやって言いたいことを伝えてるんだろう? 」

 リクが首をひねって言った。

「たぶんだが、その集落だけにしか伝わらない言語を持っているのだろう」ヘテが答えた。「言葉が聞き取れればいいのだが」

「そうですね」

 ソジュンは他の ふたりにヘテの言葉を通訳すると、隣を走る妖精に頷いた。


 1時間程 走った所で、砂漠の大きな凹凸を見つけた。向こう側に落ちる影は、ソジュンたちを太陽から隠してくれそうだ。

 そこで一行は、馬を降りて、休憩をとることにした。

「丁度あと1時間くらいだな」

 ジェラーの地図を見て、ニックが言った。

 旅立つ前に、アダムが経路と時間を記しておいてくれたのだ。

「あと、もう少しですね。それにしても、ネヘト殿には感謝しても足りません」

 ネヘトが馬を貸してくれなければ、どんなに過酷な旅路になっただろうか。ソジュンは太陽の熱に グッタリ しながら思った。水も、今朝 彼が筒に入れて、たっぷり持たせてくれたのだ。ヘテ曰く、この時期の水は貴重なものらしい。

「ネヘト殿。僕は貴方を尊敬します」

 ソジュンは涙だか汗だか分からないもので顔中を グチャグチャ にさせながら、冷たい水を喉の奥に流し込んだ。

「本当、ネヘトありがとう! 」

 リクも そう言って、水を ガブガブ 飲んでいる。

 ヘテも、「ワタシは喉が渇かないんだ」と言いながらも、「あの若者は偉大だ」と、涙を拭った。

 一方でニックは、馬に積んできたバケツに、自分の分の水を注いでいた。

「ニック、豪快だねえ」

 リクが言った。

 ニックは一瞬、頭上にクエスチョンマークを浮かべたが、すぐにリクの勘違いに気がつき、ぷっ と噴き出した。

「これは、俺が飲むんじゃない。馬に飲ませるんだ」

「馬? 」と、リク。

「そうだ。こいつらも、生き物だからな。それに、俺らの為に、たくさん走ってくれているんだ。俺らが暑いと感じている以上に、こいつらは暑いだろうし、俺ら以上に喉も渇いているだろう」

 ニックは貰った筒の水を全てバケツに空けると、近くの小山に繋いだ2頭の元へと向かった。彼がバケツを置くと、2頭は嬉しそうに顔を突っ込んで、喉を ゴクゴク いわせて飲み干した。

 その光景を見て、ソジュンは自分がいつの間にか立ち上がっていることに気がついた。

 自分の筒を下げて、馬の頬を撫でるニックに近付く。

「どうした? 」

 ソジュンに気がついたニックが言った。

「あの、もし良ければ、僕の水を、どうぞ。ニックさんも何か飲まなければ」

 筒を差し出してソジュンが言うと、後ろからリクが、「わ、私も! 」と言う声が聞こえた。

 ニックは そんな ふたりを見比べて、優しい笑みを浮かべた。


 水を飲み、ニックが持って来た非常食も幾つか腹に入れた一行は、そろそろ、と腰を上げた。

「それにしても──」

 ニックに助けられながら馬にまたがるリクに、ソジュンが尋ねた。

「ニックさんの場合だと、少し納得できるんだけど、リクはどうして馬に乗れるんだい? 飼っていたとか? 」

「“ニックの場合だと” ってどういう意味? 」

 リクは一瞬、不機嫌そうな表情を浮かべたが、すぐに いつもの カラリ とした笑顔になって答えた。

「学校の課外授業で、毎年 牧場に行くの。そこで、乗り方を教わったんだよね」

「お嬢さん、学校に行っているのかい⁉ 」

 リクの言葉に、ヘテが目を大きく見開いて言った。

 ソジュンがカレの言葉をリクに伝えると、彼女は、「義務教育中だからね」と首を傾げた。

 しかしヘテは、「学校へ行っているだなんて、将来、偉大な書記になるに違いない! 実は、ワタシの息子も書記学校へ行かせたんだ! もうずっと昔の話だがなあ。立派な書記になったのだろう」と、ひとりの世界だ。

 その様子にニックも気がついたらしい。ソジュンに肩をすくめて微笑むと、「ヘテさんも、馬に乗ってください」と、カレを介助した。

「ヘテさんは、学校へは行かなかったんですか? 」

 ニックに持ち上げて貰いながら、ソジュンが聞いた。

 やっと意識を戻したヘテは、走り出した馬に驚きつつ、「当たり前だとも! 」と答えた。

「“当たり前” ? どうして? 」

 リクが尋ねた。

「ワタシは孤児だったからな。地位も、人との繋がりも無く、学校へなんて通えなかった」

「学校へ行くのに、そんなものが必要なの? 」

 好奇心旺盛なリクは続けて質問をした。

 それに対してヘテは、どうやら、ヘソを曲げてしまった様だ。

「お嬢さんは、とんでもなく恵まれた家庭に育っていると見た! きっと、君の親御さんは王か貴族の書記官に違いない。だから学校へ通うのが当たり前だと思えるのだ! 」

 ワンワン とわめいた。

「お父さんもお母さんも、書記官じゃないよ。普通の会社員」

 リクが言っても、ヘテは「会社員とは何だ! お嬢さんの国では、書記官のことを そう呼んでいるのか? 」と顔を背けたままだった。

 「もう! ヘテが何言ってるのか分からないよ」と困った顔を見せるリクに、助け舟を出したのは、ニックだった。

「ヘテさん、たぶん俺らは お互いに勘違いをしているんです」

 ニックは低く、言い聞かせる様な声でヘテに話し掛けた。

「勘違い? 」

 ヘテも、聞く耳を持ってくれたみたいだ。

「ソジュンは言ってなかったのか。俺らは、この時代に生きている人間では無いんですよ。俺らは不思議な汽車に乗って、時代を巡ってるんです。信じられないかも知れませんが」

「時代を巡る? どういうことだ」

「つまり、過去へ行ったり、未来へ行ったりしてるんです。今回は偶々、この時代へやってきました。それでですね、ヘテさん。リクが話しているのは、未来の世界のことなんです。リクが生まれた未来の世界では、皆が学校へ通えるんです。お金が無くても、繋がりが無くても、皆が学校へ行く権利を持っているんです」

「皆が、学校へ行っているのか──」

「はい」

 ニックの説明に、ヘテの目が、だんだんと輝いてゆくのが見えた。

「素晴らしい世界じゃないか! 成る程、ワタシが勘違いしていたようだ! 」

「僕も、ろくに説明もせずにすみません」

 ソジュンは、ヘテと、そして自分の説明不足のせいで責められることとなってしまったリクに、頭を下げた。

「いや、いいんだよ」

 ヘテは首を横に振った。

「それにしても、お嬢さんの世界は素晴らしい! 全員にチャンスがある訳だな! 全員が、書記官になり、立派な墓に入れるチャンスを持っているのだ。羨ましい限りだ! 」

「別に、書記官だけが仕事じゃ無いけどね」

 リクは言ったが、その表情は、先程と違って明るかった。


 その後の道中、ヘテは不思議な汽車に乗ってやってきた3人に、様々な質問を浴びせた。

 「未来のファラオは誰なのか」とか、「墓は誰のものが一番大きいのか」とか、「エジプトはいつまでも栄えているのだろうか」等々、それはもう、尽きることは無かった。

 レアやアダムたちに対しても、「未来人はあんなに綺麗な髪の毛の色をしているのか」と問われた為、ソジュンが、「彼らは ずっと遠い国の方々なんです」と答えなければならなかった。


 ヘテの質問に、従業員たちが悩まされている間にも、馬は健気に歩を進めてくれていた。

「ジェイ、あれ! 」

 リクが叫んだ。

「人がたくさんいるよ」

 リクの指す方向を見て、ソジュンたちは驚きの表情を見せた。

 凹凸の少なくなった砂漠の中心に、20人程が、一列になって手を広げて、ソジュンたち一行を待っていたのだ。

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